トロヴァトーレ
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第四幕その七
第四幕その七
「この男をすぐに処刑しろ!火炙りだ!」
「ハッ!」
兵士達は敬礼してそれに応えた。マンリーコはレオノーラから引き離され引き立てられていく。レオノーラの亡骸も運び去られた。
「レオノーラ・・・・・・!」
「案ずることはない」
伯爵はレオノーラに顔を向けるマンリーコに対して怒りの言葉をぶつけた。
「貴様もすぐに彼女の後を追うことになるのだからな」
だがマンリーコはその話を聞いてはいなかった。最後にアズチェーナに顔を向けた。
「母さん」
そして彼女に声をかけた。
「さようなら!これでお別れだよ!」
「連れて行け!」
伯爵の無慈悲な声が響いた。そしてマンリーコは処刑台に連れて行かれた。伯爵は牢獄に残りアズチェーナを見下ろしていた。やがて彼女が目を覚ました。
「起きたか」
伯爵は目覚めた彼女を見下ろして言った。
「マンリーコは、あたしの息子は何処だい?」
「知りたいか」
彼は酷薄な声でそれに問うた。
「勿論だよ、一体何処にいるんだい」
「知りたいか」
また問うた。
「いい加減にしておくれよ。知っているなら教えてくれよ」
「いいだろう」
彼は笑いながら窓の方を指差した。
「あれを見るがいい」
そこには火刑台があった。そこに今マンリーコがかけられていた。
「ああっ!」
それを見てアズチェーナが叫んだ。
「よく見ろ、御前の息子の最後を」
伯爵は彼女の驚き、絶望する姿を見て楽しんでいた。アズチェーナは確かに絶望していた。
「ああ、何てことだい!」
「今火が点けられるぞ」
その言葉通り火が点けられた。そしてマンリーコは忽ち炎に包まれた。
「これで終わりだ。貴様の息子は今地獄に落ちた」
「確かにね」
アズチェーナは地の底から響き渡る様な声でそれに応えた。
「マンリーコはこれで死んだよ」
「そうだ、御前の息子がな」
「そうだね」
アズチェーナは無念そうに頷いた。だがそれで終わりではなかった。
「けれどね、それは違うよ」
「何!?」
伯爵はその言葉に耳を止めた。
「それは一体どういうことだ?」
「あたしは昔赤子をさらったのは知っているね」
彼女はゆっくりと顔を上げながら伯爵に対して言った。
「知らぬと思うか」
「そうだろうね。それはわかっているさ」
彼女はゆっくりと言葉を続けた。まるで幽鬼の様な顔で。
「その時あたしが火の中に投げ込んだのはね」
「私の弟だったのだろう。今その仇をとった」
火は燃え盛っていた。最早マンリーコの姿は何処にも見えない。
「違うさ」
「何が違うのだ」
伯爵はまだ彼女が何を言おうとしているのかわからなかった。
「あたしが投げ込んだのはねえ」
「誰だというのだ?」
「あたしの実の子だったんだよ」
「馬鹿な」
伯爵は最初その言葉を信じなかった。
「そんな筈があるものか」
「あるのさ、それがねえ。そして」
まだ言う。
「マンリーコこそ・・・・・・」
その目にマンリーコが映っていた。既に炎に焼かれその姿は見えなくなっていたがはっきりと映っていた。
「伯爵、あんたの実の弟だったんだよ!」
「何!」
「母さん!」
アズチェーナは両手を大きく天に掲げて絶叫するようにして言う。
「仇はとったよ!今とったんだよ!」
そう叫び終えるとその場に崩れ落ちた。既に事切れていた。
「何ということだ・・・・・・」
伯爵はその亡骸をまず見た。
「生きているのは」
マンリーコの炎を見る。そしてレオノーラの青い亡骸が脳裏に浮かんだ。
「私だけか。私だけが・・・・・・」
絶望に苛まれながらも言葉を吐く。まるで血を吐くように。
「私だけが生きていられようか!」
伯爵は叫んだ。その絶望の叫びが暗闇の中の宮殿に響き渡った。その瞬間マンリーコを包んでいた炎もかき消えた。そこには灰だけが残っていた。
トロヴァトーレ 完
2005・2・20
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