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トロヴァトーレ

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第二幕その二


第二幕その二

「あの時はね、地獄だった」
 アズチェーナはまずこう前置きをした。
「あの伯爵がね、悪い伯爵がいた」
「伯爵が」
「そうさ。自分の子供の病気を御前のお婆さんのせいにしたんだよ」
「何という奴だ」
「妖術をかけたと言い掛かりをつけてね。そしてお婆さんを捕まえた」
「そしてどうなったんだい!?」
「火炙りさ。魔女がいつもそうされるようにね」
「恐ろしい。無残な話だ」
「そうだろうよ。お婆さんは足枷をかけられて引かれて行った。処刑場に」
 そう語る彼女の目に炎が宿っていた。
「あたしはお母さんを追いかけたよ。幼い子供を抱いて」
「助けに行ったんだね」
「そうさ。けれどね、どうしようもなかった」
「そうなのか」
 マンリーコはそれを聞いて沈み込んだ。
「お母さんは罵られ、嘲笑われながら処刑台に連れて行かれた。そしてそこにくくりつけられた」
「火炙りにする為に」
「ああ。そして火が点けられた。それは瞬く間に燃え上がった。お母さんを包み込んだ」
「恐ろしい、その伯爵は人間ではない」
「そうさ、あいつは悪魔だったよ」
 その声に憎悪がこもる。
「お母さんは嘲りや罵りの中あたしを見つけた。そしてこう言ったんだ」
「何と言ったの?」
「仇をとってくれってね。そしてそう言い残して死んだ」
「そうなのか」
「そしてあたしは決意したんだ。必ず仇をとってやるってね」
「仇はとれたの、母さん」
「それも今から話すよ」
「うん」
 一旦句切った。
「あたしは伯爵の子供を攫った。一人夜の城に忍び込んで」
「うん」
「そしてお母さんが死んだあの処刑台に連れて行ったのさ。その時まだ燃え盛っていたよ、炎が」
「お婆さんの憎しみの炎が」
「そうかもね。それにあたしはね」
「まさか」
「そうさ」
 アズチェーナは笑った。悪魔の笑みであった。
「泣いている子供をね。放り込んでやったのさ。苦しかったよ、胸が潰れそうだった。けれどあたしの目にあの光景が浮かんだんだ」
 今も見えていた。母を焼く炎が。その中で呻き、苦しみながら死ぬ母が。そしてそれを罵る群衆が。
「あたしに言うんだ。お母さんが。仇をとってくれって」
「それに従ったんだね」
「ああ。子供を放り込んだよ。思い切りね。そして暫くして落ち着いた」
「どうしたんだい?」
「あたしは見たんだ。目の前に」
「お婆さんをかい?」
「いや、伯爵の子供を」
「えっ!?」
 それを聞いたマンリーコは思わず声をあげた。
「それは一体どういうことなんだい!?」
「あたしはねえ」
 アズチェーナは語りながら震えていた。
「うん」
 マンリーコも息を呑んだ。そして母の話に耳を傾けた。
「自分の子を」
「自分の子を」
「火の中に放り込んでしまっていたんだよ!」
「恐ろしい!」
 それを聞いたマンリーコは思わず叫んでしまった。
「何という話だ!」
「あたしは自分の子供を焼き殺してしまったんだ!」
「それは事実なのかい、お母さん!」
「そうさ、本当の話なんだよ!」
 それを話すアズチェーナの顔は鬼気迫るものがあった。まるで地獄の奥底で呻く幽鬼の様であった。だがここでマンリーコは一つのことに気付いた。
「待ってくれ」
「何だい?」
「母さんは今自分の子供を焼き殺してしまったと言ったね」
「ああ」
「じゃあ俺は一体何なんだい?」
「何だって?」
「いや。俺はじゃあ母さんの子供じゃないんじゃないかい?自分の子供を焼き殺したんだろう?」
「ああ」
「そうなると俺は・・・・・・」
「御前はあたしの子供だよ」
 アズチェーナは彼に優しい声でそう語りかけた。
「けど今」
「疑うのかい?」
「いや」
 そう言われると否定するしかなかった。
「御前はあたしの子供だよ。それは保証するよ」
「けれど今」
「あの時のことを思い出すとね、何が何かわからなくなってしまってね」
「そうだったの」
「ああ。だから安心おし。何時だって御前の優しい母さんだっただろう?」
「うん」
 マンリーコは母の言葉に頷いた。
「あの時もそうだったじゃないか」
「ああ、そうだね」
「ペリリヤの戦場で倒れていた時、来ただろう」
「あの時は死んだと思ったよ」
 マンリーコはそう答えた。
「あたしは心配だったんだ。御前が死んだんじゃないかと思ってね」
 その顔には仁愛があった。優しい母親の顔になっていた。
「けれど生きていてほっとしたよ。それで御前をここに連れて来た」
「そして手当てをしてくれたね」
「そうさ。こんなことを本当の母親以外に誰がするんだい?」
「いや」
 マンリーコは首を横に振った。
 
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