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戦国御伽草子

作者:50まい
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参ノ巻
守るべきもの
  5

今日(こんにち)は」



「これは。前田の瑠螺蔚(るらい)姫。どうぞ」



 甲冑(かっちゅう)姿に槍を持った門衛はそう言うと快く門を通してくれた。



 あたしも顔が売れたものねぇ。柴田家が鷹男に毒を盛ろうとしてたのを止めに天地城に乗り込んだ時、「何者ォォォォオオオ!」とか叫びながら鬼のような形相で追いかけられてた頃が懐かしいわ。



 あたしはしみじみと頷いた。



 とりあえずね、あたしは昨日一晩考えた訳よ。昨日の男がどこの誰かは全く見覚えないし、というか暗闇で顔なんて見えなかったけどさ。奴の目的は、もう間違いなくこのあたし。そして多分というか確実に、ひいては前田家。



 あたしはこれでも、もとを辿ればかの藤原家、千年以上は続くと言われる由緒正しき前田家の唯一の姫。野心のある男なら、そりゃあ喉から手が出るほど欲しいでしょうよ。



 でも少しでも頭が働くのなら、おいそれとあたしに手出しはできない筈なのだ。なぜなら、ここら一帯を納める主君の織田君自ら、あたしと親しいところを柴田家の事件で公言しているし、前田家と負けず劣らぬ勢力を持つ佐々家にあたしが転がり込んでいる、そんな状況で手を出せば、前田家だけでなく佐々家の面子(メンツ)を潰すことになる。織田家、佐々家、前田家、この三家を敵に回しても息をしていけるところなんて、近場で思い浮かばない。実際もう高彬(たかあきら)は動いているわけだし。



 そうなると、自然、余程直情型で後先考えない人間の仕業なのかな…と思ってしまうのもしょうがない。



 てことは、あたしに乱暴狼藉を働いた(ふと)(やから)は多分、身分はそんなに高くない筈。守る家があれば、こんな失うものの多すぎる賭みたいなことは普通しない。



 それに、あたし、多分…昨日の声、どこかで、聞いたことがある…気が、する。



 どこで耳にしたかは思い出せないんだけれど、言葉少なだった男の声を、もう一度聞いたらわかるんじゃないかと、あたしはこうして天地城に出向いているのだった。



 あとは、なんか前田家を取り巻くきな臭い噂話でも聞けたら儲けもの、って感じかな。



 あたしはぶらぶらと濡れ縁を歩く。



 あたし天地城に全く詳しくないから、行っちゃいけないところとか全然わかんないんだけど…いっか?



 なんかあんまり人いないなー会議でもしてんのかなぁ。



 半開きになった障子の横を、だらしがないなぁと思いながら通った、その時だった。



 あたしは思わず立ち止まって、部屋の中を覗き込んだ。



 あれって…鷹男?



 脇息(きょうそく)に凭れかかって瞳を閉じているのは麗しき織田の若君、その人だった。



 あたしはそうっと障子の隙間から中に滑り込んでそろそろと歩くと、鷹男の傍にしゃがみこんだ。



 …寝てる。



 さらさらとした黒髪が精悍な頬にかかり、その男らしさを際立たせている。



 憎たらしいぐらいに男前だ。もう、なんなの。これだけ格好良ければ人生楽しいでしょうね。



 あたしは唇をとがらせると、えいと鷹男の鼻をつまんでやった。



 女泣かせの若君様め。



 それにしても、鷹男が一人で寝てるって…なに?傍に伴の者の一人もいやしないなんて…仮にもこの人、織田の次期当主よ?ちょっと警備緩すぎなんじゃないの?



 それにこの部屋大分寒いのに火鉢も何にもなし。鷹男も鷹男で、なーんにも羽織っていない。寒いでしょ、どう考えても。あたしは自分の羽織を一枚鷹男に掛けてあげた。



 その時、ふと気配を感じてあたしは顔を上げた。



 入り口に、声もなく男が立っていた。



 あたしは驚き、無意識に体を鷹男に寄せた。



 な、なに?



「あ、あの…?」



 あたしがおそるおそる声をかけると、男はにへらと、とってつけたような笑いを浮かべた。



「いやあ、若君をお待たせしてはいかんと、頼まれたものを持ってきたところでして。どちらの姫であらせられるかな?(それがし)は若君の伴をしております田中というもの。怪しい者では御座りません」



 聞かれもしないことをぺらぺらと勝手に捲し立ててる男が、一歩部屋に踏みいる。



 月代(さかやき)から額にかけて、この寒いのに汗が滲んでいる。



「頭が高いのではなくて?若殿の御前よ」



 あたしは咄嗟に眉をひそめて鷹揚(おうよう)に言い放った。明らかに機嫌の悪くなった田中はそれでも膝を折る。あたしはみえないところで即座に鷹男の腿を結構強くつねったけれど、鷹男は無反応だ。



 起きもしない。痛がりもしない。これは、普通じゃない。



「おまえ、わたくしが誰かわからないの?」



 あたしは苛ついたように溜息を吐いた。



「は…」



「誰が顔を見せて良いと言った!」



 田中が頭をあげようとするのを怒鳴りつけて、あたしは不機嫌にそっぽを向いた、ふりをした。



 多分、鷹男は薬か何かを使われている。あたしはもしかしたら、不味いところに居合わせてしまったのかもしれない。



 鷹男が呼吸をしているか…ああわかんない。でもまさか死んでるなんて事ないよね?ないはず。



 とりあえず、この男を鷹男の傍から遠ざけなきゃいけない。



「おまえ、不愉快だわ」



 頭の中だけ目まぐるしく動かしながら、あたしは男に声をかけた。



「さっさと消えて。じゃないと、お父様に言いつけてやるから」



 鷹男にしなだれかかるふりをして、あたしは鷹男の腰を探った。手が固い物に当たる。それをしっかりと握りしめて、鷹男とあたしの体の間で隠す。



 男が去るならよし。そうじゃなければ…。



 あたしはびくりと震えた。鷹男の脇差しを掴んだあたしの手、その手首を、大きな手が覆っていた。



 鷹男!



 起きたのかと思って顔を見たけれど、その瞳は硬くつむられたまま。



 その指が、あたしの拳の上を動く。何度も、何度も。



 なに、鷹男。なに!?




 あたしに、何を伝えようとしているの?



 あたしは混乱して、余程鷹男に声をかけたかったけれど、田中がゆらりと立ち上がったので、そうも言ってられなくなった。



「どこの姫かは知らぬが…どうせ、生かして帰すわけにもいくまいよ」



 物騒なことを呟きながら、心なしか人相まで凶悪になった田中は、にやりと笑うと、腰の刀を素早く抜いた。



 本当、あたしって、ついてない!毎回鍛える時間もなくこうも刀持った男と向き合わなきゃならないなんて。



「…芝居は終わり?」



 あたしも鷹男の脇差しを抜いて鞘を落とした。



「おいおい、大刀が姫に扱えるのか?」



「そんなこと言ってあとで吠え面書くんじゃないわよ」



 いやまぁ正直扱える気はしませんけどね。



「でやあああ!」



 男は余裕綽々と言った顔で、襲いかかってきた。



 後ろに動けない鷹男がいるあたしは避けることも出来ず、刀同士は高い悲鳴を上げて鍔迫り合いになった。



 あ、ま、まずいまずいまずい…。鍔迫り合いなんて、力がないほうが負けるに決まってる。現にあたしのほうは支えきれずもうぶるぶると刀身が震えている。



 男はにやりと笑うと、刀ごと力任せにあたしを弾き飛ばした。



 あたしはよろけて片膝をついた。そこに、間髪入れずぱっと目の横を白刃が過ぎた。



 一瞬の間を置いて、ぱらりと髪が落ちたのを知る。



 こ、こ、こ、こんのやろ~~~!



 どうやら髪をひと束、持って行かれたらしい。



 髪は女の命だっつーの!どいつも~こいつも!



 あたしの髪ばっか狙いやがって!ハゲにするつもり!?



 あたしは激しい怒りに唇を噛んだ。勢いがよすぎたのか、ぶつりと唇が切れて、血の味がじわりと滲む…。



 あたしははっとした。



 血!?



 『血』、なのね、鷹男!?



 あたしは人差し指の腹に歯をかけて、大きく噛みちぎった。



 い、いったぁ~!



 あたしは痛みを堪えて、鷹男の口にその指を押し込んだ。



「おい!やめろ!」



 慌てた男が止めようとするって事は、アタリ、だ。



「なぜおまえそのことを…まさか!くノ一か!?」



「だったらどうだっていうのよ」



 あたしはふんと鼻で笑ってやった。別にこの男にあたしがどう思われようがどうでも良い。



「それなら手加減はいらんな」



「訂正。ただの姫です」



「嘘をつけぇぇぇぇえええ!」



 男は笑顔を消すと刀を振りかざして飛びかかってきた。



 きゃー!というか嘘をつけってどういう意味よー!あたしは正真正銘の姫なんだからぁ!



 もう一度、男の刀を受け止める。刃こぼれしそうなほど刀は耳障りな音を立てる。折れないで、お願い…!



 男の刀は重く、あたしはじりじりと押される。一歩、二歩とさがる度に額を汗が滴り落ちていく。



 あ、ま、ずい…押し負ける!



 あたしの背が、固い物にあたった。壁際まで、追い詰められたのだ。そう思ったその時、横から優しい手が、あたしの手の上に被さる。



「鷹男!」



 壁だと思ったのは鷹男だった。鷹男は無言であたしに微笑むと、刀をぐ、と押し返した。



 今の今まで自由がきかなかった筈なのに、今度押されているのは男の方だった。それでも鷹男は、片手しか使っていない。まだ、完全には動かないのか…。



 鷹男はあたしを見下ろし、今度は困ったように笑った。意味がわからずあたしが瞬くと、鷹男がふと屈んだ。左頬に感じる熱…。



 って、あええ!?いや、わかる、わかるのよ!多分解毒には血が必要で、それには今圧倒的に量が足りないんだって事も。でも、いきなり頬の刀傷を、舐められる身にもなってみてよ…!別の意味で、死んじゃうわ!



 いやでも緊急事態、緊急事態…。



「ごるあ!俺を忘れていちゃつくなぁ!」




「うるさい!あんたが妙な薬盛るからいけないんじゃないのよ!」



 あたしは真っ赤にのぼせた顔で逆ギレした。



田中中衛門功郎(たなかちゅうえもんいさろう)



 鷹男の低い声が響いた。



「ここは退け。もうわかるだろう。わたしの薬がきれた以上、そなたに勝ち目はない。ここで退くのなら、家までは手出しせぬ」



 田中は目を泳がせると、「クソッ」と吐き捨て、鷹男とあたしをぎらぎらとした瞳で睨み付けた。



 この目は、見覚えがある。



 柴田家の、発姫。鷹男に毒を盛ろうとしていた側室も、あたしをこんな目で見ていた…。



「若殿…あなたのお命を狙っているのは、私だけではないということを、ゆめゆめお忘れなきよう…。その様子では、すぐに寝首を掻かれますぞ…」



 男は言うだけ言ってすっと去って行った。



「鷹男!」



 鷹男はすぐに膝をついた。



「だ、大丈夫…じゃ、ない、よね?血で治るの?ほっぺからは恥ずかしいから、指の血で良ければ…」



「姫、唇に血がついておりますよ?わたしはそちらでもいいのですが…」



「それだけ喋る元気があれば大丈夫ね。ほら」



 当然あたしは指を鷹男の目の前に突き出した。



「遠慮なくどーんといって」



「姫…」



 鷹男が含み笑いをした。



「恥ずかしいんだから!はやく」



「では、遠慮なく」



 鷹男はあたしの手を取ると、指の傷に唇を寄せた。



 ちりと傷に熱が走る。



 い、いたたた…。



「…姫は、刀を扱えるのですか?」




「ええ?なによ急に。あれが扱ってるように見えた?」



 どう考えても押されっぱなしだった。



 しかし鷹男は頷く。



「ええ」



「冗談でしょ?」



「いいえ」



「そしたら目も毒にやられてたわね、鷹男。…じゃなくて若君」



 今更だけど訂正してみると、鷹男がくすりと笑ったのを指先で感じた。



「私の妻になる気になられましたか?」



「違うわよ!あたしも一応前田の姫だし敬った方が良いかなって一瞬思っただけ。ほんとーに一瞬。でも鷹男は相変わらず鷹男だったしいいわあんたは鷹男で」



「はい」



 鷹男はあたしの指からゆっくりと唇を離した。あたしはすぐさま自分の指を取り返して、もう片方の手で覆った。



「そのようにして嫌がられると傷ついてしまいますね」



「嫌がってるわけじゃ、ないけど…」



 あたしはしどろもどろに言いながら、赤い顔を背けた。



「ひゃ!なに…」



 背けた頬を、鷹男の指が辿った。髪が切られた方の頬だ。



「私の前で、あなたはいつも傷ついている」



「傷は女の勲章って言うじゃない」



「それは男だけです」



「あ、そうですか…」



 なんだか鷹男が真剣な顔をして、あたしは場を和ませようとわざと明るく言ったけど、至って真面目に返されてしゅんとした。



 鷹男は無言であたしの顔をじっと見る。田中と対峙していた時とは別の汗がじわりと滲む。



 あーなんかやだこの雰囲気。慣れない!



「あ…っそろそろ、戻ろっかなーなんて!鷹男も無事だったことだし!」



 あたしは目を泳がせながら言った。



「あ、と。そうだ、この脇差返すね。刀は男の魂でしょ。大事にしなさいよ」



「姫に差し上げます」



「え」



「姫に」



「も、貰えないわよ!そんなの…」



「では、せめてその御髪が伸びるまで、預かっていて下さい」



「…あんたが責任を感じることじゃあ、ないのよ。あたしが勝手にしたことなんだし…」



 鷹男は優しいけれど抵抗できない強引さであたしに刀を押しつけた。あたしはしぶしぶ受け取る。


 
「そういえば、姫はなぜ天地城に?こちらに何か御用でも?」



「あ!」



 すっかり本来の目的忘れてた。



「あたし行くね。誰か人呼んできてあげるから、大人しくしてるのよ。あ、でもまた変なのがきたら危ないから、やっぱりこの刀…」



「もう一振りあるので大丈夫ですよ」



「そう?じゃあ有り難く」



 あたしは忙しなくそう言うと、障子に手をかけた。



 開きかけた障子を止めて、あたしはゆっくりと振り返る。



「…鷹男」



「はい」



 鷹男はもとのように脇息に凭れ、優しく微笑んでいた。



「あんた…」



 自分に向けられる人間の強い感情というものは、酷く心に残る。それが悪いものなら、尚更だ。



 きっとそれは、心を食まれるほどに苦しい。



 聞いてもどうしようもないこと。もしかしたらそれは、鷹男に直接聞くべきではないかもしれないこと。でも言葉は口から零れた。



「あんた、いつもこんな…」



 結局あたしは言葉尻がつまり、最後まで言えなかった。



 鷹男は何も言わずただ、微笑んだ。  
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