strike witches the witches of stratos
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Ep-03
前書き
大変遅くなりました。 Ep-03です。
空が赤かった。
目の前に広がるのは、炎に包まれ、黒煙を上げる街の姿。
そこに、以前の美しかった街並みは見る影もない。
「どこにいるの!」
燃え盛る炎の中で、彼女は叫んだ。
「お願い、返事をして!」
必死に叫ぶ。
熱風が喉を焼き、激しい痛みが走るが構っていられない。
彼女には叫ぶことしか出来なかった。
自分の無力さに涙を流しながら、彼女は叫び続ける。
けれど、彼女が力尽きるまで叫んでも、その返事が返って来る事はなかった。
◇ ◇
不意に身体を揺さぶられ、少女は目を覚ました。
薄暗く無機質な輸送機のキャビン。座っているシートから伝わる断続的な振動の所為で腰が痛い。
膝元に読みかけの詩集が落ちているところを見ると、どうやら目的地に向かう途中で転寝をしてしまったらしい。
窓から差し込んだ光が目に刺さり、少女は顔をしかめる。そこでふと、視界が滲んでいる事に気が付いた。
驚いて、そっと目元を指で拭う。わずかだが、水滴がついていた。
少女はついた涙を見つめ、ため息をつく。
まさか、この年ですすり泣くなど恥ずかしい事この上ない。
他にキャビンに人はいないので、みっともない所は見られずに済んだのが幸いだ。
少女は何事も無かったように姿勢を正すと、窓の外へと目を向ける。
青い空に、白い雲。
どこまでも続く、既に見飽きている風景を、少女は憂いを帯びた瞳で眺め続けた。
◇ ◇
任務を終えた翌日。
バルトランドから朝一番で基地に帰ってきた優刀を待っていたのは、膨大な量の事務仕事だった。
飛行計画の提出と帰還後の報告はもちろんの事、生活必需品や武器弾薬の管理に申請、部下の人事管理等々。誰が言ったか知らないが、まさしく「書類を主敵とし、余力を以ってネウロイと戦う」の言葉通りである
現在、部隊にあてがわれたオフィスで優刀が取り掛かっているのは、先日の戦闘の報告書。
「う~ん」
優刀は損耗を書き記す欄を睨み付けて表情を苦くしていた。
いつもであれば、『ストライカーユニット一脚』と書かれているのだが、本日はその代わりに『98式7.62mm機関銃一丁』と書かれている。
先日の戦闘で優刀自身がやむおえず投棄してしまったモノなのだが、この機関銃は扶桑皇国で最近採用されたばかりの新型で、現在ウィッチに優先的に配備されているが、いまだ配備数が少なく、補給を申請しても通るかどうか判らない。
初速も早く、比較的軽量で扱いやすかったので何とか回してもらいたいと思っているのだが、ここ最近の本国からの補給状況を考えると余り期待は出来ない。
「やっぱり、勿体なかったかな」
咄嗟の判断とはいえ、一丁数百万円もする武装を投げ捨てたのは勿体無かった。
あの状況での判断は間違っていなかったと思うものの、後々こうして考えてみると、人間、欲が出てくるもので、機材やら何やらが不足しがちな今の状況では、手痛い損失だった。
心持ち気分を下げつつも、優刀は手際よく報告書を書き終える。
続いて補給の申請書に手を伸ばそうとして、脇に追いやっていた携帯電話が鳴りだした。
「もしもし」
『私だ』
「御用件はなんでしょうか、少佐」
相手はJG52の司令であるフーベルタ・ボニン少佐からだった。
『今すぐ執務室に来てくれ』
「わかりました」
時間にして僅か数秒。簡潔に会話を終えた優刀は電話を切り、深くため息をついた。
「少佐の執務室に行ってくる」
同じく報告書を作成していた武子に声をかけ、優刀は立ち上がると、
「あ、そうだ。これ、出しといてもらえるか?」
机の引き出しから、数通のエアメールを取り出して彼女に渡す。
「いいわよ。相変わらずマメねぇ」
「そうでもないと思うけどな。じゃ、後は頼んだ」
優刀は今しがた作成したばかりの報告書を持って、重い足取りで部屋を出て行った。
◇ ◇
「すまないな大尉。急に呼び出したりして」
余計な装飾品が一切置かれていない、実用性一点張りの執務室。
カールスラント空軍JG52司令、フーベルタ・フォン・ボニン少佐は書類に目を通しながら、優刀を出迎えた。
日に焼けたのか、色素が薄くなったプラチナブロンドはさんばらに肩の辺りで切られ、着ているカールスラントの制服も袖の部分が擦り切れて、よれよれになっている。
まるで化粧っけのない女性なのだが、それが逆に野性的な魅力となっているのは、本人の厳かな雰囲気の所為だろう。
「昨日はすまなかったな。せっかくの非番を潰してしまって」
「いえ、お気になさらず。報告書です」
ボニンは渡された書類に目を通すと、少し驚いた表情を見せた。
「ほう、珍しいな。大尉が損失を出すとは」
「申し訳ありません」
「気にするな。数百人の命を護れたんだ、安いものだ。それにしても……ふむ」
突然ボニンは口端を上げ、笑みを見せた。
「最初はどうなるかと心配だったが、以外に結果を出しているな。いいことだ」
「は、はあ……」
優刀は、曖昧な返事で返すしかない。
元々、義勇統合飛行隊は前線で消耗した各国の部隊で編成した、いわゆる『寄せ集め』部隊である。
当初は戦力が補充されるまでの暫定的に編成されたものだが、各国で運用思想の違う機材が集まったことで、部隊としては非常に汎用性が高くなり、部隊として次々に戦果を挙げるようになった。
しかし、その一方で、整備補給が複雑し、度々物資不足となってもいるので、整備班たちに余計な苦労をかけているのではと、考えて、素直に喜ぶ事も出来なかった。
「ところで少佐、ご用件はなんでしょうか?」
「何、先日の話の続きだ」
「ああ、あの話ですか」
ポン、と得心したように手を打つ優刀。
と、その時。
「少佐、ロスマンです。中尉を御連れしました」
「……早いな。入れ」
先ほどとは一転、心持ち真剣味を帯びたボニンの声に促され、一人の小柄な少女が姿を見せた。
エディータ・ロスマン。猛者ぞろいと言われているJG52の中でも古参の先任曹長だ。
更に彼女の後ろから、見慣れぬ少女が現われた。
歳は優刀と変わらないように見える。だが、整った顔立ちに硝子細工を思わせる瞳と茜色の髪が一際目を引いた。
「ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中尉、ただいま着任しました」
少女のきれいなカールスラント式の敬礼に、ボニンも立ち上がって応える。
「よく来たな中尉。ヒスパニア戦役以来か」
「お久しぶりです、少佐。これからお世話になります」
「何、世話をするのは私ではない。"彼"だ」
「へぇ?」
突然、ボニンに鋭い眼を向けられて、優刀の口から、思わず間抜けな声が出た。
そんな彼をよそに、彼女は続ける。
「大尉、紹介する。ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中尉だ」
「ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中尉です。本日付けで、『義勇統合飛行隊』へ着任を命ぜられました。よろしくお願いします」
「あ、ああ。よろしく」
事態を呑み込めず、差し出された手をただ握り返す。
とても戦場で居続けている者の物とは思えない程、柔らかく滑らかな手だ。
思わず、そんな場違いな感想を抱くくらいに、優刀は混乱していた。
「さて、自己紹介も済んだところで悪いがロスマン、ヴィルケ中尉にこの基地を案内してやってくれ」
「分かりました。中尉、行きましょう」
「では失礼します」
二人は敬礼すると、連れだって執務室を出て行く。
優刀は呆然としたまま見送ると、ボニンに向き直った。
「……もしかして、彼女が新しく補充されるウィッチですか?」
「ああ、そうだ」
何とか状況を整理し、平静を取り戻した優刀は、ボニンに尋ねる。
ウィッチがJG52に補充されるという話は以前からあった。呼ばれた理由もこの話の為だろう。
「しかしなぜ、うちの部隊なんですか? JG52の飛行隊だって欠員が出てるじゃないですか」
「まあ、そこに座れ。今から説明する」
ボニンに促され、来客用のソファに腰を下ろす。
対面に座った彼女は、一枚の書類を優刀に渡す。
渡されたのは経歴書。ミーナのモノだ。
カールスラント東部、ボズナニア出身。十歳の時に魔法力が発現すると、ウィッチ養成校に進学。士官教育課程を優秀な成績で修め、少尉に任官。
ウィッチとしては平凡な経歴だが、多数の戦果を挙げている所を見ると、優秀な人物のようだ。
「総撃墜数は二十機弱。なかなか優秀ですね」
「まあ、そうなんだがな。一つ問題があってな……」
素直に感想を述べると、ボニンの表情が渋面を作り、言った。
「彼女、魔法力が使えないんだよ」
「……は?」
優刀は絶句。
それだけ、ボニンの口から出た言葉が信じられなかった。
魔法力は二十歳を境に減衰していく傾向にあるが、人によって様々で、二十歳を越えてすぐに失う者もいれば、歳をとっても力が衰えない者もいる。
だが、加齢以外にも魔法力を失う場合があり、
「言っておくが、彼女は生娘だ」
最も考えられる可能性を否定されて、優刀は首を傾げた。
「では、なぜ彼女は使えないんですか?」
「さあな。ある日突然使えなくなったらしい。精神的なもので、一時的に使えなくなっているだけなのではないか、と医者は言っていがな」
「まあ、考えられなくもない話ではないですね」
魔法力は精神力に左右されやすい。
気分が落ち込んだ時には飛ぶこともままならなくなる、というのは良く聞く話で、優刀自身も、精神的にまいって飛べなくなるウィッチを何人も見てきた経験がある為、一概に否定も出来なかった。
問題は、なぜ魔法力の使えない、『ただの少女』を回してきたか、という事だ。
「後方で静養させるべきでしょうに」
「まあ、そうなんだがな。書類を最後まで読んでみろ」
「はあ……って、はあ!?」
再び読み進めて、驚きの声を上げる。
「IS適性ランクA……彼女、IS使えるんですか!」
「どうも、そうらしいな」
「良くわかりましたね」
「カールスラントは簡易適性検査を健康診断時に実施する事を義務付けているからな。まあ、発覚したのは士官学校に入学した後で、彼女もISパイロットになろうとは思わなかったらしい」
「で、魔法力が使えなくなったのを機に、ISパイロットに転身、という訳ですか」
「察しが良いな。カールスラント技術省から直々に声が掛かったそうだ」
ISもだいぶ普及したとはいえ、いまだ数年にも満たず、運用ノウハウは圧倒的に不足している。それは人材も同様で、ストライカーユニットと言う違いはあるが、一から全てを育成する手間が省けるのだから、実戦で優秀な戦果を出している人物を放っておくはずもない。
「本人も了承したのはいいんだが、どこに配属させるか、で問題になってな。当初、カールスラントのIS部隊に配属させようと考えられたんだが……」
「上層部が猛反発した、と」
「連中の評判は最悪だからな。そんなところに将来有望な人物を飛ばせるか、と空軍大将達が怒ったらしい。次にそのまま古巣のJG53ではどうかとなったんだが、あそこも各国から派遣された部隊を受け入れて、余裕がないからと、断わられたそうだ」
「それで、うちに回ってきた、訳ですか」
「技術省からの要請だ。君たちを利用するつもりなんだろう。開戦以降、多大な予算をかけた肝心のIS部隊は碌な戦果を挙げられず、金食い虫とまで呼ばれている始末だからな」
優刀は嘆息した。
たらい回しにされたミーナの境遇に同情めいたものを感じたが、それ以上に、これからの部隊運営が面倒な事になる事を確信したからだ。
只でさえ、整備班たちに苦労を掛けているというのに、更に最新鋭で高価な機体のお守りをさせなければならなくなる。
さらにカールスラント技術省からもいろいろと注文を付けられる可能性も出てきたのだから、気が重くなって仕方がなかった。
「そんなに気を落とすな。彼女自身の人格と腕は保証する。クルピンスキーやジェンタイルよりは遥かに扱いやすいだろう」
むしろ、あれより灰汁の強い人物が来られたら困る。
優刀はともかく、常識人である武子の胃と、堅物バルクホルンの血管が持たない。
「彼女の事を頼むぞ。只のISパイロットで終わらすには惜しいからな」
「判りました」
後書き
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