シャンヴリルの黒猫
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30話「いまだ見えぬココロ」
「さて、じゃあまずは馬車を調達しましょう!」
「随分と機嫌のよろしいことで…」
宿を出るユーゼリアの後ろを苦笑しながら付き添うアシュレイ。その横をさらに行くのは、濃茶のローブを羽織ったクオリがいた。今日もばっちりフードを目深に被り、前髪しか見えない。
「そんな……わたしまだ迷っているのに……」
「いや、それは気にしなくていい。彼女は、昨日君が2度目の誘いを受けたとき、最初みたいに逡巡の余地無く断られなかったのが嬉しいんだろう」
「え……」
「もう1つは、単純に、昨日良い馬車を手に入れることができなかったからな。今日こそはとか燃えてるんじゃないか?」
自分の早とちりに少々恥ずかしげに頬を染めたクオリは、慌てて銀髪の少女の後を追った。
「リアさん、ちょっと待ってください!」
「あ、ごめんごめん」
相変わらず馬車は在庫切れだった。ユーゼリアが店主に聞くと、大笑いされながら教えてくれた。
「そりゃあ、武闘大会に決まってんだろ、嬢ちゃん。シシームから馬車で7日の闘争の町ファイザルで行うあれだよ。開催は今日からちょうど6日後だからな。このあたりで旅路に遅れた連中が慌てて馬車を買って行くのさ。おかげさまで商売繁盛繁盛」
「武闘…ああ! そういえば!」
「そういえばそんな大会ありましたね……」
2人とも忘れていたらしい。
2年に1度、冒険者ギルドが主催する武闘大会。確か、入賞者には賞金が出るんだったか。
「おいおい、あんたらもそれを観にここに来たんじゃねえのか? あれは公に賭けが許されている数少ない娯楽だぜ。俺もそろそろ行かねぇと間に合わねぇな。…ああ、悪いが4人乗りは売り切れだ。6人乗りならいくらか残ってるが」
「え、あ、まあ、馬車を買いに来たのは事実です…けど」
ユーゼリアがどもりながら言うと、店主はカウンターの内側から鍵を取り出して3人を手招いた。断る理由も無いためついていくと、奥の倉庫に入れてくれた。
「外に置いてある安物じゃない、頑丈なやつだ。まあ、その分ちと高値だが…」
ぐるりと見回すと、確かにどれも作りはしっかりとしているようだ。ユーゼリアが礼を言いつつ物色し始めた。手もみをしながら店主が馬車の特徴と値段をつらつらと述べていく。
(よくまあ全ての馬車の特徴を覚えているものだな)
どんなものがいいのかアシュレイには分からないので、入り口で待つことにした。クオリは迷った末、彼の隣に立ち、閉まった扉に寄りかかる。あれこれと店主に尋ねるユーゼリアを眺めながら、アシュレイは静かに問うた。
「決めかねるか?」
「……はい。やっぱり。エルフであることを知って尚、金銭目的ではなく“わたし”を仲間に入れてくれる…それも、誘っていただいているなんて、すごく嬉しいです。けど、だからこそ…」
「人間相手には疑い深いエルフが、たかが半日共にいただけで、旅の仲間なろうか迷うのか。そのまま捕縛して売り払うかもしれないのに」
「そんなことしないでしょう。少なくとも、貴方は」
自信あり気に――寧ろどこか開き直った感で、クオリは言った。
「――なぜ?」
「わたしも一エルフとして魔法の腕に自信はありますが、そんなもの関係ないほど、貴方は強いです。わたしなんかより、遥かに。次元が違うと言っていいでしょう」
ちょこまかと動くユーゼリアをなんとなく目で追っていたアシュレイが、驚いたようにその目を見開いた。クオリに顔を向けると、そのまま真意を探るように2人は見つめ合う。
アシュレイの横顔を見つめる金色の瞳は、まるで全てを見透かしているかのような色を秘めていた。多くの時を生きてきた、老獪な獣のようだ。
「クオリ、ちょっと聞きたいんだが…」
「なんでしょう?」
「…随分綺麗だが、歳はいくつぐぇふぉ!」
右を見ると、いつの間に戻ってきていたユーゼリアが、正拳突きの構えでぷるぷると震えていた。
(けっこう今のは効いたな)
「女の子に年齢を聞いちゃいけません!!」
「え、あ、リ、リアさん――」
「クオリは黙ってて!」
「あ…はい」
申し訳なさそうにチラリと視線を向けられたので、気にするなという意味を込めて肩をすくめた。ユーゼリアの後ろでは店主が乾いた笑いを浮かべていた。
「あのねえ、アッシュ。これは記憶がどうとか関係ないことだけど、一応“常識”だから、教えとくわ」
(そんなに悪いことだったかな、クオリに年齢聞いたこと)
(別に年齢を気にするほど若くないので気にならないのですが……今のリアさんには通じなさそうですね。わたしの為に怒ってくれているのでしょうか…)
こめかみに青筋を浮かべて怒るユーゼリアに申し訳なさそうな表情を取り繕いつつ、内心でここまでガミガミ怒られることに疑問を抱いたアシュレイであった。
(……あれ? なんで私こんなに苛立ってるんだろう?)
その真意は、まだ誰も気づかないまま――。
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