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魔弾の射手

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第一幕その三


第一幕その三

「それはわかっています」
「ならいいのだが」
 しかしクーノも彼の顔を見て不安を禁じ得なかった。
「我が娘アガーテが御前を待っているんだからな」
「アガーテ」
 その名を聞いたマックスの顔が少し明るくなった。だがそれは一瞬のことであった。
「絶対に優勝しないと。さもないと僕は彼女を」
「そうだ。その心意気だ」
 クーノはそう言いながら彼の肩を優しく叩いた。
「頼んだぞ」
「ええ」
 そしてクーノは村人達と話をはじめた。マックスはその輪から少し離れる形となった。そこにカスパールがやって来た。
「なあマックス」
 彼は親しい素振りで彼に話し掛けて来た。
「何だい、カスパール」
「ああ、かなり不安そうだから心配になったんだが」
 彼はこの時努めて親しい素振りを装っていた。だが悩んでいるマックスはそれには気付かなかった。
「すまないな」
「いや、いいさ。ところでだ」
「うん」
 そして彼はカスパールのその親しげな様子に心を解かされていった。何時しか彼の話の中に誘われていった。だがここでクーノが再びマックスの方に来た。
(ちっ)
 カスパールはそれを見て内心舌打ちした。しかしそれはやはり外には出さなかった。
 彼はとりあえずは身を引いた。だが皆の後ろで尚もマックスを見ていた。それは獲物を罠にかけようとする獣の様な目であった。
「私はこれで行く。御前はどうするのだ」
「少しここで考えさせて下さい」
「そうか、わかった」
 彼は少し思うところがあったがそれを認めた。とりあえずはそっとするのもいいと思ったからだ。
「ではな。気を確かに持てよ」
「はい」
 マックスは頷いた。
「落ち着いてやればいい。そうすれば御前の腕なら間違いなく優勝だ」
「有り難うございます」
「では諸君、明日を楽しみにしよう」
「はい」
 皆それに応えた。
「明日は好きなだけ狩りを楽しめる。そして目出度い祝福の日だ」
「マックスとアガーテの」
「そうだ。私の素晴らしい婿を迎える日だ。皆でそれを祝ってくれ」
「言われなくとも」
「獲物と酒を楽しんだ後で」
「そうだ。では行こう。御領主様も来られる。皆で心ゆくまで祝い、楽しもうぞ!」
「はい!」
 そして彼等はクーノと共にその場を後にした。そのまま酒場に入って行った。
「行ったか」
 一人残ったマックスは酒場の方を見て呟いた。店の中からはもう朗らかな笑い声と明るい音楽が聞こえてくる。もう酒盛りがはじまっているのだ。
「今僕はあの中に入ることはできない。入ることが出来たなら何と喜ばしいことだろうか」
 溜息混じりにそう呟くその後ろ、森の中から何者かが出て来た。
 それは暗い緑と金の飾りがついた深紅の猟師の服を着た大男であった。同じ飾りに加えて鳥の羽根が着いた紅の帽子を目深に被っている。その奥に見えるその顔は深い青い髭に覆われておりその目は赤黒かった。そして異様に蒼ざめた顔をしていた。
 その男はマックスを見ている。だが彼はそれには気付かない。
「明日だ。遂にこの日が来た」
 彼は呟く。その間男はゆっくりと森から出て来た。そして木の側で彼を見ている。
「苦しい。しかも先が見えない。一体どうしたらいいんだ」
 マックスは苦しい顔をしている。後ろの男はそれを受けてかマックスの方に行こうとする。だがそれを止めた。
「このままでは駄目だ。神よ、僕はどうすればいいのでしょうか」
 神という言葉に後ろの男は反応した。顔を顰めさせた。
「この苦しみは希望を覆い潰し、悩みは尽きることがない。僕はどうしたらいいんだ」
 今にも頭を抱えそうな様子であった。
「森に入り、野を越えて獲物を捉えてきた。そして愛しいあの娘にその獲物を捧げてきた。だが今はこの銃が獲物を捉えることはなくなった」
 彼は嘆いていた。男はその間に彼の後ろに来ていた。
「神に見棄てられたのであろうか。それとも悪魔に魅入られたか。どちらにしろ今僕は苦しみの中にいる」
 男は一旦何処かへ姿を消した。まるで影の様に急に姿を消した。
「あの娘の望みも僕の望みも変わってはいない。だが今僕には絶望が口を開いて待っている。これから逃れるにはどうしたらいいのだろうか」
 その後ろで男は再び会姿を現わした。木にもたれかかってマックスを見ていた。
「神は何処におられるのか」
 それを聞いた男の顔が再び歪んだ。
「そして僕は救われるのだろうか。何時この絶望の状況から逃れられるというのか」
 男はそれを冷たい目で見ていた。だがやがてそれにも飽きたのかまた影の様に姿を消した。そして何処にもいなくなった。
 マックスは一人酒場の外の椅子に腰掛けた。ここでカスパールがやって来た。
「おい」
 そしてマックスに声をかけた。
「何だい?」
 彼はそれを受けて顔を上げた。言うまでもなく暗く沈んだ顔であった。
「どうしたんだ、そんなに沈んで。さっきのことか?」
「ああ、けれど大丈夫だよ」
 彼は無理をして平静を装った。
「だから一人にしておいてくれ」
「そういうわけにはいかないな」
 だがカスパールはそれを拒んだ。そして店の中に声をかけた。
「おばさん、グラスを二つ。赤を頼むよ」
「あいよ」
 店の中から声が返ってきた。それを受けてカスパールはニヤリと笑った。
「もう少し待ってろよ。すぐに来るからな」
「気持ちは有り難いけれど」
 今は飲みたくない、そういった顔であった。だがカスパールはそんな彼を宥めることにした。
「まあ聞け」
 ここでおかみが酒が入った杯を二つ持って来た。カスパールはそれを受け取ると一つをマックスに手渡した。
「ほら」
「うん」
 彼は仕方なくそれを受け取った。そしてカスパールに顔を向けた。
「まあここは飲め。森林官様からのおごりだぞ」
「しかし」
「あの方の御厚意をむげにすることは止めた方がいいぞ」
「そういうことなら」
 マックスはそう言われ渋々酒を口に近付けた。そして飲んだ。カスパールはそれを見て安心したような笑いを作った。
「よし、それでいいんだ」
「ああ」
 だがマックスの顔は晴れなかった。
「悩みなんて生きてる限り尽きやしない。しかしそういう時の為にこれがあるんだろうが」
 カスパールはそう言いながら杯を指差す。
「だから飲め。折角明日は可愛い花嫁を迎えるというのに」
「だから不安なんだ」
 マックスはやはり暗い顔でそう答えた。
「わかるだろ、今の僕だと」
「そうやってまた愚痴を言うつもりか」
 しかしカスパールはそんな彼を叱り飛ばす様に言った。
「そんなことだと出来るものも出来やしないぞ。いい加減にしろ」
「しかし」
「しかしも何もない。いいか」
 彼は激昂したふりをして話をはじめた。
「俺があの戦争に参加していたことは知っているだろう」
「ああ、それは聞いている」
「その時に習ったんだ。人生ってのはな、この酒とカードと女がいればそれで充分だってな。それから言うんだ」
「僕にかい?」
「そうだ、他に誰がいる。いいか、よく聞けよ」
「ああ」
 マックスは渋々ながらも耳を傾けさせた。
 
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