儚き運命の罪と罰
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第二章「クルセイド編」
第二十六話「百万年に一人の可能性」
前書き
5/20 訂正を加えました。
リオンが輸送船『オリアナ』に潜伏していた頃。
エレギオはジャックと共に天上眼と次元跳躍弾を用いて支援を行なっていた。元々こういった潜入作戦の時にはエレギオが単身で乗り込んで制圧、万が一の時にはドラギオンの直接火力で……と言う方法を取っていた。エレギオはエース級魔道士で具体的な魔道士ランクは管理局員でも反管理局連合の構成員でもないため測れてはいないがSランク以上にはなると自負している。そんな高い実力もあってこの方法で失敗した事は今の所無い。
だがこの方法はじつは非常に効率が悪い。と言うのもエレギオの魔道士としての戦い方に合っていないのである。エレギオは天上眼と言う強力な希少技能に加え戦いのセンスと細かい技巧、心理的な駆け引きに凄まじい数の並列思考などと言ったよく言えば技巧的、悪く言えば厭らしい武器を持っている。デバイスのドラゴンソウルが取っている姿の銃剣も巧みに使いこなし近距離、中距離、長距離に加えさらには50km以上の超長距離の狙撃までこなせる男だ。だがそんな彼には決定的に欠けている物がある。直接的な火力と殲滅力だ。
これはエレギオの努力云々ではなくもって生まれた才能……と言うよりもリンカーコアに起因しているのだ。エレギオは他のエース級魔道士と呼ばれる者達に比べて魔力の出量が極めて低いのである。どういうことなのか水で例えると他のエース級魔道士……例えばフェイトはホースで水が放出できるのに対してエレギオは精々我々が日常で浴びるシャワー程度しか放出できないのだ。よってエレギオは広域殲滅魔法や大火力の砲撃魔法は使用できない。制圧や殲滅を目的とする戦いにおいてこれは致命的とさえいえる欠点である。
だがそんなエレギオに対してツァーライト一味の前にある日突然現れたリオンは凄まじい火力の持ち主だった。更にいえば近距離と中距離においてなら確実にエレギオを凌ぐ技量をも持っていてオマケに回復まで使える。総合すればエレギオの強さをも上回るかも知れない。そんな彼が潜入作戦の中心に抜擢されたのも自然な流れと言えた。
実際作戦は順調に進んで(途中エレギオがドスの聞いた声を発する場面があったが)ほぼ全ての貨物を『オリアナ』から奪う事に成功していた。
だが物事上手い事ばかりには行かないものである。
天上眼を用いて戦況を把握し続けリオンに正確な指示と援護を送っていたエレギオは突然血相を変えて立ち上がった。
「エレギオ……?」
そのただ事ならぬ友の様子を見てドラギオンの操縦席に座るジャックは振り向いた。
だがそんなジャックの声も耳に届いていない様子でエレギオは今まで支援に使っていたライフル『ドラゴンソウル』を担いだ。バリアジャケットも支援用の物から一瞬で戦闘用の物に切り替わる。
「ちょっと乗り込んでくる」
「オイ何があったんだよ? お前がここに居なきゃ後方支援が成立しねえだろうが」
「んな事言ってる場合じゃな無くなっちまったんだよ」
「だから何があったんだよ?」
「悪いが時間がねえ。後でキチンと教えてやる」
「あ、オイ! ちょっと待てって!」
そうこうしている間に転移魔法を組み上げていたらしい。エレギオを尚も問い詰めようとしていたジャックを残してエレギオは忽然とドラギオン船内から姿を消した。
--------
ガキィイッ!! とそんな音を響かせながらリオンは背後からの攻撃をシャルティエで受け止めた。
異界の最高峰の技術で作られた剣、ソーディアン。ダイヤモンド並みの硬度を誇るその刀身とリオンの技量をもってしてもその一撃の勢いを完全に殺す事はできず大きく後ろに跳んだ。それほどに凄まじい一撃だったのである。
「おっとぉ。今のを受け止めるかぁー。お宅結構やるねぇー」
底なし沼の様な声だった。底知れない狂気と殺意を滲ませながら、それでいて覗き込んでも形すら見ない。そんな声。
背の高い男だった。それでいて恐ろしく痩せている。後ろで束ねた真っ白くて長い髪にルビーの様な紅い眼。いっそ女性的とさえ言える容貌をしていた。だがその姿に弱々しさと言う言葉は無縁である。寧ろ滲み溢れる狂気も合わさって不気味さを増している。ハッキリ言ってこの男から流れる気配が既に血に塗れていた。
「貴様、何者だ」
「んー? 人に名前を聞く時は先に自分から名乗るって学校で先生に教わらなかったかね?
ま、オジサンは優しいから特別に名乗ってあげよう」
男の右手に握るロッドが水車のように一回転。先の一撃はアレによるものだろう。
「レン=トータス……この船襲撃の『先客』って言った方がわかりやすいかねぇ」
ガタン! とその音がリオンの耳に届くのとほぼ同時。流星の様な勢いでレン=トータスと名乗った男のロッドが一閃した。ビュオン!! と言う空気の悲鳴が木霊する。あのロッドの一撃にどれ程の暴力性が秘められているかなど想像したくもない。勿論男の武器はロッドで剣ではない。そしてロッドを含めた打撃による攻撃を行なう武器は剣よりは殺傷能力が低いように一見思える。と言うのも日常生活においては包丁の様な刃物で怪我をする事はあっても物干し竿の様な長い棒で怪我をする事など殆ど無いからだ。だがそれは日常生活においての話。非日常を歩んで来たリオンにはわかる。あれほどの勢いと重さが加わればただの棒も立派な兵器だ。あの男が振るうロッドは、おそらくたった一撃でレンガの家を無慈悲にスクラップに変えてしまえるほどの威力を秘めている。実際、リオンは何とかその一撃を回避したがリオンの丁度後ろの壁は轟音を轟かせ滅茶苦茶に破壊されていた。
「馬鹿力め。だが当たらなければどうと言うことはない!」
口ではそう言いながらもリオンは内心冷や汗をかいていた。家を一瞬で木っ端微塵にしてしまう様な一撃。人がマトモに受ければそれはそれはグロテスクな肉塊になってしまうだろう。しかしその一方で内心リオンは首を傾げた。
一体どう言うカラクリであんな有りえないパワーを発揮している?
なにせ男の痩せた体にはあれ程の破壊力を実現できるような筋肉は何処にも見当たらない。勿論魔法である程度は強化できるだろうが人体強化魔法と言うのはかなりシビアな限度が存在するとエレギオから教わっていたがもしかすると例外でもあるのだろうか。
とは言えそんなことを長々と考える余裕など到底無い相手だと言うのもリオンは感じていた。間違いなくこのレン=トータスと言う男はリオンがこの世界に来て以来最強の敵である。シャルティエの口数も何時に無く少ないのは彼も緊張しているからだろうか。
(この男相手に……手加減はしない!)
ポタリと汗が落ちる音が響いた。それはリオンの物か、それともリオンが薙ぎ倒した管理局員のだれかの物だろうか。
だがいずれにせよ。
その音と共に死闘は開幕した。
「ッッツァアア!!」
管理局員達を倒した時のとは違う、リオン・マグナスの本物の闘気。地面を蹴って、紛い物ではない本物の音速を叩き出す。圧倒的なスピードに空気も攪拌され、衝撃波が粉塵を巻き起こす。男のロッドも尚早く、風力発電所のプロペラのように唸りを上げて回転した。リオンの体を文字通り粉砕するべく薙ぎ払われる。あたる直前で見切りをつけたリオンは速度そのままに空中へ飛び上がった。ロケット砲の様な勢いで飛び上がったリオンはあわや天上に衝突と言ったところで急激に体を反転させ天上を蹴って風の唸りと共に男に襲いかかった。狙うは男の首筋。非殺傷設定と言えど、強い衝撃で期間を圧迫し窒息させて人を殺せる一撃。男はロッドを振り抜いた直後。避ける事はできない。リオンの勝ちは確定し――
(マズイ!)
咄嗟にリオンの本能が防御しろと叫びを上げた。あれほどの一撃を前に、されど男は笑っていた。ロッドは降りぬいて先程の大車輪の様な一撃をもう一度繰り出すのはどう考えても不可能だと言うのに。だがリオンの本能がそれでも防御しろと叫んだ。何かとてつもなく嫌な予感がする。だが
(どうやって防御しろと言うんだ!?)
男の武器であるロッドは振りぬかれている。かと言って魔力が見えるわけでもない。魔力弾発射のためのスフィアは尚の事。本当に男には攻撃する手段が無いはずなのだ。手段が無い、と言うことは見当たらないと言う事でつまりリオンには男が行なおうとしている攻撃の形も見えないと言うことだ。形も見えずただ本能だけが叫んでいる物を一体どうやって理解しろと言うのか。
そしてリオンの悪い予感だけが的中した。
「ぐっはぁ……ッ!?」
突如として何か重い物がリオンの背中に襲い掛かる。空中を飛んでいたリオンは殆ど無抵抗にその体勢のまま地面に叩きつけられた。余りにも予想外な攻撃に防御する事もできず骨が軋む。そして男のロッドはその隙を見逃さなかった。ニタニタといやな笑いを浮かべながらロッドが迫る。
「柔招来!」
半ば咄嗟の判断でリオンが扱える気孔術である『柔招来』を発動させた。水の晶力を使って体を癒すのと同時に障壁を張る。かなり有用な技だ。だが柔招来は飽くまでも保険の様な物。たかが保険如きではこの台風のエネルギーを直接叩き込まれるような一撃を防ぐなどできるはずもない。
「グオッ、ガハ……ッ」
まるでサッカーボールのように吹っ飛ばされ二度、三度とバウンドしながら吹き飛ばされたリオン。全身の骨を粉砕されたように錯覚した。それだけの圧倒的な威力。悪夢的なダメージをレン=トータスと言う男はリオンにたたきつけた。ごろごろと転がって壁に当たって漸く止まる。
「坊ちゃん!」
主人のダメージにシャルティエも悲鳴の様な声を上げた。即座に回復の晶術が発動する。何とか立ち上がり追撃から逃れるべく大きく後ろに飛んだ。いつものリオンなら鼻歌を歌いながらできる行動。なのに今は着地の衝撃だけで声にならない悲鳴が漏れる。
「平気だ……シャル」
息も絶え絶えの声で、平気だと伝わる訳もなかった。そんなリオン達を尚レン=トータスは嘲笑う。
「剣を使うのに距離を取るって正気かねお坊ちゃん?
そんなに俺のロッドの一撃が怖いかい。やっぱゆとりだねぇ」
そう、リオンは剣士だ。敵に接近しなくては威力を発揮できない武器の使い手だ。
だがそれでもリオンは距離を取る事を選択した。それはリオンが恐怖している事を何よりも如実に表していた。それ程に恐ろしすぎる破壊力。レン=トータスの強さはかつて戦った高町なのはやプレシア・テスタロッサの比にならない。経験、センス、力、何もかもが彼女たちとは桁違いだ。唯一彼女達が勝るとしたらその心か。
だがリオンの闘志が燃え尽きた訳ではない。
「なめるなよ……!」
回復晶術が行き渡りリオンの傷を癒していく。
内部の回復から外部への放出。
受動から能動へと。
そしてリオンは高らかにシャルティエと声を合わせ晶力を解き放つ。
「「グランド・ダッシャー!!」」
直後、船の床にビキビキビキィッ! と亀裂が走る。地属性の晶力が一気に床へと行き渡り、整頓された船の床を歪な大地へ変貌させていく。質量にして1tにもなろう暴力の嵐が船内を駆け巡り男を呑んだ。さらには石の礫の波をも起こし過剰殺戮どころでは済まない、瞬殺確殺必殺そんな『殺し』を司るありとあらゆる言葉を尽くしてもこの攻撃は表現できそうに無い。端的に言えばこの攻撃だけで常人は百回死ぬ。百回、殺せる。それ程の破壊の権化。
「油断と言うのは危険な感情だ」
破壊の嵐が収まりそのなかでリオンはただ呟く。
男のいた場所は地の槍が、礫が、何層にも何層にも重なって。それは到底人が生きているとは思えない光景。男の体がどうなったのか、確認する気にもならなかったリオンは瓦礫の山に背を向けた。
立ち去ろうとした。
「ああ……同意してやる」
そう、立ち去る事はできなかった。
「なにっ!?」
殺したはずの男はロッドを振り上げ今まさにリオンの頭を粉砕しようとしていた。
それを何とか回避してジャンプ。ロッドは先程の攻撃で変質した床の盛り上がった部分に直撃した。まるで年度に突き刺すようにぐさりとロッドが刺さる。
「油断ってのは危険だ。特に勝ったって思った時が一番あぶねぇ」
「貴様、一体どうやって」
「さあなあ」
レン=トータスは刺さったロッドを力任せに抜き首を数度ゴキュゴキュと鳴らす。その様子にはダメージを負った様子すら見受けられない。若干服が破けたりはしているが……その程度だ。有り得ない、とリオンは思う。今のは殺した攻撃のはずだった。だが男は五体満足で尚も立っている。
「自分の頭で考えて見やがれよ。お坊ちゃん!!」
そしてまた。ロッドがブォン!! と暴力的な唸りを挙げ横薙ぎに一閃される。その威力は見ただけで先程までの破壊力を凌駕していた。とても防げるものではないと判断したリオンは剣に圧倒的な闇の晶力をあつめる。シャルティエが凝縮された晶力に妖しく光り、リオンも裂帛の気合と共に剣を振り抜いた。
「浄波、滅焼闇!!」
爆裂する闇の炎を纏う圧倒的なまでに巨大な斬撃。これがリオンの奥義。
決して、決してフェイト達の前では見せもしなかった正真正銘の本気の一撃。仇なす者に立つ事さえ許さぬ必殺。魔法の技術で強化されたダイヤモンドよりも固い合金で作られた次元船の壁等切るまでも無く纏う闇の炎のオーラが跡形も無く溶かしてしまう。
「闇の炎に抱かれて……消えろ!!」
この世ならぬ力、晶力を限界まで圧縮し篭めたリオンの切り札の一枚。虚無の劫火は全てを滅却し跡形も無く消し去る。
だがそんな一撃をを持ってしても男のロッドの暴力は収まらず、
寧ろ。
リオンの放った黒い斬撃の方が打ち消されてしまう。
「……は?」
流石のリオンも一瞬唖然となった。
(おかしい。どうにも不可解だ。周りに出している被害から見るに今のは此方の方が威力は上だった筈だぞ)
何かある。あの圧倒的なパワーと今の斬撃の拡散。リオンは漸くこのレン=トータスと言う男の謎に一歩近づいた気がした。最初から不自然ではあった。あの痩せた体では魔力の強化をしてもこれほどの破壊力をたたき出すことはできない筈。とすれば
(それを可能にする何かのトリックがある?)
「つーかさ」
そんなリオンの思考をさえぎるようにレン=トータスは口を開いた。
「さっきから思ってんだけど魔法使ってないよな? 魔力を感じねえんだけど。何? どう言う手品?」
「教えてやる義理はない」
「あ、そぉ。まいいや。どうせぶち殺すの確定な相手だし。死人に口はねぇもんな」
「ほざいてろ。死ぬのは貴様だ」
とは言え簡単に勝てる、などとリオンも楽観視はしていない。
自分の放った攻撃の事如くが打ち消され、それでいて相手の放ってくる攻撃は一撃必殺で更に変幻自在。
何か『種』が有る。と言う事がわかっていたとしてもそれが分からないのであれば対抗策がたてようもない。解けない問題に直面して何かトリックが有ると思う事など小学生でもできるのだから。
「あ、でも。コレだけは聞いとかなきゃいけねえんだった。お坊ちゃん、エレギオ・ツァーライトは知ってるよな?」
「……何?」
「そんな身構えなくても良いってことよぉ。
俺はあのクソ野郎を無残に惨たらしくぶち殺してくれって頼まれててなあ」
「成る程、貴様殺し屋か」
一目で分かっていたがこの男はどう考えても堅気の人間ではない。リオンもその雰囲気はよく知っている。エレギオも次元世界最高峰の犯罪者だし、彼を殺してくれと誰かが依頼するのも分かる。リオンは頭を振った。
「頭が足りないと見える。エレギオ・ツァーライトの希少技能は貴様も知っているだろう」
「ん? ああ、『天上眼』だっけ。万物を見通す神の目だっけかぁ。
それがどうしたって言うんでぇ?」
「貴様がどうエレギオ・ツァーライトを追おうとしても貴様は奴の眼に映る。
どう貴様が足掻こうと奴は先手を打って貴様から逃れられるという事だ。
誰から情報を得ようが貴様がそれを有効活用できるとは思えないがな。
まあ僕は戦った事がないから詳しくは知らないが」
「やれやれ、言ってくれたら見逃してやろうって思ったのに。交渉は決裂か」
「誰も貴様と交渉などしていない。勘違いをするなよ。
僕達が行なっているのは単なる殺し合いだ。
それ以上でもそれ以下でもない」
「一々ごもっともだな」
レン=トータスは情報が得られなかったことに落胆したのか肩を竦め溜息をついた。
リオンとしてもあんな男を態々喜ばせてやるつもりもない。剣を構えて再び晶力を捏ね上げる。まだレン=トータスのカラクリも理解できてはいないし、理解できなければ勝ち目もきっと見出せない。そうと分かっていて尚、それでもリオン・マグナスは剣士として『敵』に背中を見せる弱さは持ち合わせていない。
「坊ちゃん……」
「心配するなシャル。あんな下衆に僕の首をくれてやるつもりもない」
そして今度こそ。
リオン・マグナスは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
まるで風のハンマーだった。男がロッドを薙ぎ払う事によって生み出された烈風は形無き打撃となって小柄なリオンの体を難なく吹き飛ばす。まるで神の目によって呼び出されたドラゴンのブレスのような破壊力。その大部分をリオンは卓越した技量で受け流す事に成功したがそれでもそのダメージは軽くない。
「ぐ……はぁ」
「なあ今後悔してるか? 後悔ってのは過ちから生み出される感情でね。
お前の過ちは俺を敵に回しちまった事だ。精々地獄で噛み締めろ」
勝利を確信した男はただただ獰猛に笑う。レン=トータスは確信していた。目の前で倒れる少年は英雄ではない。どちらかと言えば悪党だ。自分のように単純な悪党で無いかも知れないが悪党にてを差し伸べるやつはいない。そんなリオンに慈悲をかけてやる理由も何処にも存在しない。迷わずロッドを振り下ろそうとして――
「ありゃりゃ。どうなってんだぁ? 何で『本命』君がここにいるんだよ」
訂正しよう。悪党に手を差し伸べる者はいる。同じ悪党だ。
悪意に満ちた笑みを浮かべ、ライフルを肩に担いだ少年の姿はまさに悪党。
だが悪党にも仲間はいる。
今この場において。
悪党エレギオ・ツァーライトはリオン・マグナスのこれ以上無い最高の『仲間』だった。
「シケた遊びしやがって。もっと楽しい事考えられねえのかよ?
……あ、悪いお前の頭脳サル並だったな。
サルには人間とおんなじことはできねえか」
「言ってくれちゃってまあ。
今の台詞『お願いします。盛大にブチ殺してください』って翻訳しても良い?」
「誤訳だ誤訳。ま、アレだな。
そいつがどう思ってるかは知らねえが俺にとっては仲間なんだわ。
俺としては時間も無いことだしさっさと連れて帰りてえんだ糞ボケ」
「んー? さっきコイツはテメエの事なんか知らないって言ってたけどな。こりゃイケねえ。
良識溢れる大人として嘘吐きは尚の事ぶっ殺さなくちゃなぁ。どう思うね青年?」
「一つ訂正してやる。ソイツは『戦った事が無い』って言ったんだ。それは事実だぜ?
嘘は吐いちゃいねえんだよウサギちゃん」
「何だよウサギちゃんって」
「鏡見てみろよ。真っ白な肌に髪。ついでに真っ赤っかなおめめ。こりゃ立派なウサギだわ」
「ほざくねえ。まあ良いや。どの道テメェはぶち殺すの確定してたし順番が変わるだけ、か」
レン=トータスはチロリと唇を舐めロッドを振りかぶる。リオンを一方的に打ちのめした烈風の攻撃を放とうとして――
「テメエの顔見て思い出したよ」
エレギオのドラゴンソウルの銃口が火を噴いた。
「ガキの頃ニュースで科学者が『百万年に一人の可能性』だとか言って騒いでたな。
レン=トータス。十年前に次元世界に突如現れたこの世でもっとも不可思議な希少技能の持ち主。
テメエは百万年に一人の逸材『虚数掌握』……虚数空間を作り操る魔道士だ」
虚数空間を操る。
虚数空間は魔力を打ち消し、無限の重力を生み出す空間。それを作り出し自在に操るということはこの世のほぼ全ての魔道士に対し絶大な力を得る事ができると言う事だ。何せ虚数空間を作って盾にしてしまえばどんな魔法をも打ち消してしまえるのだから。
「テメエがそいつに対してやったこともおんなじだ。
虚数空間を操れるって事はその副産物として重力操作も使える筈だからな。
重力を操ってテメエのロッドに重さと速さを加えたんだ。分かればこれ以上サムイ手品もねえ」
烈風の攻撃が吹き飛ばすはずだったエレギオは依然として其処に立っていた。
と言うよりも、放たれたはずの烈風の方こそ打ち消されてしまった。
「そんなサムイ手品が、このエレギオ・ツァーライトに通用すると思ったのかよ」
ドラゴンソウルの銃口が灰色の魔力の火を噴くたびにレン=トータスを追い詰めていく。その正確かつ無慈悲な射撃は虚数空間を操るこの世でもっとも不可思議にな魔道士に反撃の機会さえ渡さない。
「……おいおい、幾らタネが分かっても虚数空間を打ち消せる訳がねえだろ。
虚数空間は全ての魔法を根幹となる魔力ごと打ち消す力。
それは誰にだって変えられない事実のはずだ」
「そうだな。確かに虚数空間は破れねえ、だが」
ドラゴンソウルは一際大きく射撃音を鳴らし、男の肩を打ち抜いた。思わずレン=トータスは顔を歪め二歩、三歩後退する。
「虚数空間になる前の魔力なら話は別だろ?」
自信たっぷりな声でエレギオは告げてやる。
その声には勝利の確信が滲み出ていた。
「テメエの『虚数操作』は確かに不可思議な力だ。
未だ魔法でも説明のできてねえ物質の集合である虚数空間を操り制御する。人の身に余る絶大な力だろうよ。
だがそんなトンデモ能力でも一つ既存の希少技能と共通点がある。
所詮魔力から特定の物質に変換する魔力変換資質とそのプロセスは全く同じって事だ。
そのプロセスに則れなきゃテメエは『魔力を虚数空間に変換する』って言う魔法は使えねえ。
なら後は簡単だ。その虚数空間に変換される前の魔力をおはじきみたいにぶっ飛ばしちまえば良い」
エレギオが今言った技は魔法破壊。彼の言ったとおり魔法は特定の方式に則れなければその力を発揮する事ができない。そこに違う方式の魔力を紛れ込ませる事によって魔法を根幹から破壊してしまう。だがそれは有り得ない。それを行なうためには相手が使おうとしている魔法の公式を一瞬で見抜いてさらに一瞬でそこに逆算した『打ち消す方式』の魔力を紛れ込ませなければならない。それはまさに神業と言っても良い事だ。凄まじい演算能力に大胆な判断力と豊富な経験、更には神速で飛ぶ魔力。そのどれもが欠けていても魔法破壊は決してできない。
「……簡単に言ってくれちゃって。変換する前の魔力なんざ針の穴位の大きさだぜ?
お前の天上眼なら確かにその魔力が虚数空間に変わる瞬間ってのが見えるかもしれねえが、
それを打ち抜くなんざ夢物語も良いとこだ。それこそトンデモ能力じゃねえかよ」
「オイオイ何寝言を言ってるんだ? 針の穴? それだけありゃ十分だろ。
俺は場所さえわかりゃあミジンコの目玉だって打ち抜ける。
確かに虚数空間に変換される前の魔力の場所なんざ人には理解する事なんて不可能だが、覚えとけ。
テメエが魔力を虚数空間に変換するなら、俺の眼は不可能を可能に変換する」
エレギオ・ツァーライトの眼だけでは成し遂げられない業。圧倒的な射撃力と空間把握にスーパーコンピューター並みの演算力。間違いなく次元世界中を探してもエレギオと同じ事ができる魔道士は一人もいないだろう。
「……やれやれ。逃げ回るだけしか脳がねえ乳臭い餓鬼かと思ってたらトンデモねえ。
やっぱ次元世界最高の賞金首ってのは伊達じゃねえって事ですか」
「イカレ方ならテメエの方が上だろ」
エレギオはうんざりした顔で貨物の一つを蹴飛ばした。
「コレしか方法はねえと思っていたが流石に呆れたよ。
幾ら俺の眼を避けるためとは言え、テメエでテメエを冷凍して仮死状態にして俺が襲撃しそうな船を選んで潜り込むとはな。
管理局に見つかったら抵抗できねえだろうに。どうするつもりだったんだか。
時空管理局には長年ストーキングされて来たがここまでイカレたストーカーも見たことねえよ」
「仕事熱心だって褒めて欲しいね。つってもこりゃ参った。
ターゲットの強さを見誤るなんて俺もヤキが回っちまった、ヤレヤレ」
「じゃあおうちに帰ってゆっくりおネンネしてろよ。
ブチ殺してやりたいのも山々だが俺もテメエみたいな糞野郎と長々と遊ぶ暇はねえんだ。
今退くなら見逃してやる」
「ヤダ。そうすると金が貰えない。今日はメルトキオで女でも買って遊ぼうってスケジュール立ててるのに。
俺スケジュール通りにいけないのは嫌なんだよ」
「下品な奴だ。悪党はまだしも下品な奴に生きてる価値はねえ。下品な奴の価値はゴキブリ以下だ」
「言ってろクソ餓鬼」
ニヤニヤと笑いながらレン=トータスは一歩。また一歩歩いてエレギオに近づいていった。勿論そのたびにエレギオのドラゴンソウルが火を噴くが男の歩みは止まらない。
「テメエはどうも火力が低い。魔法破壊には驚いたがそんなしみったれた魔力弾じゃ俺を殺すのに兆回かかるぜ。
その間に俺はテメエをロッドで一万回はぶっ潰せる」
レン=トータスはロッドを振り上げた。この距離ならば一撃必殺。重力操作を使う必要も無い。エレギオに為す術は無い。
「終わりだクソ餓鬼――」
対してエレギオは自分を一瞬でジャンクに変えてしまうだろう鈍器を見てそれでも尚呆れたように肩を竦め。
「なってねえな。糞野郎」
ドン!! と言う音が響いた。
ただしそれはエレギオがロッドに踏み潰された音ではない。
リオンだ。リオンが重力操作によって阻まれるはずの一撃をレン=トータスに叩き込んでいた。
「ぐぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!」
虎の様な咆哮が船内に轟いた。レン=トータスのその脇腹からはかなりの出血がある。そのダメージは軽くない。
「テメエの敗因は二つだ。一つ目は遊びすぎたこと。戦いに遊びは持ち込む物じゃねえ」
リオンは先程までのダメージがまるで無かったのかのように振舞っている。回復晶術だ。時間が有ればそれだけ直せる傷の質も癒せるダメージの量も変わる。
「そしてもう一つはリオンが使えない戦力だって認識しちまった事」
「なに……?」
「今この場には俺とリオンがいる。
リオンはテメエをぶっ潰すのに充分な火力を持ってるがテメエの力のトリックが判別できなかった。
俺はテメエの安い手品を見抜くことはできたがテメエをぶっ潰せるだけの火力が無かった。
だが二人合わさればどうなるか? こんなのは子供でもわかる。コレが仲間だ糞野郎」
「ほざくなエレギオ。僕はお前を仲間だと認めた覚えは無い。
僕はお前のように能天気で図々しくて馴れ馴れしい奴が大嫌いだ」
憎まれ口を叩くリオン。だがその表情は言葉とは打って変わって晴れやかで有った。
後書き
今回はバトル回でした。濃密なバトル。お楽しみいただけたでしょうか?
レン=トータスは根っからの快楽主義者です。『虚数掌握』と言う超チート能力を持っていながらも本当に根っからの悪役です。ダークヒーローですらありません。単なるダークです。それもかなりドロドロした。ていうかリリなの二次で「女でも買って遊ぶ」なんて台詞が飛び出てくるなんて……
さて、今回の後書きで言いたいのは他でもない。今作品についてです。
作者はこの厨二感溢れる作品を完結させます。それは絶対に完結させます。
ですが作者にもリアルの生活と言う物があります。そしてここ最近忙しくなってきてしまっていて……なので諸事情により更新をお休みさせていただきます。勿論完結はさせます。それだけはお約束しますが、次の更新は日が開いてしまうでしょう……この作品のファンがどれくらいいるのかは存じませんがそれでも応援してくれている人。すみません。少しまっていてください。望月は必ずこの暁に戻ってきます。
ページ上へ戻る