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ナブッコ

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3部分:第一幕その三


第一幕その三

 この時彼は彼女との間に愛を芽生えさせた。それが今フェネーナがこのエルサレムにいる理由の一つにもなっていた。政治的には人質であったが二人にとってはここでの秘密の愛の育みであったのだ。
 だが二人の間にはバビロニアとユダ以外の問題もあった。実はフェネーナの姉アビガイッレもまたイズマエーレに好意を抱いているのだ。それに気付いている二人はここにまで逃げてきているのである。
「ですから今度は私が」
「ですが」
 彼女は彼から顔を背けた。
「今の私には」
「フェネーナ」
 イズマエーレは彼女の名を呼ぶ。
「どうか私の愛を」
「しかし」
 彼女はそれを受け入れようとはしない。必死に拒む。
 イズマエーレはそんな彼女を見て言葉を失ってしまった。苦渋に満ちた顔で俯き彼女から顔を離した。
「御免なさい・・・・・・」
「いや、いい」
 だが彼はそんな彼女を受け入れた。彼女が彼を受け入れられなかったというのにだ。
「今は仕方がない、今は」
「はい・・・・・・」
 二人は距離を置く。その時だった。
「将軍!」
 そこに一人の兵士が駆け込んできた。
「市民は全て避難させました!」
「そうか!」
 それを聞いてまずは安堵した。だが兵士の言葉はまだ続く。
「兵士達も退いてきています!ですが!」
「どうしたのだ!?」
「敵の一部隊が守りを破って」
「守りをか」
「はい。こちらに来ております。戦闘にいるのは」
「くっ、ここまで来たか!」
「止めろ!何としても行かせるな!」
 兵士達の怒号が聞こえてくる。だがそれをものともせず一騎の武装した騎兵がイズマエーレの前に躍り出てきた。豪奢な黄金色の鎧兜に紅のマントを羽織ったその騎兵は何と女であった。大柄で凛々しい姿をしている。精力的な強い光を放つ黒い目に兜から流れ出る波打った黒髪、そして彫が深く凛とした顔が彼女を只者ではないということを示していた。それは美貌と威厳を併せ持つ顔であった。
「貴女は」
「ここにいたのね、イズマエーレ」
 その女は神殿の階段の上にいるイズマエーレを見上げてニヤリと笑ってきた。
「私の愛しい人」
「アビガイッレ、やはり貴女も」
「そう、貴方を手に入れる為に」
 その女アビガイッレはイズマエーレを見上げて言う。見上げてはいるが決して負けてはいなかった。
「ここまで来たのです」
「ここまでですか」
「そう、宜しいですか」
 イズマエーレに対して言う。その手には血塗られた剣がある。それこそが彼女の決意と強さの証であった。
「全ては貴方次第なのです」
「私次第だと」
「そう、私に愛を誓うのです」
 そう言った。
「その口で。そうすれば貴方は全てを手に入れられるのです」
「何故私が全てを」
「私はバビロニアを手に入れます。その私の愛する者になれば」
 それが言葉の意味であった。
「そうすればユダの民も生き長らえ貴方もまた名誉を手に入れられるのです。さあ」
 そして誘う。
「私と共に。愛しい人よ」
 手を差し伸べる。その手は彼に向けられていた。
「今こそ私の側へ」
「しかし」
 だがイズマエーレはフェネーナに顔を向ける。フェネーナは何も言えず俯いているだけであった。
「私は」
「私はどうすれば」
 フェネーナは今自分が何を言うべきなのかもわかりかねていた。神殿に近付いてくる兵士達の咆哮と闇夜の中に燃え盛る炎の中で身体を震わせていた。
「その娘が何だというのでしょう」
 アビガイッレはそんなフェネーナを見て嘲笑していた。
「問題にならないではありませんか。さあ」
 そしてまたイズマエーレに手を差し伸べる。
「私の下へ。そうすれば貴方は全てを」
「しかし私は」
「ああ、どうすれば・・・・・・」
 差し伸べるアビガイッレと戸惑うイズマエーレ、彷徨うフェネーナ。三人が神殿の上と下でそれぞれの姿を見せている時にバビロニアの将兵達の歓声が聞こえてきた。
「あれは」
「まさか」 
 イズマエーレとフェネーナはその歓声の方に顔を向けた。するとユダの兵士達が命からがらといった様子で神殿のところにやって来た。多くの者が傷つき戦友達を肩に担いで血塗れの姿でやって来た。
「どうしたんだ、これは」
「将軍・・・・・・」
 兵士の一人が駆け寄ってきたイズマエーレに顔を向けた。その額から血が溢れ出ている。
「も、もう駄目です」
「どうしたというのだ」
「敵がすぐそこまで」
「いや、それならまだ」
 怯えるには及ばないと言おうとした。だが。
「敵の王が来ているのです」
「何っ!?」
 この言葉には流石に言葉を詰まらせてしまった。
「今何と言った」
「バビロニア王が来ています」
「ナブッコ王が。すぐそこまで」
「何だとっ、何という速さだ」
「私はほんの斥候に過ぎないのです」
 アビガイッレは轟然と胸を張って述べた。
「ですが貴方とユダの者達を救うことはできるのですよ」
「しかし私は」
「さあ、時間はありません」
 アビガイッレの声が迫る。
「返事は」
「くっ・・・・・・」
「来たぞ!」
「逃げろ!」
 ユダの兵士達は必死に神殿へと逃げていく。彼等が命からがら神殿に逃げ込むとそれを待っていたかのようにバビロニアの兵士達が姿を現わした。
「さあ王よこちらへ!」
「今こそ勝利を我等に!」
「父上!」
 アビガイッレは後ろを振り向いて明るい笑顔を見せた。
「さあこちらへ」
「おお王女様」
「貴女もこちらでしたか」
「そうです、父上の為に道を開いていました」
 兵士達に傲然した態度で述べた。さながら王であるように。
 
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