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トロヴァトーレ

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第三幕その二


第三幕その二

「何かあったのか」
 まずフェルランドがその兵士に声をかけた。
「はい」
 兵士はそれに応えて頷いた。
「陣の近くを一人の女がうろついておりました」
「女が」
 フェルランドはそれを聞いて首を傾げた。
「一体何の用件でだ。ここが戦場なのはわかっているだろうに」
「はい。ジプシーの女でして」
「ジプシーの」
「はい。何分怪しい女でして。問うたところ逃げようとしました」
「その女、敵の間者ではないのか」
 話を聞いていた伯爵が兵士に対してそう言った。
「敵将はジプシーと縁がある者だからな」
 それがマンリーコであることはもう言うまでもないことであった。
「そうでしたな」
 フェルランドもそれを思い出した。
「ジプシー達が周りにおりますし」
「あの曲もジプシーの者だった」
 伯爵はマンリーコが奏でていた曲にも言及した。
「だとするとその女かなり怪しいな。そしてどうなった」
「逃げたのか?」
「いえ」
 兵士は伯爵とフェルランドの問いに対して首を横に振った。
「既に捕らえております」
「それは何よりだ」
 伯爵はそれを聞いて満足したように頷いた。
「ではすぐにここに連れて来るように。私が直々に取り調べよう」
「わかりました」
 こうして程なくしてそのジプシーの女は伯爵の天幕に連れて来られた。見ればアズチェーナであった。
「放しておくれよ」
 彼女は手を縛られ、左右を兵士達に押さえられながら天幕の中に連れて来られた。
「あたしが一体何をしたっていうんだい」
「それを今から聞きたい」
 伯爵は天幕に入って来たアズチェーナに対してそう言った。
「見たところジプシーのようだが」
「そうだよ」
 彼女はふてくされた態度でそれに答えた。
「ジプシーなのが悪いっていうのかい」
 少なくとも迫害される立場にはあった。欧州においてジプシーとはユダヤ人と同じくことあらば迫害され、弾圧される立場にあった。これは事実であった。アズチェーナもそれはわかっていた。
「そうは言ってはおらぬ」
 だが伯爵はここはマンリーコに対する憎悪を抑えることにした。彼にとってはジプシーよりもマンリーコの方が遥かに問題であったのだ。
「これから私の質問に答えよ」
「質問に!?」
「そうだ。嘘をつかずにな」
「ふん、まあいいさ。じゃあ答えたら放してくれるんだね」
「それは御前の心得次第だ」
 まずそう前置きをした。
「ならばいいな。では答えよ」
「フン」
「何故ここに来た。ここが戦場なのは知っているだろう」
「知っていたさ」
 アズチェーナはそう答えた。
「知っていたのか」
「そうさ」
 ふてぶてしい口調であった。
「それでもここに来たのだな。その理由は」
「あたしはジプシーだよ。ジプシーは当てもなくさすらうものさ」
「ほう」
「だからふらりとここに来たんだよ。あたし達にとっちゃ大空が屋根、世界中が故郷だからね」
「それは戦場でも変わらないということか」
「そうさ」
 彼女はその質問には滞りなく答えた。伯爵もそれには満足したようであった。
「それはわかった。では質問を変えよう」
「次は何だい?」
「御前は何処から来たのだ」
「ビスカヤからさ」
 アズチェーナはそれにも答えた。
「嘘ではないな」
「嘘をついたら唯じゃおかないんだろう?」
「その通りだが」
「だから正直に言うよ。あたしはビスカヤの禿山にいたんだ」
「何っ」
 それを横で聞いていたフェルランドの顔色が変わった。
「あの山にか」
 その心を疑念が急激に覆っていくのがわかった。そして彼女を見る目が先程とは全く変わっていた。
「貧しかったけれどね。満足していたよ、その山での暮らしに。仲間達もいたしね」
「ジプシーのか」
「他に誰がいるのさ。それに息子もいたし」
「息子が。今もビスカヤにいるのさ」
「出て行ったさ。あたしと同じジプシーなんでね」
 彼女はいささか自嘲を込めてそう答えた。
 
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