ナブッコ
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1部分:第一幕その一
第一幕その一
第一幕 エルサレム陥落
『私は今この街をバビロニアの王に手渡す。王はこの街を焼き払うだろう』
聖書にある言葉だ。既にエルサレムの陥落は決まっていたことであった。
だがエルサレムの人々はその運命を受け入れるつもりはなかった。彼等は今ソロモンの神殿に集まっていた。
夥しい豪華な財宝と金や銀で飾られた豪奢な神殿だ。それこそがソロモンの栄華を物語っている。かつてこの国が栄えていたことの証である。その神殿の中には偶像はないが神が確かにいた。彼等は今その神にすがろうとしていた。自分達に罰を与えようとしているその神に対して。
「バビロニアの軍が迫ってきている」
人々はその神殿の中で言う。質素な服はユダヤ教故であろうか。ユダヤの神は華美を嫌う。
「祭祀の聖具も壊れユダヤ人達は喪服を着ることになるのか」
「それは何故だ」
彼等は自分達に対して問う。
「これが神の我等への罰なのか」
「神をおろそかにしたことへの。あのエルサレムの同胞達と共に」
エルサレム王国は北のユダにあった。彼等は十二支族のうちの十支族によって構成されていた。ユダはニ支族である。後にこれが消えた十支族へとなっていく。
「聞け、皆の者」
神官のうちの一人が言う。
「聞こえるか、あの声が」
「あの声だと!?」
「そうだ、聞こえるであろう」
人々はその言葉を聞き息をひそませた。場が静まり返る。
「あの声が。バビロニア人達の咆哮が」
「聞こえる」
誰かが言った。
「バビロニアの兵士達の声が」
「野蛮な獣の様な咆哮が。確かに」
「来ているのだ、彼等が」
ユダヤ人達は口々に言う。
「娘達よ、祈れ」
父親達が自分達の娘に対して命じる。
「その白いヴェールを裂いて汚れなき唇で」
「そして神にその祈りを捧げよ」
父親達はさらに命じる。
「その祈りで敵の怒りを空しくさせるのだ」
「はい」
娘達は父の言葉を受けて頷く。そしてその言葉通り白いヴェールを引き裂いてから祈りをはじめた。
「風の翼の上を飛びいらだつ雲から雷を放つ偉大なる神よ」
「バビロニアの兵達を追い散らしダビデの地に平穏を」
「どうか私達の罪をお許しになり」
「どうか過ちに御慈悲を」
跪いて祈る。皆それに続く。
「どうか我等に加護を」
「バビロニアの者達から御護り下さい」
そこに薄い眉をした黒い髪に高い鼻の大柄な男が司祭の服を着てやって来た。祭司長であるザッカーリアである。
「祭司長」
「落ち着くのだ、皆の者」
彼は厳かな声でそう述べた。
「確かに敵は来ている」
「はい」
それは認めた。
「だが希望を忘れるな。神は私の中に素晴らしい証を下さっている」
「素晴らしい証!?」
「それは一体」
「あれだ」
彼は今来たばかりの道を指差す。するとそこには豊かな巻き毛の金髪にやや切れ長の美しい黒い瞳と鮮やかではっきりとした美貌を持つ少女がいた。豪奢な服が他の者とは違うということを教えていた。そこに静かに立っていた。
「フェネーナですか」
「そうだ、彼女だ」
ザッカーリアは自信に満ちた声で述べる。
「彼女がいる、王の娘だ」
「そうだ、我等にはまだ希望がある」
「我等は助かることができるのだ」
そのフェネーナを見て急に活気が出て来ていた。
「そうだ、彼女は我等にとっての喜びの日の太陽だ」
ザッカーリアはそこまで述べた。
「恐れることはないのだ。神の永遠の援けを信じよ」
「永遠の助けを」
「思い出すのだ」
ザッカーリアはかつての苦難を話した。
「あのエジプトでのことをだ」
「エジプトの!?」
「そうだ、エジプトでのことだ」
かってユダヤ人達はエジプトの勢力下にあった。そしてその圧政に苦しみモーゼに連れられて故郷へと戻ったのである。
その時モーゼは海を割りユダヤ人達を逃がし十戒を授かった。あまりにも有名な脱出である。
「そのことを忘れるな」
「それでは」
「そうだ、今もまた」
彼は言う。
「神は我等を救われる。よいな」
「はい」
「それでは」
人々は落ち着きを取り戻しだした。だがそこにまた嵐がやって来た。
「皆、大変だ!」
剣を手にし、鎧兜で武装した彫の深い顔立ちの精悍な若者がそこにやってきた。兜からのぞく髪は黒く、黒い瞳からは強い光を放っている。王の甥であり将軍でもあるイズマエーレである。彼は兵士達を連れて神殿にやって来たのである。息は荒くそれだけで只事でないのがわかる。
「将軍、どうされたのですか」
「一体何が」
「もうすぐ城壁が陥落する」
彼は同胞達にこう言った。
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