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剣風覇伝

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第一話「始まりの朝」

 
前書き
西よりの暁が空を金色に染める。村は、朝霧の澄んだ空気に包まれていた。
東のずっと先のほうにまだ薄暗い夜を残している。
 

 
 西よりの暁が空を金色に染める。村は、朝霧の澄んだ空気に包まれていた。
 東のずっと先のほうにまだ薄暗い夜を残している。
 そんな早朝の時刻に村の一人の男がある手紙によって旅の支度を終えようとしていた。
 男を送り出すのに村総出である。このたくましい若者は、よっぽど村では信頼されていたのだろ
う。
 若者の名前はタチカゼといい、らんらんとした目にその黒い髪を一つに結わえすらりとした背をして、眉美しい美童である。麻の服を纏い、刀を腰に下げ持つものは、風呂敷一つ。
 その鍛え上げた体にしては色は白く、この村でいう公家を思わせるが、武家の成り上がりである。
「御行きになりますか」
 若者に老婆が惜しむように言う。
「ああ」
 無口なその若者は短く、答える。旅の行方を慮っているのである。
「手紙は持ちましたかタチカゼ、それからなにか忘れ物は?」
すらりとした知恵のある目の女性がいった。
「はい、母上、これに」
タチカゼは風呂敷一つを馬の鞍に結んでおいたのを見せた。
「風呂敷などに入れて、落としたりしてはいけませぬ。帯に包んで肩から掛けなさい。いつ何時も
肌身離さぬよう」
「わかりました」
 村の者が帯を持ってくるとそれに金糸を織り込んだ紙の手紙をくるんで肩から胴に縛り付けた。
「では私は行きます、村のことは、みんなで力を合わせて頑張ってください」
 タチカゼは早馬を走らせ、地平線の彼方に消えた。
 金糸を織り込んだ手紙、王国の王しか使えない高級なものだ。
 内容をみて、そのタチカゼという、若者はおろか、村一同が驚いたものである。
 手紙はいきなり本題から始まっている。
「世は、暗黒の王の暗き影によりて暗さをますばかり。大地は魔族が跋扈して、うかつに旅もでき
ない始末。魔族に国を奪われた国、もはや百を超え、我が国の魔術師は神に信託を問うた。東の村
の麻の服を着て、茅葺の家に住みし民の、タチカゼという若者を勇者に立てよ。そのものこそ暗黒
の王に仇なす唯一のものなりというのだ。わが王権によりそなたを王国に招待したい。そなたが真
の勇気をもつならばこれに応じてその力を示せよ」
 勝手である、突然、手紙を送りつけて人の意見も聞かず、これでは招待というよりただの呼びつけだ。だが、いかねば、村のものたちがどうなるかはわからない。王の怒りを買って皆殺しもありう
るのだ。
 タチカゼは、手紙をもらったその夜に決断し、そしてこの暁の時刻に旅立つのだ。
「あの者はきっとやってくれる、あの者は、わしが見てもこの村一の勇者だからな」
 百余年生きる長老は、この村の歴史をしる大長者だ。その長老が村一というのだから、村人たちは、いつまでも別れの唄を絶やさなかった。
 駿馬にまたがる若者はすでに風とかし、暁が照らす、金色の野を勇ましく駆けていった。

 
 
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