西域の笛
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第四章
「あの声の主は」
「ここにいると思ったのですが」
「いないですね」
「一体何処にいるのか」
「どういうことでしょうか」
「わしは今は会わぬ」
その声が言ってきた。
「今はな」
「というと何時に」
玄奘が声に問うた。
「何時貴方は私と」
「天竺から戻った時だ」
その時にだというのだ。
「わしは御主達と会おう」
「その時にですか」
「だからこそだ」
それ故にだというのだ。
「まずは天竺に行け」
「そして経典を手に入れて」
「またここに来るのだ」
この泉にだというのだ。
「わかったな、それではだ」
「わかりました、天竺に向かいます」
玄奘は声に対して頷いた、そうしてだった。
九死に一生を得た彼はそこから天竺に向かった、天竺は唐とは全く違う彼等から見れば神秘の国だった。
豊富な果物に様々な香辛料で味付けされた料理、彼等の国の味ではなかった。
石の建物に多くいる動物達、暑い気候。だが。
「御仏ではないですか」
「これは別の教えでは?」
「師匠、彼等は何と言っているのですか?」
「この国の僧侶達は」
「はい、御仏のものではないです」
玄奘の学識はこの国の言葉にも及んでいた、それで言葉や話はわかった。
だがそれでもだった、話を聞いて言うことは。
「最早この国で御仏の教えは廃れたそうです」
「何と、釈尊の国ではないですか」
「その国で御教えが廃れたのですか」
「そんなことがあるのですか」
「まさか」
「私も信じられません」
玄奘も深刻な顔で従者達に答える。
「このことに。しかし」
「しかし?」
「しかしとは」
「経典は残っているそうです」
釈迦のそれはというのだ。
「それを書き移して持って行きましょう」
「そうされますか」
「何はともあれ」
「はい、釈尊の生まれられた国でその御教えが廃れていることは残念です」
玄奘にとって痛恨のことだった、しかし。
経典が残っていることに希望を見出してそしてだった。
彼は経典を書き写しそのうえで天竺を後にし唐への帰路についた、帰りの道も険しく辛いものだったがもう苦にはならなかった。
そのうえであの泉の近くに来た、するとだった。
またその笛の声が聴こえてこいた、従者の一人が言った。
「師匠、この声は」
「あの笛ですね」
「また聴こえてきました」
「ということは」
「はい、間違いありません」
玄奘も彼等の言葉に頷く。
「あの笛です」
「そうですね、では笛の声についていけば」
「泉に辿り着くことが出来ますね」
「では行きましょう」
「今から」
「そうしましょう」
玄奘も頷いてそうしてだった。
彼等は笛の声に導かれてあの泉にまた来た、するとだった。
泉の中央に、その上に唐より前の古い時代の黄色い服を着た白髪の老人が座していた。その隣には青い牛が寝て控えている。
老人が笛を吹いていた、その老人と牛を見てだった。
玄奘は唸る様にして従者達に言った。
「あの方は老子様です」
「老子様!?道教の」
「あの方がですか」
「はい、あの老人のお姿に青い牛」
玄奘はこの二つのことから見極めていた。
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