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アラベラ

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第三幕その四


第三幕その四

「旦那様、拳銃をお持ちしました」
「そうか」
 彼はそれを受けて応えた。
「だがそれは私の為だけに必要となってしまったな。お医者様よりも神父様の方が必要なようだな」
「といいますと」
「すぐにわかる」
 彼は溜息混じりにそう答えた。
「すぐにな」
「はあ」
 そして彼はアラベラに顔を向けようとする。だがとても顔を向けられない。
「どうしたらいいのだ。彼女は私を許してはくれまい」
 彼は今責任の取り方について考えていた。
「彼女の恥を注ぐには私が自らを処断するしかない」
 そしてそう結論付けていた。
「それは・・・・・・拳銃しかないだろう」
 心の中でそう考えていた。そこでアラベラがやって来た。
「フロイライン」
 アラベラはにこりと微笑んだ。優雅で気品のある笑みであった。
「いや、私はその笑みを向けられるに値しない者です」
 彼はそれを振り払おうとした。
「それはこの騒動でよくおわかりの筈です」
「いえ」
 だがアラベラはそれを否定した。そして彼の手をとった。
「勿体ない」
 だがその手を振り払うことは許されてはいない。
「その様な」
「マンドリーカ伯爵」
 彼女はここで彼の名を呼んだ。
「私はこう考えています。永遠の絆はどの様な困難にも壊れはしないのだと。私達は永遠の絆を誓いましたね」
「それを壊したのは私です」
「壊れはしませんわ。そしてそうした困難を乗り越えなくて何が絆でしょう。今夜の出来事はそうした困難の一つに過ぎないのです」
「困難の一つに過ぎないのですか」
「はい。ですから私はあえて申し上げます。その絆を結びつけるものは愛と」
 言葉を続けた。
「信頼であると」
「信頼」
「はい」
 彼女はここでまたにこりと微笑んだ。
「そうです。信頼があれば絆は決して壊れはしません」
「しかし私は貴女の信頼を裏切りました。こともあろうに貴女を疑い侮辱してしまった」
「いえ」
 だがアラベラはその言葉に対して首を横に振った。
「私はそうは思っておりませんわ。それよりも」
 彼女はここで妹達に顔を向けた。
「あの二人を御覧下さい」
 そこには固く抱き合い仲睦まじいマッテオとズデンカがいた。
「今はあの二人も祝って欲しいのですが」
「彼等を」
「はい。私の可愛い妹の幸福を」
 その目は温かいものであった。妹を見守る姉の目であった。
 ズデンカはこの時両親にも囲まれていた。
「お父さん、お母さん」
「ズデンカ、今まですまなかったな」
 彼等は娘とその恋人を囲んでいた。そしてそれまでのことを謝罪していた。
「いいんです。仕方ないことだったから」
「そう言ってくれるか。優しい娘よ」
「優しいだなんて。お父さんとお母さんは私にいつも優しくしてくれたし」
「恨んではいないのね」
「どうして恨むの。お母さんを。私を育ててくれたのに」
「そう、そう言ってくれるの」
 アデライーデはその言葉を聞いて涙を一粒落とした。それは床に落ちてはじけた。
「嬉しいわ。そして神に感謝します」
 そしてズデンカを抱き締めた。
「この様な心優しい娘を私の様な愚かな母に授けて下さったことを」
「お母さん・・・・・・」
 ヴェルトナーはマッテオの方に歩み寄った。そして彼に対して言った。
「娘を頼む」
「はい」
 マッテオは頷いた。
「私の様な者でよければ。彼女を生涯かけて愛することを誓います」
「頼むぞ。私は幸せ者だ」
 ヴェルトナーもそこで涙を落とした。
「二人の素晴らしい娘を持つことができたのだからな。これは自慢になってしまうが」
「いえ」
 マッテオはそこで首を横に振った。
「それは私の言葉です。ズデンカは私にとっては過ぎた人です」
「過ぎた人」
「はい。今までずっと私のことを案じ、愛してくれたのですから」
 そう言いながらズデンカに顔を向けた。ズデンカも彼を見ていた。
「永遠に二人でいよう」
「はい・・・・・・」
 そして二人は再び抱き合った。そして絆が結ばれたのであった。
「これで終わった」
 ホテルの客達はそれを見て安心したように微笑んだ。
「では眠ろう。輝かしい明日の為に」
「ああ」
 彼等はそれぞれの部屋に帰っていく。ヴェルトナーは友人達に対して言った。
「どうやら全てが終わったようです。これからどう致しますか」
「それは決まっております」
 彼等の中の一人がそう言った。
「幸福は祝福される為のもの。違いますかな」
「確かに」
 彼はそれを受けて微笑んだ。
「では行きますか」
「はい。貴方達の娘さん達の祝福を乾杯する為に。朝まで付き合いますぞ」
「それは有り難い」
 彼はそれを受けて喜びの声をあげた。そして妻に顔を向けた。
「では行って来るよ」
「はい」
 彼女はそれを笑顔で送った。
「私は部屋に戻りましょう。そしてズデンカを祝福してあげましょう」
「そうしてくれるか。では私はマッテオ君を誘おう」
「私をですか」
「そうだ。婿を祝うのは舅の務めだからな」
 彼はそう言って微笑んだ。
「有り難うございます」
「では来た前。そして今宵は飲み明かそうぞ」
「はい」
 マッテオはそれに従いヴェルトナーの後に従った。そしてそのままホテルを後にした。
「では明日からはじまる幸福の為に」
 アデライーデはズデンカの手を取った。
「私達は帰りましょう。そして二人でささやかな祝福を」
「お母さん」
 ズデンカは母に従った。そして二人は自分達の部屋に帰って行った。
 残ったのはアラベラとマンドリーカだけになった。二人は一言も発さず向かい合っていた。そこにあの従者が戻って来た。
「旦那様」
 彼はマンドリーカに声をかけた。
「拳銃の用意ができましたが。あとお医者様も」
「そうか」
 マンドリーカはそれを聞いて頷いた。
「では行くか」
「はい」
 彼はホテルを出ようとする。アラベラはそれを呼び止めた。
「待って下さい」
「いえ」
 彼はそれに対して首を横に振った。
「私なぞは貴女には」
「私のお願いでも聞いて頂けませんか?」
 アラベラはそこでこう言った。
 
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