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皇帝ティートの慈悲

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第二幕その五


第二幕その五

「どうか。ここはお慈悲を」
「陛下、署名を」
 プブリオも告げる。
「後は陛下の御署名だけです」
「二人共。頼みがある」
 だがここでセストは静かな声で二人に対して言うのだった。
「私を一人にしておいてくれないか」
「一人にですか」
「そうだ」
 また二人に対して告げる。
「一人にだ。ここは」
「アンニオ」
 プブリオがティートの言葉を受けアンニオに声をかけてきた。
「ここは去ろう」
「去るというのか」
「そうだ」
 言葉が少し強いものになっていた。
「今は陛下を御一人にしよう」
「しかし」
「警護なら問題はない」
 これはプブリオが保障するのだった。
「まずはこの部屋は調べたな」
「うむ」
「そして宮殿の中も外も既に兵士達で固めている」
 これもまた言う。
「だからだ。警護は万全だ」
「それはそうだが」
「それにだ」
 これが本題であった。
「今陛下は悩んでおられる。だからこそ」
「御一人にというのだな」
「わかったな。それではだ」
 もう一度彼を諭す。
「ここは部屋を去ろう。いいな」
「わかった」
 考えた末にプブリオの言葉に頷くアンニオであった。
「ではそうしよう。僕も」
「わかってくれたか。では陛下」
 アンニオをわからせたうえでまたティートに顔を向けてきた。
「私達はこれで」
「済まない。それではな」
「はい、ごゆっくりと」
「陛下」
 アンニオは部屋をプブリオと去りつつ彼に声をかけた。
「何だ」
「信じております」
「済まない」
 こうしてティートは一人になった。一人になった彼はまずは大きく天を仰いだ。そのうえで苦渋に満ちた声をその喉から絞り出すのであった。
「何という戦慄、何という裏切り」
 まずはこう言った。
「彼が私を殺そうとしていた。親友である彼が」
 言うまでもなくセストのことである。
「後は私の署名のみだ。しかし」
 ここで彼は元老院の判決文を見るのだった。プブリオが彼に差し出した。そこにはしっかりとセストに対する判決と処刑が書かれていた。
「極悪人は死を」
 ローマにおいてもこれは変わらない。
「親友を裏切った者には死だ。しかしだ」
 ここで彼の中で二つの心がせめぎあった。
「このままでいいのか。彼の話を聞かずに」
 セストのことを思ったのだった。
「それは。どうなのか。いや」
 元老院のことを思い出した。
「元老院が聞いた。そのうえでの判決だ。ならば問題はない筈だ」
 そういうことになるのだ。ローマにおいて元老院は時として皇帝や軍部ですら凌ぐ力を見せるからだ。あのネロも元老院と対立し失脚している。
「しかし。秘密があるのではないのか」
 彼が次に思ったのはこのことだった。
「彼には。私に隠さなければならない秘密が。それが若しあったなら」
 そのことも考える。
「そうだ」
 ここで彼は考えた。すぐに呼び鈴を鳴らす。すると一人の将校が入って来た。
 
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