銀河英雄伝説〜ラインハルトに負けません
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第百四十八話 こけら落としの日
前書き
お待たせしました。
書けたので投稿します。
歌劇団のお披露目は次回になります。
帝国暦485年1月10日
■銀河帝国 オーディン ローエングラム大公記念劇場
銀河帝国第三十六代皇帝フリードリヒ四世第三皇女テレーゼ・フォン・ゴールデンバウムのローエングラム大公領相続を記念して建設が続けられていたローエングラム大公記念劇場のこけら落としがこの日執り行われようとしていた。
劇場に帝国各地から貴族が招待され次々に集まってきていた。
普段であれば、病気などを理由として同じ式典に参加しないような、普段反目しあっている貴族でさえ同席している。
これ自体が、フリードリヒ四世やテレーゼ・フォン・ゴールデンバウムの人徳とか言う訳ではなく、単にテレーゼ皇女に婚約者が居ない事が最大の要因であった。以前であれば、帝国の二大門閥貴族である、ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯の一族へ降嫁する可能性が多かった。
しかし、この数年来の事件で、ルードヴィヒ皇太子の死去、士官学校事件に依るブランシュバイク公の一時的な権威失墜と甥達の失墜、テレーゼ皇女暗殺未遂事件でもリッテンハイム侯の長期謹慎に依る権威失墜などで、テレーゼ皇女の価値の上昇が起こったのである。
本来であれば、次期皇帝はルードヴィヒ皇太子のはずであったが死去の為、次期皇帝の有力候補が消滅したのである。今までであれば、ブランシュバイク公息女エリザベート、リッテンハイム侯息女サビーネが有力候補となるはずであったが、両家とも権威の失墜で後継者争いの後塵を被ることになり、残りの候補者として、ルードヴィヒ皇太子嫡男エルウィン・ヨーゼフかテレーゼ皇女の二者に絞られてきたのである。
エルウィン・ヨーゼフは未だ幼く、能力も未知数であるが男児で有る。テレーゼ皇女は女児であるが、
聡明で、カリスマ性が有り、クロプシュトック事件でも果敢な指揮を発揮した事が、軍部の後押しを受けやすく。又国務尚書リヒテンラーデ侯もテレーゼ皇女を押していた。
その為に、次期皇帝はテレーゼ皇女になるのではと言う下馬評が貴族の間でまことしやかに囁かれ、ブランシュバイク公、リッテンハイム侯が身動き出来ないのであれば、我等の一族から女帝夫君を出そうと各貴族が躍起になった事が、今回の参加者増加の原因であった。
その他には、クラインゲルト子爵・バルトバッフェル男爵・リューディッツ伯爵達の様な辺境貴族も珍しく参加してきていた。これはこの式典後にフリードリヒ四世より領地の開発についての質問を受ける事になっていた。尤も今までであれば、仮病などを使い参加しなかったが、ここ数年の皇帝の精力的な国家運営や惑星開発等に彼等も期待を持た為に、此処で皇帝との話は願ってもない状態と考えた事が、参加の理由であった。
屋根裏部屋から貴族達を密かに見下ろす姿があった。
「ケスラー、見事なものね。あの人数じゃ帝国中の貴族が集まったのじゃなくて?」
「はい、今回の参加者は4387家、各家とも当主を含めて3名参加となっておりますのが、伴侶が参加出来ない者、伴侶がいない者、子弟がいない者などがおりますので、総計12413名となっております」
「ふーん、帝国貴族の総数が4425家だから、不参加は38家だけなのね」
「はい、不参加者も病気などで参加したくても参加出来ない方々ばかりです」
「キュンメル男爵とかよね」
「よくご存じで」
テレーゼの指摘にケスラーは驚く。
「まあね。ケスラー、ここから見ると壮観よね。大貴族達を足下に見るなんて中々出来ない事よ」
テレーゼは、下に集まっている貴族達を見てニヤリとした笑う。
「感無量というわけですか?」
「違うわよ。この劇場にいるのは殆どの帝国貴族、しかも父上と私の臨御で武装は全くしていない。そして劇場の出口は1万5千名観覧可能にしては僅かに60箇所、其処を塞げられると脱出は不可能」
テレーゼの話を聞くケスラーが驚愕の表情をし始める。
「殿下」
ケスラーの顔を見ながら、テレーゼはニヤリとしながら坦々と話を続ける。
「60箇所の入り口から、装甲擲弾兵3万人が雪崩れ込んで来れば、殆どの帝国貴族は一網打尽よね。しかも式典を彩るべくオーディン上空にはメルカッツ提督率いるローエングラム大公領警備艦隊1万隻が、各貴族屋敷にレールガンの照準を付けて待機と」
「殿下お戯れが過ぎます」
「そうね。戯れと言えば戯れだけど、為政者は古来より邪魔な存在をおびき出して一網打尽にすることもよくしたことだし、それに何れ、後継者争いが起こるなら、誘き寄せての撲滅は有効よ。それによって無血とまで行かなくても流す血の量が桁外れに減少するなら。私は敢えて汚名を着る気は有るわよ」
テレーゼが真面目な顔で話し始めるので、ケスラーも固唾を呑んで聞くしかない。
「後世の歴史家はどう言うかしらね。『虐殺者テレーゼ』か『アウグスト二世の再来』かかしらね」
笑いはじめるテレーゼにケスラーは驚愕する。この方は全て判っていて自分に覚悟を決めさせているのだと。
「殿下、殿下ご自身がその様な事をせずとも、我等臣が行いましょう」
ケスラーの言葉を聞きながら、敢えてテレーゼは意見を言わずに別の話をし始める。
「ケスラー、ゴールデンバウム王朝は僅か500年足らず前に発足したわ。無銘の一市民であったルドルフ・フォン・ゴールデンバウムによってね。人類発祥以来ゴールデンバウム王朝が有ったわけではなく、単なる新興王朝にすぎない。ローマ帝国、チャイナの各帝国、地球統一政府、銀河連邦全て滅んだわ。
そして今現在ゴールデンバウム王朝は衰退してきている。自由惑星同盟との150年に渡る戦争によりその衰退具合は益々加速しているわ。それに地球の陰謀により、国内もみだれているのだから尚更よ」
叛徒を自由惑星同盟と呼ぶテレーゼに驚くケスラー。
「殿下、非公式でもそれは……」
「ケスラー、真実に目を背けるのは判るけど、あれは帝国の辺境部の叛乱などでは無いわよ。国と国との生存を懸けた殺し合いなのよ。尤も帝国も同盟も建国の理念が既に忘れ去られている状態のようだけどね。帝国ではルドルフ大帝が期待を込め作った貴族が、すっかり理念を忘れて好き勝手に政治を壟断し、国を富ますことも、護る事もせずに遊びほうけている。
同盟は、アーレ・ハイネセンの理想を忘れ、政治屋共と軍需産業の癒着により、票の欲しい政治屋が選挙の度に無謀なイゼルローン要塞攻撃を行い30万以上の人命を損ねている。そして国民の義務だと言いながら市民を徴兵し死地に送り込むが、為政者やその家族は遠い首都星に隠れて叱咤激励するだけ」
「殿下それは」
「つまりは、帝国同盟ともにドラステックな体制の一新時期に来ている訳よ。まあ、民主共和制を標榜する同盟ではまず無理だろうけどね。帝国であれば、幾らでも行う可能性が出てくる訳なのよ」
そう言いながら、テレーゼが悪戯小僧な様な顔をしはじめる。
「ケスラー、お父様が、何故あの男を優遇したか判るでしょ」
ケスラーもフリードリヒ四世とグリンメルスハウゼンから聞き及んでいたためテレーゼに言葉に是と答える。
「はい、陛下より聞き及んでおります」
「衰退し、崩れ落ちる帝国をお父様ご自身では救えないならば、ゴールデンバウム王朝は華麗に滅び、新たな帝国をあの男に作らせる事がお父様の生き甲斐になっていた」
「しかし殿下の御才覚をお知りになった陛下は、その事をお止めに成りました」
「そうね、その結果、あの男は道化になった。お父様と私の掌で踊り続ける黄金のお人形。彼自身は戦争に強ければ皇帝になれると思っているのだろうけど、経済や他人を思いやる気持ちが無ければ、真の皇帝には即位できないわよ。武力による軍事皇帝は一刻は帝位についても、ローマ帝国の例ではないけど、部下の叛乱で潰えている者の多いこと。
それを防ぐには、帝位を簒奪後に功臣を粛正しまくる事とルドルフ大帝や後継者のように反対勢力を大量虐殺するしか無いのよね。けど彼の性格からしてそれは出来ない、従って内憂で新帝国は嘗ての秦王朝の様にズタボロになり、何れは内乱か外憂で滅びるわね」
ケスラーが驚くの顔をしながらテレーゼを見ている。
尤もテレーゼは原作知識というチートがあるから言えるだけなのだが、そんな事を知らないケスラーは唯々、驚くしかなかった。
「殿下、其処まで御洞察なさっているのにも係わらず、何故シェーンバルト男爵を野放しにしておいでなのですか?確かに利用価値があるからと言う理由はお判りしますが、あまりに危険すぎるのでは?」
「ケスラーの疑念も尤もね。第一に、グリューネワルト伯爵夫人へ注目を集めることで、お父様の改革が伯爵夫人との間に生まれるかも知れない新王子に帝国を継がせる為に改革を行っていると思わせる為。
第二に、新王子の後見には軍部で力を付けたシェーンバルト男爵を持って当てると思わせる為。
第三に、それにより、貴族の憎悪と感心をあの二人に向けさせ、私が動きやすくする為。
第四に、番犬は強い方が良いでしょう。
尤も飼い主に牙を向け頸を噛もうとしてるとしても、使える者は使わないと損じゃない」
テレーゼがウインクしながら話した事に、ケスラーは益々驚愕した。
「殿下、あまりに……」
あまりには壮大なのか、あまりに酷いのか、ケスラーの口からこの時は述べられる事は無かった。
「ケスラー、私は、部下や臣民を使い捨てになどしたくはありません。嘗て東漢(後漢)の光武帝は偉ぶらず、民を慈しみ家臣と苦楽を共にし、大らかで庶民的な皇帝でした。彼の元には雲台二十八将と言う、『みな風雲に乗じて智勇を奮い、佐命の臣と称され、志操と才能とを兼ね備えた者たちである』と称される天運に導かれた将帥達が集まり、しかも粛正された者は絶無と言う素晴らしい君臣の結びつきと言えましょう。光武帝こそ私の理想の君主と言えましょう」
普段から、臣民や部下を大事にするテレーゼの姿を知らない他の将帥が今の言葉を聞いたら、取り繕う為の言葉だと誤解するであろうと、ケスラーは思った。
「殿下、小官の様に殿下との長きにわたる繋がりがなければ、誤解させる可能性がございます」
ケスラーの忠告にテレーゼは答える。
「ええ、判っているわ。こんな事、ケスラーかグリンメルスハウゼンぐらいにしか言わないわよ」
「それならば宜しいのですが」
安堵した表情のケスラーを横目に冷静なテレーゼであった。
外からベルが鳴り、ケスラーが応対する。
「殿下、そろそろ、こけら落としのお時間でございます」
「そうね、行きましょうか」
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