ナブッコ
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9部分:第二幕その四
第二幕その四
「反乱とな」
「そうです」
ヘブライの者達は自分達の祭司長に答えた。
「それもかなり大規模な」
「そうか。そしてその指導者は」
これが肝心であった。それによって反乱の性質も成功するかどうかもかなり違ってくるからだ。ザッカーリアの問いはことさらに鋭い声で行われた。
「アビガイッレ王女です」
「何っ」
「あの王女が。まさか」
ザッカーリアもイズマエーレもそれを聞いて思わず声をあげた。
「馬鹿な、そんな筈がない」
イズマエーレはまずはそれを否定した。
「何故彼女が」
「いえ、これは本当ですが」
だがフェネーナもそれに応えてきた。
「姉上は兵士達を率いて反乱を」
「何ということだ」
「可能性としては大いに有り得ることだ」
ザッカーリアは話を聞き終えたうえでこう述べた。
「有り得るのですか?」
「王女はバビロニアの将軍でもあった」
「はい」
「そして民衆や神官達の支持も高い。それはわかっておるな」
「確かに」
それは事実であった。アビガイッレは苛烈ではあるが公平で勤勉な性格でありカリスマ性も備えていた。だからこそ身分の高い者からも低い者からも支持を集めていたのである。しかも元々権力志向の強い人物であった。ザッカーリアはそれを見抜いていたのだ。
「だからこそだ」
「ですが祭司長」
イズマエーレはそれでも彼に問う。
「どうしてここで反乱なぞ。放っておいても王座が彼女を待っているというのに」
「そこまでの詳しい事情はわからぬ」
彼もその理由まではわかりかねるものであった。
「だが反乱を起こしたのは事実。見よ」
彼等のところに兵士や神官達を引き連れたアビガイッレがやって来る。王宮の外では民衆達の叫びが聞こえてくる。
「アビガイッレ様万歳!」
「今こそアビガイッレ様に往還を!」
アビガイッレはその声を聴きながらゆっくりとヘブライの者達、そしてフェネーナのところにやって来た。その全身をみらびやかなまでに整え鎧兜に身を包んでいた。その姿は戦いの女神そのものであった。
「姉上・・・・・・」
「妹よ」
アビガイッレはその長身をさらに反らせ妹と対峙してきた。そしてイズマエーレに守られている彼女に対して一言だけ言った。
「玉座は私のものです」
「いえ、玉座は父上のものです」
だがフェネーナはそれに反論する。
「それ以外の誰のものでも」
「私に逆らうというのね」
姉は妹のその言葉に剣呑な光を返した。
「この私に」
「姉上、どうされたのですか」
フェネーナは恐怖を必死に抑えつつアビガイッレに問うた。彼女の後ろには神官や巫女達、そして武装した兵士達が集っていた。だが何よりもアビガイッレ自身の迫力が彼女を恐れさせていたのだ。
「どうして反乱なぞ」
「これは反乱ではありません」
しかしアビガイッレは言う。
「私が正統な場所に座るだけです」
「しかしそれは」
「愚かな者達よ」
だがここでその場に全てを圧する恐るべき声が鳴り響いた。
「この声は」
「我が愛する兵士達よ」
「お、王よ」
兵士達はその声を聞くだけで畏まってしまった。
「そして神に仕える者達よ。ここは王宮である」
王の紅の衣とマントを身に纏ったナブッコがその場にやってきた。その迫力はアビガイッレをしても太刀打できない程であった。
「お父様・・・・・・」
「くっ・・・・・・」
「娘達よ、常に言っている筈だ」
ナブッコはその場にやってきてフェネーナとアビガイッレに述べた。
「王宮の中で騒ぐことは許さぬと。違ったか」
「それは・・・・・・」
さしものアビガイッレもその威圧感の前に言い返すことは出来なかった。
「違うか?」
「いえ・・・・・・」
止むを得ず頷いてしまった。彼はそれを見届けてから他の者達に対しても言った。
「御前達は今王を前にしているのだ。神をな」
「何とっ」
ザッカーリアはその言葉を聞き逃さなかった。
「王よ」
そして彼に問う。
「今何と言われたか」
「聞こえなかったか、私は神なのだ」
これはバビロニアの信仰からは当然であった。だがザッカーリアにとってはそれは恐るべき不遜であった。
「何と恐ろしいことを」
「神を恐れぬというのか」
ザッカーリアだけでなくヘブライの者達も恐れずにはいられなかった。彼等にとってはまず神があるのであるからだ。その神を恐れぬというのがどれだけ不遜かということである。
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