シャンヴリルの黒猫
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27話「魔道士」
依頼はサクっと終わった。ユーゼリアにどんな特徴なのかを教えてもらえば、あとは探すのみである。所詮Fランクの依頼でもあるし、別段難しいということはなかった。目的の薬草が比較的群生していたというのもある。
「これで最後…っと」
ユーゼリアが最後の1束を引っこ抜くと、土を払って袋に入れた。日もだいぶ傾き、辺りは薄暗くなり始めていた。少し離れたところで鐘がなったのが聞こえた。18回鐘だ。
「早く帰らなくちゃ!」
急かされるままギルドに戻り、カウンターで手続きをする。受付が薬草の種類と数を確認しているとき、後ろから「あれっ」と素っ頓狂な声が聞こえた。ユーゼリアである。
「あ」
遅れて聞こえた、どこかで聞いたことのあるような声に振り向くと、数日前にほんの数分会話した、あの濃茶のローブが立っていた。今日もエルフの特徴である耳を隠すため、すっぽりとフードをかぶっている。なんとなく目があったような気がすると、ちいさくお辞儀をされた。
「あなた、えっと、えー……」
「…クオリ、です」
「そう! クオリさん、あの、彼らは? えと、ガークさん、だっけ」
名前を覚えていなかったユーゼリアに苦笑しつつ答える少女とは、数日前、あの小さな町でのグランドウルフの襲来の後、別れたはずだった。その時彼女にはガークという槍使いと、あともう1人、剣を使う男性とパーティを組んでいたはずだった。
クオリは苦笑して答えた。
「いろいろありまして…パーティ解約されちゃいました。あはは。…あ、いいんです。元から臨時パーティということだったので、合意の上ですから。それにしても、ユーゼリアさんが2人のパーティを組んでいたなんて、驚きました」
相手には名前を覚えていてもらったことに少々恐縮しながらも、だがユーゼリアはクオリが話の話題を変えたことに気づいた。ちょっと考えた後に、ローブの少女の手を取る。クオリの方が随分と背が高い為、なんだか妹が姉に甘えているように見えた。
「ねえ、このあと暇? よかったら一緒にお夕飯食べない? 同じ死線をくぐり抜けた仲間として」
「え、いや……」
「夕飯ぐらいなら、いいんじゃないか」
報酬とランクアップしたギルドカードを片手に、アシュレイが口を挟む。彼の言葉に、クオリは未だ逡巡しながらも、小さく頷いた。
3人で外に向かいながらアシュレイがユーゼリアに言う。
「やっとランクFになった。いつぞやのハウンドの毛皮で実は結構稼いでたらしい」
「やったじゃない。次は何ポイントだっけ?」
「1000かな」
「え、F!? あなたがですか!?」
突然横から叫ばれて、さしものアシュレイもびっくりしながらクオリを見ると、彼以上にびっくりしたような顔で見返された。
「……あれ、最後挨拶の時に言わなかったっけか。ええと、たった今Fランカー剣士になりました、アシュレイ=ナヴュラです。…どうぞよろしく」
「………あの時はそれどころじゃなかったんですっ」
クオリを連れて宿屋に帰ると、今度はクオリが「あれっ」と声を上げた。
「私もここに泊まっているんですよ。一緒だったんですね。気づきませんでした」
「あれ、そうなんだ」
そのまま食堂へと向かう。既に18回鐘がなってから随分時間が過ぎているので席はあまり空いていなかったが、偶然食事が終わって帰る客がいたので、そこに座る。食器を片付けながら店員にメニューを聞いた。
「今日はレグーのステーキがおすすめです。仕入れたばかりなので、まだ柔らかいですよ。あとは、豆スープが値段の割に美味しいと人気ですね」
アシュレイとユーゼリアはレグー肉のステーキを、クオリは豆スープを頼んだ。エルフはあまり肉を食べないのだ。まだユーゼリアは気づいていないようだが、特に疑問にも思わなかったらしい。
「ま、こんなもんね」
ユーゼリアの批評はぼちぼちだったが、アシュレイの舌にはそこそこ美味に感じられた。クオリも残さず食べ終わり、ほっと息をついている。
「ねえ、クオリはどうして臨時パーティを組んでたの? それってつまり、もともとソロってことでしょ?」
ずっと聞きたかったことをユーゼリアが訊ねた。組んだ手の上に顎をのせ首を傾げるその瞳はきらきらと輝き、教えて教えてとせがんでいた。クオリが苦笑して「そうですね…」と虚空を見つめる。なんと説明しようか迷っているようだった。
「詳しくは言えませんが……そうですね、わたしをパーティに加えると、もれなく厄介事がついてまわるんですよ」
冗談交じりの声で言った台詞だが、“厄介事がついてまわる”の言葉に、ユーゼリアは思わず「え」と漏らした。
「あ、いや、なんでもないの」
ごまかしの笑顔と共に無意識に両手を振る。クオリの言い方に、アシュレイも少し意外な顔をしていた。ちらりと彼と目を合わせると、再びクオリに向かって言った。
「そういえば、クオリって魔道士なのよね。何魔道士?」
一口に“魔道士”といっても、その種類は色々だ。例えばユーゼリアのような魔物を使役する召喚魔道士や、味方の補助・回復などサポートに徹する補助魔道士、攻撃魔法を用いて遠距離から火球や雷撃を浴びせる攻撃魔道士などがある。
クオリはこの攻撃魔道士に当たるのだが、彼らにももちろん個人で得意不得意な属性がある。火属性が得意な攻撃魔道士は水属性が苦手なのが一般的だし、また火属性が得意ならばそれに近い雷属性もそこそこ得意であったりするのだ。それの逆もまた然り。
それらを踏まえて、攻撃魔道士たちは自身のことを炎魔道士や水魔道士、風魔道士などと呼称する。ユーゼリアが訪ねているのは、このことだった。
「特にこれといって得意な属性はないんです。全属性同じくらい行けます…が、よく使うのは、そうですね、やっぱり火でしょうか。威力も高いし」
「すごいわね! 私は風しか使えないのよ。…ねえクオリ、魔法教えてくれないかしら」
「構いませんよ。じゃあユーゼリアさんは水にも適正がありますね。明日、少しご教授します」
「ありがとう! 旅路でこつこつ覚えてたんだけど、独学じゃ全然うまくいかないの。それから、私のことはリアでいいわ。ユーゼリアの愛称だから」
「はい。任せてください、リアさん。こっちは本職なので、色々と教えられることもあると思いますから」
「ほんとは“さん”もいらないんだけど……まあいいわ。よろしくお願いします!」
そんな会話が繰り広げられている間、アシュレイはというと、
(そういえば俺が魔法使えること、ユリィは知らないんだったな…。どうしよう。言う機会を逃しているが、これは言わない方がいいのだろうか……)
ひとり悶々と考えていた。
ふっと顔を上げると、ユーゼリアと目が再び合う。その目にまたねだるような光が浮かんでいるのを見て、苦笑とともに肩をすくめた。好きにしろ、という意味である。
「ねえねえ、クオリ。ものは提案なんだけど……」
「なんでしょう」
「これから先、行くあてもないなら、一緒に旅をしませんか?」
「えっ」
飲んでいたコップの水が、揺れた。その目に僅かな動揺が走る。
「……それは、臨時で、ですか」
「違うわ。ずっとパーティを組んでいたいの。もちろん強制じゃないし、抜けたいと思ったらいつでも抜けて構わないけど…でも1つの依頼を受けるだけのパーティとか、そういうのじゃなくて。気が合うなら、ずっと」
クオリが水を飲み込んだ。静かにこちらを見つめる。その瞳はアシュレイに「なぜ貴方は止めないの」と語っていた。
「何故か? それは反対意見が特にないからさ」
「わたしはっ」
ガタッと立ち上がると、周囲の視線を集めた。もう客の多くは食事を終え、談笑しているのみだ。突然大きい声を出して立ち上がれば、周囲の目を引くことは必然だった。それにクオリも気づくと、アシュレイに目で問いかける。
「ああ。ユリィは信頼に値するよ。真面目だからな」
「……分かりました。信じましょう。リアさん、貴女に見てもらいたいものがあります。私の部屋に来ていただけませんか。パーティの誘いは、それを見てから考えて欲しいんです」
固くなった雰囲気に飲み込まれないよう、ユーゼリアは静かに頷いた。
後書き
ユーゼリアの愛称はリアだったんですねー。アッシュは(本人曰く)呼びやすい「ユリィ」で確定してますけど
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