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英雄伝説 零の軌跡 壁に挑む者たち

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5話

ティオがレマン自治州にあるエプスタイン財団本部に移ってから三年が過ぎた。

この三年間、ティオの肩書きは大きな意味では財団所属の職員。厳密に言えば開発部魔導杖計画テスト技師である。一応開発部所属なために研究員と呼ばれることもあるがティオの立場は開発部の技術スタッフである。

当初ティオは学生ということで登録されていた。
いくらなんでも導力が見えるというだけでは開発の役には立たなかったからだ。導力がどういうものか基礎から学ばなければならなかったし魔導杖の構造も知らねばならなかった。
そうして入れられた学校での生活はこれまでとさほど変わらず、優秀な人材を集めて英才教育を施してるとはいえ人の感情が読み取れるというのはやはりそれだけで気味悪がられ、興味を持った研究者がどれだけの力があるのか実験したりもして相変わらず孤立していた。
それでも実験と同時に能力限界や見えているものが理論的に解明出来るようになると非常に安心できた。これまでよくわからず感覚的にわかっていたものが理論的にわかるようになると今まで感じていた不安感が引いていったからだ。
この色はこういう属性のものでこういう感じがしてこう作用し影響を与える。
見えていた世界を一つずつ説明されてよくわからないものでなくなる安心感が生まれていた。
そしてこの感応力を利用して、導力波が見えるものを直接干渉出来る現象をシステム化することで画期的な発明が出来るそうで調べた研究者は大喜びし、また事情を知っているからこそこの感応力を抑えるヘアバンドを作ってくれた。
これを装着することで普通の人と同様の感性に調整された。
余計な情報を得ないことでストレスが軽減され普通の生活が送れるようになった。
そうしている内に基礎は終了して開発部のメンバーも試作品を完成させて、本格的にティオの出番となった。

ティオの仕事は魔導杖を上手く使えるようにすること。
というのもこの魔導杖は戦術導力器(オーブメント)の複雑な手順をを介さずに簡単に導力魔法(オーバルアーツ)を使うことを目指していた。
導力魔法は使うにも訓練が必要だが、この魔導杖は簡単に導力魔法を使えて非力な子供や女性でも護身用に使えるうってつけの武器だった。
しかし最初の試作品は散々な出来だった。導力器の出力が安定せず構造的な欠陥も手伝ってまるで使い物にならず、さらにそれをティオが気付くのにも遅れて、後から指摘すれば製作者も最高のモノを作ったという自負から反論してきて、ティオの能力への疑問まで飛び出して散々だった。
だがこのような経験を繰り返すことでティオの性格も次第に技術者のそれに変わって行った。
当初は口下手で上手く意思疎通が出来ずマゴマゴしたところがあったティオだったが、本気で来る技術者の大人に混じって働くことで、この能力を望まれてここに来ている、一人前として扱ってもらっている自負とそれならこちらも本気で対応しなければ失礼だという妥協しない一つのことに打ち込む技術者精神が育まれ、同僚たちも言い争いはしょっちゅうしていたが理論的に説明することが出来るようになっていた。
ここはこういう問題がありこうするべきだと容赦なく伝えるようになり、性格は暗かった影響が出たのかそっけない感じになってしまったが3年もすれば立派に開発部の一員となっていた。

とはいえやはり開発部の中でも距離があるのは変わらなかった。
同僚たちも10も20も年が違う子と仕事の話はともかく飲み会に連れて行くことも出来ずなんだか持て余し気味で非常に気を遣わせてしまっていたからだ。
そんなティオは学校時代に覚えたレマン自治州でも普及し始めたばかりの導力ネットワークで趣味が出来ていた。
そもそもティオは能力と性格から外で活発に遊ぶような子ではなかったので家で本を読んだりするのが好きな屋内(インドア)派だったのだが、この導力ネットワークは非常にティオに合っていた。
高い感受性、感応力を持つティオは調整されて普通の生活が送れるようになったとはいえやはり緊張し疲れてしまう。だが、ネットワークを介するとそういう疲れを感じずに文書のやり取りで意思は伝え合えるし、通信では口下手なところもあり、文通では時間が掛かり過ぎるのでネットにのめりこんで行った。
自然と導力ネットワークに詳しくなり専門的なことを覚え、新型システムを使って演算効率を上げてみたり、またそういう付き合いの知人も増えて行った。

ティオがレマン自治州での開発部の試作品と格闘して魔導杖を作り上げたりネットワークで最先端の文化に嵌ったりと孤立しつつも充実した生活が続いていた、そんな時である。
いつもネットワークでクロスベルを調べていると警察文書に知っている名前が出てきたのだ。
セルゲイ・ロウ。
かつて自分を助けてくれた刑事の上司。3年前にクロスベルに行った時は異動でつかまらなかった人。
なんとか連絡を取って話を聞きたかったが、その文書は新部署立ち上げの計画書だった。その企画者、責任者として名前が記されていた。
ティオはセルゲイに自分のこれまでの状況と現在の立場を記した手紙を送り、どういう部署を立ち上げるのか、内容如何では手伝う用意があることも伝えた。
後日、返事が来て、その部署が元部下が構想したものに沿って作られるものだという事が記されて人材不足で助けが来るなら歓迎という事だった。
これでティオの心は決まった。
ずっとクロスベル警察の情報を調べていたのは迷宮入りした事件が解決するかも知れない、それを知りたいという気持ちがどこかにあったからだ。恩人の仇を取りたいなんてことを言うつもりはないが一区切り付けたかった。
ティオは自分の生きる意味を探していた。技術者として生きるのも否定はしていない。けれど相変わらず孤立した日々を続けるのも違っている気がした。折りしも魔導杖の開発も一区切りして少しは我侭が言える立場になっている。
だからあの自分に希望をくれた人の息吹を、意思を感じさせる部署にいれば何か掴めるかも知れない。財団での三年間で少しは成長出来たはずだ。
そう決心した話を切り出した時、開発部の上司や仲間たちは反対した。

「実戦テストは財団内でも出来ることで総本部のある遊撃士協会からいくらでも人材は借りられるし、危険な大都会の警察に行かなくてもいいじゃないか、ほかにも見て欲しい新型のテストが待っている」

同僚たちの言葉は正論だった。ただの技術者の子供が一人で行っても辛いだけじゃないか、何が出来るのか、ここに居たほうがもっといろいろなことが出来ると。

「我侭なのはわかってます。でもどうしても行きたいんです」

そうやってティオが頭を下げて頼み込むと開発部のみんなは結局ティオの意思を尊重することにした。
同僚として一人前として扱ってきたしこれからもそうする。だからティオがそこまで言うのならば応援することに決めたのだ。
開発部のみんなはクロスベル警察に話を持ち込んで出向する名目を考えることになった。
財団からの出向なのでその新部署を支える技術者か通信士かと協議したのだが、やはりティオが出向する理由は開発に関わった魔導杖(これ)しかないとみんなで頭を捻った結果は、“ティオのような子供でも使える装備の運用実績を作るためにあまり危険ではない警察で実戦運用を行いたい”であった。
少々無理のある理由であったがティオが14歳の子供であり魔導杖の説明にも説得力があったためエプスタイン財団の要請をクロスベル警察は受け入れることになった。
開発部はティオがクロスベルで生活するために現地の支部長やらに才能と性格から気を使って欲しいと頼み、さらにレマンを出る前に本当に子供用に魔導杖を作ってしまっていた。
本来は大人用に作られた機構の簡略化と汎用性を高めた導力杖がすでにテストを待っている状態だったのだが、開発部の同僚たちは滅多に我侭言わないティオの門出にどうせ使いこなせるのだからと頑張ってしまいテストしていた導力制御と感応力制御が出来るエイオンシステム内蔵のヘアバンド型受信機を用意して感応力増幅機能を内蔵、ほかにも小型導力砲への変形などなど限界まで小型化しいろんな機能を性能限界まで詰め込んだ逸品が出来上がっていた。
本当に実戦運用テストをさせるつもりだと本気で心配ないように持たせてくれた反面、本気でデータが欲しいのだと思って、ティオはこの人たちは相変わらずだなと笑った。
そうしてレマン自治州に別れを告げてクロスベル自治州に辿り着いたティオはまず現地の財団支部に顔を出して、クロスベル内での財団の所属として着任を挨拶をした。
何度かレマン自治州でも世話になったことがある支部長のロバーツ主任が上司ということになって身元を保証してくれることになったのだが、悪意は感じないが何を思ったのか物凄い気の使いようで焦り狂って心配してくれ下手に出ていた。
そうした挨拶も済みクロスベル警察本部でセルゲイに会うことになっていた。

「おう、お前さんだな、財団からの出向してきたのは」

受付で待っていたセルゲイとは5年ぶりの再会だったが、一目見て前と変わらないちょっと胡散臭い風貌のおじさんだったことには安心した。助けられた時の一回しか会っていないので記憶が曖昧だったのだがやはりあの事件はそれだけ強烈だったのだ。

「お久しぶりです」

「挨拶は後に取っておいてくれ。お前さんが来てくれて課の設立は助かったがこれからどうなるかわからんからな」

「はあ、あの、課の名前、決まったんですか?」

「特務支援課だ。名前だけは如何にもやれそうだろう、クク」

そう言って笑うと残りのメンバーが来るのを待てと会議室に通された。 
 

 
後書き
魔導杖って詠唱なしで魔法が使える超良質な装備だけど、あんまり説明がないよね。あったかも知れないが記憶にない。
新型導力兵器なだけでなく非力な人物でも使える護身用武器ということにしたけど、じゃなきゃティオが使えないし。
閃の軌跡の時代がわからないので魔導杖は1204年の段階で量産に至ってないが設計図が完成しているという風にしました。計画だけはあったという設定にしたのもティオが3年の間で完成させたのでいつにしてもラインフォルト社が作れる理由の範囲に収められるようにぼかしてます。
ティオの魔導杖も実は完成品を改造した特注品ということで。探査から動物との会話にパソコンの演算まで何でもござれのエイオンシステムのヘアバンドはこれで制御して一般生活を送れるでも良かったけど、孤立する理由がなくなっちゃうから実験して使っていた程度にしました。詠唱短縮はこれのおかげなんだし機械と動物に人の意志を伝えるインターフェイスで恐らくレンがやった接合実験はこれをやったと思われるのだが、クローゼやレクターはこれと同じ能力があるから動物と話せるのだろうし、もうこれ一個取っても滅茶苦茶複雑でさ。理解できてるとも思えないから難しい。

しかしティオ、エリィみたいに迷う描写がないから動機もあるのでストレートに自分の意志で支援課来てることに出来たけど、精神的には壁を乗り越えまくってるよな。
設定だけ見ればレンやキーアに負けず劣らずシリーズキーキャラです。
意思の物語なので自分で決断した強い意志は尊重されます。意思には誇りと矜持がありますから。 
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