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とあるβテスター、奮闘する

作者:らん
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投刃と少女
  とあるβテスター、参戦する

2022年12月4日。
およそ一時間半の行軍を経て、ディアベル率いるボス攻略部隊は、迷宮区最奥に位置する二枚扉の前へと辿り着いた。本日のレイドパーティ構成員である46人が、誰一人として欠けることなく。
途中で何度も遭遇した敵モンスターについては、ディアベルの的確な指示によって危なげなく撃退している。

───これで死人が出たら、本末転倒だもんね。

相変わらず見事な手腕だと感心しつつ、ここまでの道のりで死者が出なかったことに安堵する。
ボスと戦いにきたはずなのに、その前に誰かが死のうものなら。
こんなことで本当にボスを倒せるのか、と、パーティ全体の士気低下を招くことになりかねないからだ。

実を言うと、こんな大人数を彼一人で仕切ることができるのか、不安に思わなかったわけでもない。
いくらディアベルがリーダー職に慣れている様子でも、MMOプレイヤーというのはやはり、どこか利己的な考えを持っている者が多いからだ。
SAOがデスゲームと化した現状であっても、最前線で戦うプレイヤーには、ネットゲーマーの性とも言えるその性質が色濃く出ているように思える。
強いて挙げるならば、昨日のキバオウの行動がいい例えとなるだろう。
死んだ人間に謝罪しろと口で言ってはいたものの、その言動の裏に隠れていたものは、元βテスターが自分より優位なのが許せないという嫉妬心だ。
要は、『人よりおいしい思いをしたい』『周りより優れていたい』といった考えを切り捨てることができないのだろう。例えそれが、命懸けのゲームであっても。
そんなことを気にする暇があるなら、少しでも自分が強くなるか、他のプレイヤーと協力することを考えるべきだというのに……。

だけど。
ディアベルはそんなプレイヤー達を仕切り、自ら指揮を執ることで、全員一丸で戦うスタイルを貫こうとしている。
事実、ディアベルのリーダーシップは本物のようで、即席のレイドパーティだというのにも関わらず、プレイヤー達は彼の指示があればすかさず動くようになっている。
ダンジョンに入る前に彼が行った『みんな、勝とうぜ!』という呼びかけも、全体の士気を上げるのに大いに効果があった。
それほどまでに、ディアベルという人間は人を操ることに精通している。
各々の主張をまとめ上げ、巧みな話術で士気を向上させ、一つの目的に向かって進むよう仕向ける。
言葉にするだけなら簡単だけど、それを実行に移し、更に成功させるのは決して簡単なことじゃない。
恐らく、現状では彼以上の指導者は見つからないことだろう。

───でも、彼は。

そんなディアベルの行動は大いに評価されるべきなのだろうけど、僕はそれを手放しに喜ぶことができずにいた。
アルゴの情報によって知らされた、キバオウの不可解な行動。更には、考えが正反対であるはずの二人が事前に接触済みであるということ。にも関わらず、あの場でキバオウが行った、元βテスターを炙り出そうとする行為……。
これらが偶然によるものなのか、それとも何か意図があってのことなのか。そのどちらなのかを判断できるほどの材料はない。
だけど……僕とキリトの二人を見た時の、彼の不審な態度。あの時ディアベルが一瞬見せた表情が、僕の頭から離れなかった。
あの、嫌悪感とも警戒心とも取れる、なんともいえない表情が。

「……、何にせよ、何事もなければいいけど」
「?ユノくん?」
「あ、ごめん」
どうやら無意識に言葉に出していたようで、隣のシェイリが不思議そうな顔をしていた。
何でもないよと言って、グルグルと頭の中に渦巻く疑問を胸に仕舞い込み、僕自身も気を引き締める。

───そんなことを考えている場合じゃない。

ディアベルが僕たちの何を警戒しているのか、それはわからない。だけど、今はそんなことを気にして、集中力を欠かすわけにはいかない。
正式サービス開始後初となるフロア攻略戦。死と隣り合わせの戦いが、すぐ目の前に迫っているんだから。

───そうだ、今は。今は、目の前の敵を倒すことだけに集中しろ───!

行くぞ!というディアベルの掛け声と、重い二枚扉が開く音を聞きながら。
ランナーズ・ハイにも似た気分の高揚を感じつつ、僕は手にした短剣を力の限り握り締めた。


────────────


アインクラッド第1層ボス部屋。左右20メートル、奥行き100メートルという長方形の形をしたフロアだ。
その最奥に位置する玉座にてプレイヤー達を待ち受けていたボスモンスターの名は、『イルファング・ザ・コボルドロード』。身の丈2メートルはあるであろう巨大な体躯に、武骨な骨斧を携えた亜人の王。
周囲には『ルインコボルド・センチネル』という名の側近を三体従えている。

ゲーム開始後初のボス攻略部隊となる46名と、亜人の王率いるモンスター勢の激突が始まってから、既に十数分以上が経過していた。

「A隊、C隊、スイッチ!」
ディアベルの指示を受け、A隊を構成する六人がソードスキルを放ち、下がったA隊と入れ替わるようにしてC隊のメンバーが前へと躍り出た。

「来るぞっ!B隊、ブロック!」
「任せろ!おらあああ!」
コボルド王が振り下ろそうとしていた骨斧を、B隊のリーダーであるエギルが両手斧で弾き返す。

「C隊、ガードしつつスイッチの準備……今だ!交代しつつ、側面を突く用意!」
ディアベルがその場で長剣を振り下ろすのと同時、C隊の盾装備剣士が骨斧を防ぎ、その隙にB隊が側面から回り込み、ボスを包囲して攻撃を開始。

「D、E、F隊!センチネルを近付けるな!」
「了解!」
攻撃中の部隊を背後から襲われないよう、長身の両手剣使いがリーダーのD隊、キバオウ率いる遊撃用E隊、長柄武器装備のF隊で取り巻きのセンチネルを足止めする。
例えボスの取り巻きといえど、迷宮区に徘徊している一般モンスターよりは遥かに強敵だ。しかも『ルインコボルド・センチネル』は、頭と胴体の大部分を金属鎧で頑強に守り、鎧の継ぎ目や喉元などのごく狭い範囲にしか攻撃が通らない。
三匹いる取り巻きのうちの二体をD、E、F隊がそれぞれ相手取り、俺達の担当は殲滅が追い付かなかった三匹目───要するに、殲滅部隊の尻拭いだ。

「アスナ!スイッチ!」
片手剣を構えながらセンチネルと相対し、敵の持つハルバードが突き出された瞬間、狙い通りのタイミングでそれを迎撃する。
身体の捻りを加えた逆袈裟斬り。俺の剣は敵の斧槍の柄に激突し、甲高い金属音を響かせた。
こちらの胴体を貫こうと迫っていた斧槍は火花のようなエフェクトを散らしながら跳ね上げられ、センチネルが体勢を崩したのと同時、俺はすかさずバックステップで距離を取る。

そして、

「三匹目っ!!」
次の瞬間には、細剣を構えたアスナが目にも留まらぬ速さで肉薄していた。

細剣 単発刺突技《リニアー》

細剣カテゴリで最初に習得できるソードスキルで、剣を身体の中心に構え、捻りを入れつつ直線に突くだけのシンプルな技だ。
凄まじい速度で突き出されたレイピアの先端がセンチネルの無防備な喉元を捉え、急所を突かれたモンスターはポリゴン片となってあえなく四散する。

───やっぱり、速い。とても初心者の動きとは思えない。

同じ技を何度も見ているはずの俺ですら、速すぎて剣先が見えないほどの一撃。ここにきて更に速度が上がっているアスナの剣裁きに、改めて舌を巻く。
迷宮区で初めて見かけた時から思っていたことではあるが、アスナの技は手練のそれといっても何ら遜色がない。
初心者……そもそもMMO自体SAOが初めてだと本人は言っていたが、既に一般プレイヤーからは頭一つ飛び出した強さを持っているだろう。
それほどまでに、アスナの《リニアー》は戦慄せずにはいられない完成度を誇っていた。

「GJ《グッジョブ》……!」
まったくの初心者だというのにも関わらず、これほどの動きをいとも簡単にやってのける、もはや天性ともいえるバトルセンス。
このまま成長すれば、一体どれほどの剣士になるだろうか。
そんな彼女の可能性に思いを馳せながら、パーティメンバーたる少女に小声で賛辞を送る。

「……?あなたも───」
恐らく意味がわかっていない(MMOという言葉の意味すら知らなかったのだから、無理もない)であろう賛辞に、彼女が応えた……瞬間。

「──っ!?ひっっ!?」
“横から飛んできた何か”を視界に捉えたアスナは上擦った悲鳴を上げ、戦闘時だというのにも関わらず俺の傍まで走り寄ると、背後に隠れるようにして“飛んできたもの”へと視線を向けた。

「アスナ!?どうし───うおっ!?」
「きゃああ!?」
た、と俺が言い終えるよりも早く。
再度飛んできた“同じもの”が俺達の足元へと転がり、それを見て二人同時に悲鳴を上げた。

───な、なんつー戦い方してるんだよ……!

ボス戦の最中(といってもオマケみたいなものだが)だということも忘れ、二人分の悲鳴の原因となった、残るパーティメンバーの戦いへと目を向ける。

フードで顔をすっぽり覆い隠した、小柄な体格の短剣使い───ユノ。
戦闘中は邪魔になるからかフードは被らず、ユノよりも更に小柄な体躯であるにも関わらず、両手斧を軽々と振り回す中(小?)学生くらいの少女───シェイリ。
このボス戦における臨時パーティメンバーであり、昨日の会議の際に俺達を誘ってくれた二人組だ。

「む、無理……!シェイリ、はやく……!」
新たに湧いたセンチネルの攻撃を短剣で受け止め、鍔迫り合いに持ち込むユノ。『接近戦は苦手』と本人が言っていた通り、その戦い方は随分と危なっかしい。
筋力パラメーターが低めなのか、水平に構えた短剣で斧槍の刃を受け止め、空いた手を短剣に添えることで何とか持ち堪えているといった具合だ。この分では、ソードスキルを発動させる余裕もないだろう
彼の動きはペアで迷宮区に篭もっていたにしては、あまりにもお粗末と言わざるを得なかった。

「はいはーい!いっくよー!」
今にも打ち負けそうな彼をハラハラとした気分で見守っていると、弱音を吐くユノとは対照的に、場違いに楽しそうな声が聞こえてきた。
鍔迫り合いに持ち込まれたことによって必然的に動きを止めたセンチネルに、両手斧を担いだシェイリが側面から迫る。

両手斧 突進技《バスターチャージ》

まさに猪突猛進といった様相で敵にタックルを食らわせ、体勢を崩した敵に対し、両手斧による回転斬りのコンビネーション。重量のある両手武器ならではの豪快な技だ。
筋力パラメーターにものをいわせた強烈な一撃を、力任せに喉元へ食い込ませ……そのまま、首から上を文字通り“吹き飛ばした”。
すぽーん、といった擬音が思わず浮かぶほどあっけなく。
胴体から切り離されたセンチネルの首が宙を舞い、カランカランと音を立てながら俺達の足元へと転がり、一秒ほど間を置いてからポリゴン片へと姿を変えた。

「………」
「………」
まるでB級ホラー映画の演出か何かのような光景に、二人揃って絶句してしまう。

───相手がモンスターとはいえ、斬首とは……

あまりにもむごい殺し方をする二人組に、近くで戦っていたD隊のリーダーである両手剣使いの男が、信じられないものを見るような顔で二人を交互に見つめていた。

「……、ナイスファイト、だ……」
「えへ、ありがと~!」
「あ、あはは……」
明らかにドン引きしている素振りを見せつつも、形だけでも賛辞を送るD隊リーダー。
大の男が引いてしまうほどのコボルド殺害現場を見せ付けた少女は、そんな相手の心情を理解していないのか、投げかけられた言葉に素直に喜びを表している。
そんな相方の様子を見て、ユノが乾いた笑いを浮かべているのが印象的だった。

……余談だが、後にこの時のD隊リーダーであった男はこう語っている。
『あの時は正直、コボルドよりも彼女のほうが恐ろしかった。あの場で下手なことを言えば、今頃飛んでいたのは俺の首だっただろう』と……。


────────────


その後、アスナとシェイリのツートップによる善戦《大量虐殺》によって、その場に湧いたセンチネルは一匹残らず葬り去られた。
『えへ、ボス戦って楽しいね~!』『呑気なこと言ってる場合じゃないで……しょっ!9匹目っ!』『すごーい!あっちゃんかっこいー!』『誰があっちゃんよっ!!』などといった遣り取りはあったものの、俺達は与えられた役割をまっとうしていた。
といっても、俺とユノはほとんど何もしていないわけだが……。

「なんか俺達、やることないな……」
「うん、僕もそう思ってた」
俺がポツリと呟くと、隣に立っていたユノが苦笑いを含んだ声で同意した。
シェイリと相方であるこの少年は、あの戦いぶりを毎日見せ付けられているのだろう。
なんというか、おまえも苦労人だな……。

まあ、何はともあれ。
これで今湧いていた取り巻きは全て倒したことだし、あとは残る三匹を倒し、ボスのHPを削り切れば……初のボス攻略戦は、俺達の勝利で終わる。

───今のところはベータの時と何も変わらない、か……。

昨日の会議でシェイリが口にした、ボスの強さがベータテストの時とは変わっているのではないかという可能性。
だが。今のところ、取り巻き含む亜人達にはベータとの差異は見当たらなかった。
今、ボスのHPは三本目のゲージが残り僅かといったところだ。あと一分ほども経てば、最後の一本に突入するだろう。
その時、コボルド王は武器を腰に差した湾刀《タルワール》に持ち替え、後は死ぬまで曲刀スキルを使い続ける───はずだ。本当に何の変更もなければ、だが。

───頼む、このまま……このまま行かせてくれ。

ソロで戦っている時はまるでしないことだが、俺は全身全霊で何者かにそう祈った。
このまま何事もなく終わってくれ。そうすれば……一人の死者も出さずに第1層を突破できたと知れば、絶望していた他のプレイヤー達だって───

「アテが外れたんやろ。ええ気味や」
と、俺が思っていた瞬間。
俺達の背後から、耳障りな濁声がひそっと響いた。

「……何だって?」
言われた意味がわからず、振り向きざまに聞き返す。
いつの間にか俺達の近くにいたサボテン頭の男は、俺に───否、俺達二人に対し、憎しみと皮肉の籠もった表情を浮かべていた。
隣にいたユノも、表情は窺えないが、フードの下で眉をひそめていることだろう。

「ヘタな芝居すなや。こっちはもう知っとんのや、ジブンらがこのボス攻略部隊に乗り込んできた動機っちゅうやつをな」
「……、意味がわからないんだけど。誰かと間違えてない?」
「開き直んなや、卑怯もんどもが!」
押し殺した声でユノが尋ねると、キバオウはその態度が気に入らなかったのか、苛立った声で激昂した。まったくわけがわからない……。

「キバオウ、何が───」
言いたいんだ、と、理不尽さに歯噛みしながら聞き返そうとした俺は。
次にキバオウが俺に言い放った言葉により、一瞬思考が停止した。

「わいは知っとんのや。ちゃーんと聞かされとんのやで……あんたが昔、汚い立ち回りでボスのLAを取りまくっとったことをな!ジブンら二人がおるのは、大方卑怯もん同士で手ぇ組んだっちゅうことなんやろが!」
「……な、に……?」
LA《ラストアタック》。とどめの一撃。
SAOでは、ボスに最後の一撃を加えて止めを刺したプレイヤーに『LA《ラストアタック》ボーナス』が与えられる。
LAボーナスを獲得したプレイヤーには、他より多くの経験値やコル、更には二つとない貴重品《ユニークアイテム》が与えられる。
俺はベータテスト時代、ボスのHPがなくなるギリギリのタイミングで強力なソードスキルを叩き込み、LAボーナスを獲得するのを得意としていた。
だが、それはベータの時の話であって。
俺のプレイスタイルを知っている人間は、アルゴのような元ベータテスター以外にはありえないはず───

───まさか。

不意に。
ここ一週間の間で何度も抱いた疑問の答えが、脳裏に浮かび上がった。

キバオウはここ一週間、アルゴを通じて俺の『アニールブレード+6』を買い取ろうとしていた。
何度断られても交渉を諦めることはせず、しまいには相場価格を大幅に上回る大金を積んできた。だが、そうまでする理由はなんだ?
反ベータテスター主義を掲げるキバオウ。そんな奴が、そうまでして俺の武器に執着する理由。
奴の言葉から察するに、恐らくその目的は、俺の攻撃力を削ぐことによるLA獲得の妨害。

───なら、キバオウに俺のベータ時代の情報を与えたのは?

情報と聞いて真っ先に浮かぶのは、やはりというか『鼠のアルゴ』だ。
俺はアルゴとベータの時からの顔見知りだし、当然、彼女も俺のプレイスタイルを熟知している。
この条件であれば、彼女が金を積まれて俺の情報を売った、と解釈するのが妥当だが……それは違うと断言できる。
アルゴはいくら金を積まれようと、ベータの情報だけは絶対に売らない。それはあいつが自分で言ったことであり、彼女は仕事に関して嘘はつかない。

だとすれば、残る可能性は。
キバオウに俺の情報を与え、妨害工作を働くように仕向けた人物は。
それは───


「みんな、下がれ!オレ達が出るっ!」

……と、俺がそこまで考えた時。
それまで指揮に徹していたディアベルが一際大きな声で叫び、自ら敵に向かっていく。
彼の視線の先には、HPゲージを最後の一本まで削られ、とうとう骨斧を投げ捨てた亜人の王。
腰から湾刀《タルワール》を抜き放ち、自分に立ち向かってくるディアベルらを粉砕すべく、雄叫びを上げた。

「一気に片付けるぞっ!」

敵が湾刀《タルワール》を抜いたことで、ボスの使用スキルが変更された可能性はないと判断したのだろう。
青髪の騎士は、自身のパーティメンバーであるC隊の五人と共に、全員でコボルド王を取り囲む。

───やっぱり、あんたがそうなのか、ディアベル……?

あのキバオウから、絶対の信頼を寄せられていたディアベル。
恐らくは、この状況で自らLAボーナスを獲得すべく動き出した青髪の騎士が。彼こそが、俺に対する妨害を仕組んだ張本人だろう。
キバオウのベータテスターへの反発心を利用し、妨害工作のための手駒として利用した。
そして、彼が俺の存在を知っているということは……それは、彼自身がベータテスト出身者であるということを意味している。

───だけど、まだ何かある。

俺の武器を買い取ろうとしたキバオウ。あの不可解な行動については、ディアベルが黒幕なのだとすれば辻褄が合う。
ベータ当時から俺の存在を知っていたディアベルが、俺がボス攻略戦に参加するであろうことを予想し、彼に指示したのだろう。
恐らく俺達四人が後方に回されたのも、ボスに直接攻撃でもされればLAを奪われると思ったからに違いない。
そこまではわかる。陰でコソコソと妨害工作されていたのは決していい気分ではないが、彼がそういった行動を取りたくなる気持ちもわからなくもない。

───だが、さっきのキバオウの言葉はなんだ?

今までの問題が解決したのと同時に、今度は新たな疑問が浮上する。
『ジブンら二人がおるのは、大方卑怯もん同士で手ぇ組んだっちゅうことなんやろが!』

───ジブンら?二人?

キバオウが言う二人とは、俺とユノのことで間違いないだろう。
事実、先ほどから彼は俺とユノの顔を交互に見て、憎しみの籠もった目で睨めつけてくる。
だが。LA狙いのプレイスタイルを取っていた俺とは違い、ユノには彼らから警戒される理由がないはずだ。

───だというのに、キバオウは俺達に対して『卑怯もんどもが』という言い方をした。それは何故だ?

キバオウの言う『卑怯もん』とは、俺のような元ベータテスターに対する言い方だ。
仮に、ユノが元ベータテスターだったとしても。キバオウの態度は、それだけの人間に対するものとしてはあまりにも……。

───それに、あの場はディアベルの仲裁によって収まったはずだ。

元ベータテスターだろうと貴重な戦力で、諍いを起こして全滅したらそれこそ意味がない───今となっては『あんたが言うか』と突っ込みたくなるが、ディアベル自身がそう言っていた。
だからこそ。ベータ当時からマークされていた俺はともかく、単なる元ベータテスターだというだけでは、彼を警戒する理由にはならないはずだ。

「あんたもや。得意の投げナイフを使わんっちゅうことは、最後まで正体隠してコソコソしとるつもりやったんやろ?せやけど残念やったな、あんたの正体はとっくにバレとるんやで!」
「──ッ!!」
だが。次の瞬間には、キバオウの矛先がユノに向けられていた。

───“得意の投げナイフ”、だと……?

ユノが息を呑む気配が伝わってきたが、俺はそれどころではなかった。
『投げナイフ』。その単語を聞いた瞬間、不意に感じた既視感《デジャヴ》にハッとなった俺は、自身の頭に残るベータ時代の記憶を漁り、情報を照らし合わせていく。

昨日出会ったばかりの短剣使い、ユノ。
自分のことを『僕』と呼ぶ、少年らしい口調。男にしては高めの中性的な声、小柄な体躯───否、今のSAOでは姿形はアテにならない。それよりも。
近接戦闘がセオリーのSAOで、わざわざ威力が低めの投剣スキルをメインで使っていた人物に、俺は一人しか心当たりがない。
直接の知り合いというわけではないが、何度かボス戦でも顔を合わせるうちに、その個性的なプレイスタイルに興味を持ったこともある。
姿形が違うというのはもちろんのことだが、短剣を使っていたから気が付かなかった。
仮に、“彼”の名前を思い出したとしても……名前が同じというだけの、まったくの別人だと思っていただろう。

───どうして今まで忘れてたんだ。俺は……俺は、彼のことを知っている……!

彼がフードで顔を隠したり、苦手なはずの近接武器で戦っていた理由は。
その理由は恐らく、ベータ時代の彼を知る者に、素性が割れるのを防ぐため───

───ユノ。おまえが、あの《投刃》なのか……?

ベータテスト時代。第9層のボスが攻略された直後に突如として名前が挙がり、一時有名となった一人のプレイヤー。
その後暫く各地で目撃された後、ある日を境に姿を消し、やがて忘れ去られていった一人の男。

ベータテスター、《投刃のユノ》。
仲間を殺し、LAボーナスを持ち逃げした───オレンジ《犯罪者》プレイヤー。 
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