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マノン=レスコー

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第四幕その二


第四幕その二

 そこにデ=グリューが帰って来た。とぼとぼとこちらに歩いて来る。
「駄目だったの?」
「・・・・・・うん」
 デ=グリューは力なくそれに答えた。
「御免、何もなかった」
「そう。けれど」
 マノンはその彼に対して優しい言葉を贈った。それは天使の声のように聞こえた。
「それで充分よ」
「充分ってマノン」
「貴方の最後の贈り物は。これまで私が貰ったどんなものより素晴らしかったから」
 そう述べて力なく微笑む。
「だから私も最後まで貴方を」
「何を馬鹿なことを」
 そう言ってマノンの枕元に跪き頬に触れる。さっきまで熱かった頬はもう冷たくなってきていた。それが何なのか、すぐにわかった。
「マノン、もう君は」
「私は最後まで貴方を見て」
「駄目だ、マノン」
 デ=グリューはマノンに語り掛ける。
「もうすぐ新しい街だ。そこに辿り着いて」
「もう駄目よ。貴方はフランスに帰って」
「フランスに」
「そうよ。お金の稼ぎ方はお兄様が教えてくれたわよね」
「そうだけれど」
 しかしそれを出す気にはなれなかった。全てはマノンの為だったからだ。その彼女がいなくなれば。彼にとっては何の意味もないものだからだ。
「それを手にして」
「君はまさか」
「もう何も見えないけれど」
 闇が覆っていた。だがそれだけが見えない理由ではなかった。
「それでも私には貴方がいるわ。心で貴方が見えているから」
「君はこのまま」
「ええ。このまま」
 デ=グリューはマノンの手を握る。あの柔らかく温かかった手は木の枝のようになっていて冷たくなっていた。そして。
「さようなら」
 その手が彼の手から滑り落ちた。マノンはゆっくりと目を閉じる。こうして彼女は最後までデ=グリューを見て死んだのであった。
 デ=グリューはその場に崩れ落ちたがそこを通り掛かった商人達に救われた。彼等に新しい街に運ばれそこでマノンを葬った。その時彼女の白い髪だけを貰った。それを手にして一人フランスへ帰った。
 あのルアーブルの港に着くとそこにはレスコーが待っていた。彼は友人として迎えに来たのである。
「お帰り」
「来てくれたのか」
「友達じゃないか」
 それが彼の返事であった。そして見る影もなく痩せこけてしまった友を見て述べる。
「だからさ」
「有り難う」
 彼等は港で向かい合っていた。悲しい顔で。
「マノンは」
「ああ」
 レスコーはその言葉に頷く。
「最後はどんな顔だった?」
「安らかだったよ」
 デ=グリューは答える。
「とても綺麗な顔だった」
「そう。だったらいいよ」
 レスコーはそれを聞いてまた頷いた。
「それだったら」
「そしてこれを」
 彼にペンダントを一つ差し出した。
「ここにマノンがいるから」
「済まない」
「僕も持っているからね」
 レスコーに自分のペンダントを見せる。それは彼に今渡したものと全く同じものであった。
 
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