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ホフマン物語

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第四幕その六


第四幕その六

「それなら」
 ジュリエッタは躊躇いながらも決心した。そしてホフマンにさらに顔を近付けた。
 そっと彼の背に手を伸ばしその左の背から何かを抜き取った。するとそれまで鏡に映っていた彼の姿がすうっと消えた。消えたその瞬間であった。
「ホフマン、ホフマンは何処にいる」
 ここで部屋の外からニクラウスの声がした。
「あれは」
 ホフマンはその声に我に返った。友が自分を呼んでいるからだ。
「ニクラウスの声だ」
「遅かったわ」
 ジュリエッタはそれを聞いて残念そうに呟いた。
「ダイヤは私のもの。けれど私を思ってくれるこの人の心は」
「ここにいたか」
 ニクラウスは慌しい様子で部屋に入って来た。そして開口一番こう言った。
「すぐにここを去るぞ」
「一体どうしたんだ」
 ホフマンは友のそうした慌しい様子に戸惑いを隠せなかった。そしてこう問うてきた。
「そんなに慌てて。何があったんだ」
「何があったんだじゃない」
 彼は言い返した。
「このままここにいたらとんでもないことになるぞ。すぐにここを去ろう」
「だからどうしたんだ、そんなに」
「あの黒い服の男が御前を狙っているんだ。僕は見たんだ」
 ニクラウスの顔が強張っていた。
「何をだい」
「あのシュレーミルって男がいるだろう」
「ああ」
「彼には影がないんだ。彼は魂を奪われたんだ」
「そんなことあるわけないじゃないか」
 ホフマンはそれを一笑に伏した。しかしジュリエッタはそれを聞いて青い顔になった。
「魂を奪われるだなんて。悪魔じゃあるまいし」
「君は以前二回も悪魔に会っている筈だけれどね」
「それは」
 ローマとミュンヘンで。それを言われると弱かった。
「今度もだ。悪魔が君の魂を狙っているんだ」
「どうしてそんなことがわかるんだい?」
「彼の話を偶然聞いたのさ」
 彼は言った。
「席を立った時にね。そして君を探していたんだ」
「そうだったのか」
「魂を抜かれたならば恐ろしいことになる。まずは影がなくなる」
 予言めいた言葉であった。
「そして次には」
「鏡に映らなくなる。そう、鏡に」
「鏡に」
 ここでホフマンは鏡を見た。ニクラウスもである。
 驚愕した。驚いたニクラウスの顔は鏡にはっきりと映っていた。まるで地獄の中を覗いた様な顔であった。
 だがそこにホフマンの顔はなかった。ただそこにはニクラウスだけが映っていたのであった。
「な、何てことだ!」
「僕が、僕がいない!」
 二人は同時に驚きの声をあげた。
「これは一体」
「まさかもう」
「ええ、その通りよ」
 驚くホフマンに対してジュリエッタが語った。見れば彼女の姿も鏡には映ってはいなかった。そう、そこには三人いる筈であるのに一人しかいなかったのだ。魂を持っている者は。
「私も。心がないから」
「馬鹿な、そんなことは」
 ホフマンはそれを必死になって否定しようとする。
「君の心は僕が知っている」
「いいえ」
 だがジュリエッタはその言葉に首を横に振った。
「私は娼婦よ。心なんて」
「嘘だ!」
 ホフマンは叫んだ。
「そんなことは有り得ない!僕は君の心を知っている。君は・・・・・・」
「では何故鏡に姿が映らないの?」
 そんなホフマンを黙らせるようにして言い返した。
「私の姿が映らないのは何故?それは心がないからよ」
「けれど」
「けれども何もないわ」
 遮るようにして言う。
「鏡が全てを語っているわ。それだけよ」
「そんな・・・・・・」
「ホフマン」
 ニクラウスが項垂れる彼に声をかけてきた。
「彼女の言う通りだ。今の君は悪魔に魂を奪われたんだ」
「じゃあどうすれば」
「取り返すしかない。僕に考えがある」
 彼はここで提案してきた。
「シュレーミルも魂を奪われている。ジュリエッタもだ」
「うん」
「多分奪ったのは同じ奴だ。そうだね、ジュリエッタ」
「ええ」
 ジュリエッタは頷いた。
「貴方の心を奪ったのは私だけれどそれを手にするのは違う人よ」
「それじゃあ」
「そう、ダペルトゥットだ」
 彼は言った。
「あの男が君達の魂を持っている。彼から取り返すしかない」
「けれどどうすれば」
「勝つしかない」
 ニクラウスは強い声で言った。
「あの男に勝つしか。違うだろうか」
「けれど何をやるっていうんだい?」
 ホフマンは強い声で語る友に対して問うた。
「僕は法律家だ。生憎剣もピストルも得意じゃない」
「カードだ」
 彼はまた言った。
「カード」
「そうだ。ポーカーで賭けるんだ、君達の心を取り戻す為に」
「ポーカーか」
「そうさ。それなら得意だろう・君が負けるのを見たことがない」
「わかった」
 ホフマンはそれを聞いて頷いた。
「じゃあ賭けよう。金ならある」
「いや、今回賭けるのは金じゃない」
 ニクラウスはそれを否定した。
「もっと別のものだ」
「それは一体」
「僕だ」
 ニクラウスは自分自身を右の親指で指し示して言った。
「僕を賭ければいい。それなら奴も乗ってくる」
「君をか」
「そうだ。何か不都合があるのかい?」
「ある」
 ホフマンは言い返した。
「君を賭けるなんて。そんなことが出来る筈がない」
 友人を賭けることなぞ出来ようか。ホフマンはむべもなく拒絶しようとした。
 
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