トロヴァトーレ
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第一幕その二
第一幕その二
「まあ聞け。焦らずにな」
「は、はい」
フェルランドがそう言って彼を嗜めた。
「話を続けよう。乳母が目を醒ますとその傍らにあの女がいたのだ」
「あの女!?」
「そうだ。一人の卑しいジプシーの女だ。年老いた無気味な女だった。魔女の邪な眼で若君を見ていたのだ。呪いをかけようとしていたのだ」
「何と」
「乳母はその女を見て思わず叫んだ。衛兵達がそこに駆けつけその女を追い出した。それでその話は終わる筈だった」
「魔女を生かしていたのですか」
「そうだ。伯爵様の温情だった。しかしそれが過ちだった」
「過ちだったのですか」
「うむ。聞くところによると星占いをしたかったそうだったからな。怪しかったがその場はそれで見逃した。だがそれはあの魔女の嘘だったのだ」
フェルランドの顔が嫌悪に歪んだ。
「若君は次第に顔が蒼ざめられた。痩せ衰え、力がなくなっていったのだ。昼も夜も何かに怯えて泣かれていた」
「まさかそれは」
「魔女の妖術だったのだ。それを知った伯爵様は激怒された。そしてあの魔女を捜し求め遂に捕らえられた。その魔女は火炙りとなった」
「当然ですな」
「しかし魔女は一人ではなかったのだ。娘が一人いたのだ」
「何と」
「この娘はおぞましい行動に出た。何と若君を盗んだのだ」
それを聞く年老いた兵士達の顔に絶望が覆った。若い兵士達は驚いていた。
「そしてどうなりました!?」
彼等は問わずにはいられなかった。
「すぐに若君の行方が捜された。そして見つかった」
「よかった」
若い兵士達はそれを聞いて安堵した。だがフェルランドと年老いた兵士達が彼等に問うた。
「本当にそう思うか!?」
「えっ!?」
「若君はあの魔女が焼かれたその場で見つかったのだぞ。焼け落ちた骨となってな」
「そんな・・・・・・」
「何と恐ろしい・・・・・・」
若い兵士達はそれを聞いて驚愕した。
「とんでもない女だ。何という悪人か」
「それを聞いた伯爵様の絶望は如何程のものだったか。それからは絶望の中に生きられた」
「おいたわしや」
「だが伯爵様は主に告げられた。ガリシア様は死んではいないと」
「本当ですか!?」
「うむ。そして死の床で我等の主君である今の伯爵様に仰られたのだ。生きているなら必ず探し出せ、とな」
「そうだったのですか」
「だが今も見つかってはおらん。何処かで幸せに生きておられればよいが」
「はあ」
「そして女はどうなりました?」
一人の若い兵士が質問した。
「あの魔女の娘か」
「はい。捕らえられたのでしょうか」
「そう聞いたことがある。だがな」
「はい」
「まだこの世に留まっているとも言われている」
「それはまことですか!?」
「あくまでそう言われているだけだがな。魔女は暗闇の中様々な禍々しい存在に姿を変えると言われているな」
「はい」
それを聞いて顔を青くしない者はいなかった。篝火の中にその顔が映し出される。
「ヤツガシラやタゲリに化けるという」
フェルランドは語った。
「カラスやフクロウ、ミミズクにもな。夜が訪れると共に闇の中を徘徊し、夜明けと共に去ると言われている」
「何と恐ろしい」
「その眼は邪悪な光で爛々と輝いていると言われている。従者の一人がその眼に見られて死んだという。その母親を殴った者がだ」
「ではまさか」
「フクロウに化けた女にな。真夜中にその黄色く光る邪な眼を見たらしい」
「何ということだ」
「恐ろしい女だ」
彼等は口々に恐怖の言葉を述べた。
「これで話は終わりだ。これで目が醒めたか」
「待って下さい」
ここで若い兵士の一人がフェルランドに尋ねた。
「何だ」
「その女の名は何といいますか」
「名前か」
「はい。知っておきたいのですが」
「うむ。それはな」
「はい」
皆耳をすます。ゴクリ、と喉を鳴らした。
「アズチェーナという」
「アズチェーナ」
「そうだ。よく覚えておくがいい。この禍々しい名を」
「はい」
彼等は頷いた。それを見届けるとフェルランドは席を立った。
「ではこれでいいな。警護を再開しよう」
「はい」
彼等はそれぞれの持ち場に戻った。その頃宮殿に庭に二つの影があった。それはいずれも女のものであった。
「姫様」
そのうちの一人がもう一方の女の影に声をかける。
「王妃様が御呼びですよ」
黒い髪をした小柄な女性であった。まだ若く初々しい顔立ちをしている。
「わかっております」
声をかけられたもう一人の女が答える。高く澄んだ声で。
茶色く長い髪に青い湖の様な瞳を持つ美しい女性であった。その顔立ちはまるで絵画の様に整っており、気品が漂っている。背は高くスラリとしている。その容姿が白く綺麗な服によく合っている。
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