アラベラ
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第三幕その二
第三幕その二
「神に誓って言いましょう、娘は嘘は言わない、そして会場には間違いなくいた。疑うことはありません」
「信じられるというのですか!?」
「無論」
彼はマンドリーカに対して力強い声を返した。
「アラベラは誇り高い娘です。そして人の道を知っている。決して嘘なぞ言ったりはしません」
「嘘だ」
「嘘ではありません。それは私が保障しましょう。これは単なる空騒ぎ、よくあることです」
そして友人達に振り向いた。
「ではゲームの続きをしましょうか。確か私の一人勝ちの状況でしたな」
「ええ」
友人達はそれに答えた。
「ならばこのまま勝ち続けたいですな」
にこりと笑ってそう言った。
「それはなりませんぞ」
「そうそう、我々にも勝たせてもらわないと」
彼等はそう言葉を返した。そして彼等はヴェルトナーと共に場所を移ろうとする。だがマンドリーカがそれを許さなかった。
「フロイライン」
彼はアラベラを見上げた。そして呼んだ。
「貴女は私に滑稽な道化の役を演じさせようと考えておられる。だが私はそれをお断りさせて頂きます」
「まだその様なことを」
アデライーデはそれを聞いて嘆きの声をあげた。ヴェルトナーも身体を戻した。
「まだ信じようとなされないのか」
「これで信じられると思っているのですか」
マンドリーカは不快感を露わにしてそう言い返した。
「侮辱されて我慢していられる程私は温厚ではありませんぞ」
「侮辱」
ヴェルトナーがその言葉に血相を変えた。
「アラベラが人を侮辱する様な女だと言いたいのか」
「少なくとも私にはそう思えます」
彼はそう返した。
「それ以外にどう考えられるのですか」
「まだ言うか」
ヴェルトナーは次第に怒りを露わにしてきた。
「一体何を仰っているのですか!?」
アラベラは上からマンドリーカに対して声を送った。
「私が人を侮辱するなんて。幾ら何でも」
「ではどう言いましょうか」
彼はもう遠慮しなかった。あからさまに怒りを見せている。
「これ以上はない屈辱を受けているというのに」
「屈辱だなんて」
彼女はそれを聞いて一瞬顔色を失った。
「私が何時貴方に屈辱を与えたというのですか」
「誤魔化すのもいい加減にしてもらいたい、私にだって耳や目はあります」
「それはわかっております」
「そしてそれは決して悪くはありません。だからこそ見えますし聞こえるのです」
「それで娘を侮辱していいというものではないぞ」
ヴェルトナーが入ってきた。
「待って下さい」
ここでマッテオも降りてきた。
「これは私の問題です。私が解決しましょう」
「君が!?馬鹿を言え」
ヴェルトナーはそれに対して軽くあしらうようにして言った。
「君が一体何をするというのだ。何も関係ないというのに」
「関係はあります」
「ではそれは何だね!?」
「それは・・・・・・」
それを言おうとしたところでマンドリーカが言った。
「君が言うのか」
「ええ」
彼はマンドリーカに対して頷いた。
「よし、ならばいい」
マンドリーカは了承したように頷くとアラベラに顔を向けた。
「よろしいですかな」
「何をですか!?」
「彼が何を言うか。それを認めて下さいますね」
「勿論です」
アラベラには隠すことなぞなかった。拒む理由もない。彼女はそれを了承した。
「よろしい」
だがマンドリーカはそれを彼女が観念したと思った。
「これでよし。覚悟されたようですな」
ここでホテルの他の客達が姿を現わした。そしてガヤガヤと騒ぎを取り囲んだ。
「何があったのだ?」
「伯爵の娘さんが何かされたようだが」
そして遠巻きに騒ぎを見だした。ヴェルトナーはそれを見てさらに不快な顔になった。
「マンドリーカ君」
彼はマンドリーカに声をかけた。
「私は確かに破産寸前にまでなった情ない男だ。だが軍人として、そして父親としての誇りは持っているつもりだ」
「はい」
マンドリーカも彼に顔を向けた。
「娘を侮辱されて黙っていられる人間ではない。これだけ言えばわかるだろう」
「勿論です」
「ならば話が早い。では拳銃を用意してくれ。私は既に持っている」
彼もかっては軍人であった。拳銃は持っている。
「表に出たまえ。そして決着をつけよう」
「望むところです。しかし私は」
彼はマッテオに顔を向けた。
「彼ともけじめをつけなければならないようですが」
「喜んで」
マッテオもそれに返した。
「僕・・・・・・いえ私も将校としての誇りがあります。この事態の責任をとらせて頂きます」
「よし」
マンドリーカはそれを聞いて頷いた。
「では行こう。そして全てを終わらせるのだ」
アラベラはそれを黙って見ていた。蒼白となりながらも気丈な顔を崩してはいない。
「私を信じて下さらないのなら」
潔白であることは彼女自身が最もよくわかっている。だからこそ言える言葉であった。
「これからの生活も送ることはできないわ。これで壊れるのなら」
彼女は言葉を続けた。
「それで終わりだわ。所詮それまでだったというだけのこと」
既に修道院に入る覚悟もできていた。娘時代に別れを告げたのは覚悟を決めた背景もあった。
全てを観念しようとしていた。これで壊れるのならそれまでであった。
「私はあの人を最後まで信頼して愛する。そしてあの人は私も口で言うのは本当に簡単だけれど実行するのは難しいのね」
そうであった。彼女はそれはわかっているつもりであったがいざとなるとここまで難しいものだとは思わなかった。
「フロイライン」
マンドリーカはここで振り返ってアラベラに声をかけた。
「これでもまだ嘘をつかれるのですか」
「何度も申し上げた通りです」
アラベラは毅然として言い返した。
「私は嘘は申してはいませんと」
「そうか、ならいい。わかった」
マンドリーカはここで従者に言った。
「お医者さんを呼んでくれ。夜遅くで悪いがな」
「はい」
それが決闘の後の手当ての為であるのは言うまでもない。
「では証人は」
「そうだな」
彼はそこで暫し考えた。
「伯爵、貴方の御友人の方々でよろしいでしょうか」
「ふむ」
ヴェルトナーはここで友人達に顔を向けた。
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