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とあるβテスター、奮闘する

作者:らん
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裏通りの鍛冶師
  とあるβテスター、絡まれる

シェイリと別れて一分もしないうちに絡まれた。

「へっへ、ここから先は通行料が必要だぜぇ?通して欲しけりゃ金とアイテムを置いていきな」
「……まじですか」
あまりにも早すぎる展開についていけない僕の前で、いかにもチンピラですといった顔の方々が前後の道を塞いでいる。
集団のリーダーらしき大柄な男が仁王立ちしながらニヤニヤと笑い、これまたお約束な台詞を口にした。
どうやら裏通りに入った時から目を付けられていたらしく、ご丁寧なことに隠蔽《ハイディング》スキルを使って僕たちが別行動するのを待っていたらしい。
隠蔽スキルの熟練度もそこそこ高いらしく、僕の索敵スキルでは気付くことができなかった。

「参ったなぁ……」
シェイリに気を付けろなんて言っておきながら、いの一番に自分が絡まれていたら世話がない。
ここは圏内だからPKされる恐れはないけれど、こうやって通路を塞がれると身動きが取れなくなってしまう。
これは『ブロック』と呼ばれるハラスメント行為で、圏内では相手を意図的に動かすことができないという仕様を逆手に取ったものだ。
こうなってしまうと自力で退かせる方法がほとんどない上、下手に相手に触れればこちらがハラスメント行為としてシステムに認識されてしまう。
そのため、相手の要求を呑まざるを得ないというわけだ。

……と、そうはいっても。
はいそうですかと要求通りに身包みを引き渡す道理もないわけでして。

「仕方ないね……」
「ああ?」
わざと相手に聞こえるよう呟き、胸のホルスターから短剣を引き抜く。
『ハンティングダガー』。万が一、戦闘中に投擲用ナイフを切らした時のために、形だけでもと用意しておいた近接武器だ。

「……、くっ、くははははっ!オイオイなんのつもりだそりゃ!そんなチャチな武器でオレ達をヤろうってのかよ!面白い冗談だ!」
「つーかここは圏内だぜ?どうやってオレ達を傷付けるつもりなんですかぁ?ひひっ!」
「オレ達、こう見えて結構レベルあるからさぁ!そんなナイフじゃノックバックさせられないよ?ひゃはははは!」
武器を構える僕の様子がおかしくて堪らないといったように、リーダーを始めとした全員が笑い出した。
確かに彼らの言う通りだ。圏内ではいくら攻撃しても相手のHPが減ることはなく、そのかわり攻撃した人間もオレンジになることもない。
ソードスキルを当てれば衝撃とノックバックは発生するものの、その大きさは武器の威力や、プレイヤー本人の筋力値からなる攻撃力に比例する。
短剣という威力が低めな武器で、おまけに敏捷値ばかりを上げている僕がそれを狙ったところで、彼らを退かせることはできないだろう。

だけど、それでいい。
この場を切り抜けるには、ナイフ一本あれば十分だ。

「……ねぇ、知ってる?」
短剣を片手で弄びながら、なるべく不気味に聞こえるように声を作る。
このフレーズを口にした瞬間、何故か豆と柴犬が脳裏を過ぎったけれど、今は関係ないので余計な思考をカット。

「SAOのシステムって、意外と穴だらけなんだよね」
「は?オマエ、何言って───」
「だから、例え圏内であっても……人を殺す方法なんて、少し探せばいくらでも見つかるんだ。例えばこんな風に──ねッ!!」
言い終えたのと同時、短剣を構えてリーダーに向かって全力で駆け出した。

短剣 中級突進技《ラピッド・バイト》 ───の、構えだけをとりながら。

「なに!?」
ここは圏内で、尚且つソードスキルすら発動させていないため、僕の攻撃が当たったところでダメージもノックバックも発生しない。
それでもリーダーは、猛進する僕に対して怯んだ様子を見せた。
僕が『圏内でも人を殺せる』と告げたことによって、頭ではありえないと思いつつも、身体が勝手に反応してしまったのだろう。

「はあッ!!」
「っ!?」
僕は一際大きな声を上げながら、手に持っていた短剣をリーダーの顔目掛けて投げつけた。
投剣スキルでも何でもない、本当に“投げただけ”の、なんともお粗末な一撃。
僕の動きを警戒していたリーダーは反射的に両腕で顔を庇い、短剣は彼に当たる寸前のところでシステムの障壁に遮られ、甲高い金属音と共に弾かれた。

「なんてね」
その隙に、僕は無防備となったリーダーに攻撃───はせずに、彼の足と足の間をスライディングで潜り抜けた。
ただでさえ大柄な上、見事な仁王立ちをしていたリーダーの両足間の幅は、小柄な僕が潜り抜けるには十分なスペースがあった。
そのまま彼らに背を向け、敏捷値にものを言わせた全力疾走で裏通りを駆ける。

「──っ!!テメエ、ふざけんじゃねぇぞッ!!」
背後からリーダーの怒号が聞こえてくるけど、無視無視。
僕は最初から戦うつもりなんて毛頭なかったわけで(そもそも圏内じゃ無理だし)、彼らを騙したことに対して責められる謂れはない。

走りながらメニューを開き、スキルMod《クイックチェンジ》のショートカットアイコンを選択。
しゅわっ!という控えめな効果音と共に、放り投げた短剣が僕の手の中へと戻った。

Mod(Modify)とは、各種武器スキルを一定値上げる毎に取得チャンスを得られる、簡単に言えばスキルの拡張オプションようなものだ。
《ソードスキル冷却時間短縮》《クリティカル率上昇》《毒耐性10%》などの常時発動型のものや、《クイックチェンジ》のように任意で発動させる必要のあるものまで、多種多様なスキルModが存在している。

この《クイックチェンジ》はほとんどの片手武器で初期から習得できるアクティブModで、ショートカットアイコンから発動させることで、あらかじめ登録しておいた武器に一瞬で持ち替えることができるという効果を持っている。
これを使えば、武器を持ち替えるのにいちいち装備ウィンドウを開く必要がなく、更に『直前まで持っていた武器を自動で装備し直す』という設定もできるため、装備変更の手間を省いたり、敵に弾き飛ばされた武器を拾いに行く必要がなくなったりと、使いこなせると何かと便利なスキルだったりする。
僕は第1層の頃は投剣スキルを封印していたので、その間に使っていた短剣のスキルModで《クイックチェンジ》を習得済みだった。
発動させた時の持ち替え用武器として、さっきリーダーに向かって投げつけた『ハンティングダガー』を指定していたため、短剣は自動で装備解除→再装備という流れを辿り、逃走を続ける僕の手に戻ったというわけだ。


「こんなものかな……っと」
彼らをある程度引き離したところで適当な脇道へと飛び込み、すかさず隠蔽スキルを発動させる。
視界の端に映る『85%』という数字は、ハイディング中の僕がどれだけ背景に溶け込んでいるかということを表す数値だ。
85%という数値だけを見れば、一見かなり高い隠蔽効果を誇っているように思える。
ところが、この数値は装備の効果や地形、自身の熟練度や相手の索敵スキルなどにも影響されるため、実際にはそこまで高いというわけでもない。
僕は人目を避けるため、隠蔽スキルを人並み以上に鍛えてはいるものの、索敵スキルを鍛えている人や攻略組などの高レベルのプレイヤーが相手となれば、いとも簡単に発見されてしまう。

だけど、まあ。
それはあくまで、攻略組クラスのプレイヤーが相手だった場合の話だ。
彼らのような連中を撒くだけなら、85%もあれば十分すぎる程だろう。

「クソッ!あの野郎、どこ行きやがった……!」
僕を追いかけていたプレイヤーの一人が、毒づきながら周囲を捜している。

───予想通り、かな。

声には出さず、心の中で呟く。
彼らはその手口の性質上、隠蔽スキルはそこそこ鍛えてあるものの、逆に使う必要のない索敵スキルは大して高くないようだ。

「あんなガキに出し抜かれるリーダーもリーダーだよ、ったく……。デカいのは身体と態度だけかっつーの」
その証拠に、彼は一度だけこちらの脇道を見て、しかし僕に気付いた様子もなく別方向へと走り去っていった。
というかリーダー、手下に思いっ切り嫌われてるんですけど。
なんというか、お気の毒に……。


「……、はぁぁぁぁ……」
追跡者がいなくなったのを確認した後、僕は地面に座り込んで盛大に溜息をついた。

ラムダの裏通りは治安が悪いとは聞いていたけれど、まさかここまでとは思わなかった。
予め全員が隠蔽スキルを使い、相手が一人になった瞬間に取り囲む。
並のプレイヤーであればパニックに陥るだろうし、仮に冷静だったとしても彼らのブロックから脱出する手段がほとんどない。
転移結晶を使えば逃げることができるけど、あれは非売品な上に買うとしても結構な値段がするし、あの状況で咄嗟にその判断をするのも難しいだろう。
アイテムを取り出す前に妨害されて、転移結晶ごと身包みを剥がされるのがオチだ。

手口がやけに円滑だったところを見るに、彼らがああいった行為を働くのはこれが初めてというわけではないだろう。
本格的なオレンジではないとはいえ、何も知らずに迷い込んだプレイヤーが被害に遭う前に対策を立てる必要があるかもしれない。
今度、ディアベルにでも相談してみようかな。ああでも、あのシミター使いあたりに見つかるとうるさそうだなぁ……。

と、そんなことを考えながら周りを見回した僕は、

「……あれ?」
自分がいる脇道の更に奥、細い通路の突き当り部分に、一人の男が座り込んでいるのを発見した。

「あのー……」
「……あぁ?誰だオマエ。追い剥ぎなら他所でやれ」
僕が思わず近寄って話しかけると、向こうもこちらに気付いたようで、人の顔を見るなり面倒臭そうに吐き捨てた。
こういう場所だから仕方がないのかもしれないけれど、初対面の人間に対して随分と不遜な態度だ。

「んだよ、よく見りゃまだガキじゃねぇか。追い剥ぎごっこか?それとも迷子か?」
「どっちも違います」
フードの隙間から覗くこちらの顔を無遠慮に眺め、心底見下したように言う。
そんな彼の態度に、僕はちょっとイラっとしてしまった。
確かに目の前の男とはだいぶ歳が離れていそうだけど、僕はもう子供扱いされるような年齢じゃない。
というか、あんな追い剥ぎグループと一緒にしないでほしい。
こっちは彼らに追われていた側なわけで、あんなタチの悪いプレイヤーたちと同類に思われるのは心外だ。

「僕は追い剥ぎでも、ましてやガキでもありません。ここに来たのは───」
「ほお?」
「!?」
我ながら沸点が低いと思いつつも反論しようとした、その瞬間。
男の手が僕に向かって伸び、顔から30cmほど下───胸のあたりを鷲掴みにされた。
やられた本人である僕ですら唖然としてしまうほどの、見事なセクハラだった。

それだけに留まらず、男はそのままむにむにと指を動かし、

「あー、この手応えは……女にしちゃあまりにもお粗末っつーか……男、か……?男かよ……」
「な……」
正直ガッカリだよ、といったような顔で溜息をついた。

「チッ。んだよ、紛らわしい顔しやがって。リアル僕っ娘だと思った俺のときめきをどうしてくれんだよ」
「な、な……!」
「っつーかオマエも男なら顔赤らめてんじゃねぇよ、気色悪りぃ。言っとくが、俺はそんな趣味はねぇぞ」
「───ッ!!だったらその手を放せぇぇぇぇっ!!」
「ぐふっ!?」
思わず投剣スキルを発動させた僕の零距離射撃が顔面にぶち当たり、彼は座った状態から後頭部を地面に叩き付けられた。
先の短剣とは違い、投剣スキルは敏捷値によって威力が補正されるため、しっかりと衝撃及びノックバックが発生する。

「おまっ、いきなり何しやが───」
「そぉれー」
「ぐはっ!?」
視界の端に表示された『ハラスメント行為を受けました。対象プレイヤーを監獄エリアへ送りますか?』という防犯コード発動の可否を問うウィンドウをあえて無視し、僕は倒れた男の顔に向かってナイフを投げ続けた。
シェイリに馬乗り状態でボコボコにされたいつぞやの僕のように、二重の衝撃によるダブルパンチによって彼の身体が跳ねては落ち、跳ねては落ち───

「てめっ、やめぐぉっ!?このガキ、後でタダじゃ済まさね──うぶっ!?」
ははは、聞こえなーい。 
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