ホフマン物語
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第二幕その六
第二幕その六
「これのせいでというのかい?」
「そうさ。君がその眼鏡で彼女を見てからおかしくなった。最もその前から心を奪われていたみたいだけれどね」
「心は最初から奪われていたさ」
彼はしれっとしてそう返す。
「けれどね。分別まで失ったつもりはないよ」
「自分でそう思っているだけてことはよくあることだぞ」
「ニクラウス、一体どうしたんだ」
ホフマンは友人のあまりにも冷たい態度と言葉にたまらなくなった。少なくとも彼にはそう思えた。
「そんな態度で。何があるんだ」
「すぐにわかるよ」
彼がこう言うと客達が戻って来た。その中にはスパランツェーニもいた。
「すぐにね」
「皆さん」
スパランツェーニは上機嫌で客達に声をかけていた。
「スープの後は腹ごなしにダンスといきましょう」
「はい」
客達は笑顔でそれに応えた。
「ホフマンさん」
「はい」
彼はスパランツェーニに顔を向けた。
「曲は何が宜しいですか?」
「ワルツを」
彼は答えた。
「先程のハープとフルートで。宜しいでしょうか」
「畏まりました。それでは」
スパランツェーニはそれを受けて後ろに控える使用人達に声をかけた。そして彼等はそれを受けて暫し部屋から出るとハープとフルートを持って来たのであった。
オランピアはそれを見るとまた動きはじめた。まるでそれ自体に反応しているようであった。
「見ろ」
ニクラウスは密かに彼女を指差してホフマンに声をかけた。
「彼女の動きを」
「変わったところはないけれど」
「まだわからないのか。おかしいとは思わないのか?」
そう問うた。
「全く。君の方こそどうしたんだ?」
「もう手に負えない。では君自身で確かめてくれ」
「言われなくても。実際に彼女と踊ってみればわかることさ」
「ただし。後悔はしないね」
彼はホフマンに問うてきた。
「満足はしてもね」
ホフマンはニヤリと笑ってこう返した。
「そうか。じゃあいい」
ニクラウスはそれを聞き遂げてこう答えた。
「だが。後ろは任せてくれ」
「!?よくわからないけれどそれじゃあ」
「うん」
「さあ、そろそろはじめましょう」
スパランツェーニは前奏を命じた。
「今宵は楽しい夜。踊って過ごしましょう」
「はい」
客達もそれぞれペアを組んで用意をする。
「貴方も。ほら」
「有り難うございます」
ホフマンはスパランツェーニ自身の手でオランピアとペアになった。
「それではそろそろ」
「はい。ニクラウス、君は?」
「僕はいいんだ」
彼は一人部屋の端にいた。そしてホフマンの言葉にこう答えた。
「ここで見ているから」
「そうか」
「それじゃあね」
「うん」
こうしてワルツがはじまった。ホフマンは彼女をよりはっきりと見たい為かあの眼鏡をかけていた。そしてワルツに乗って踊りはじめたのであった。
皆ダンスを踊りはじめる。その中央にはホフマンとオランピアがいた。彼は今幸福は自分と共にあると思っていた。
音楽が次第に速くなっていく。それにつれてオランピアの動きも。ホフマンはそれに合わせていたがやがてオランピアの動きはどんどん速くなっていった。そして遂には信じられないまでになった。
「!?おかしくないか」
客達もそれに気付き踊りを止める。
「おい、このままだと」
「ああ」
「いかん」
スパランツェーニもそれに気付いた。そして使用人達に顔を向けて言う。
「おい」
「は、はい」
彼等は主の言葉に慌てて演奏を止める。これでワルツは終わる筈であった。
しかしオランピアの動きはまだ止まらなかった。それどころかさらに激しくなりホフマンはそれに振り回されていた。それを見たニクラウスがそこに飛び掛かった。
「ホフマン、離れるんだ!」
「け、けれど」
だが離れることはできなかった。何とオランピアの腕が彼を完全に掴んでいたのだ。その手はぞっとする程冷たく、固かった。
「離れることが」
「それなら!皆さん!」
ニクラウスは客達に声をかけた。
「オランピアさんを止めて下さい!お願いです!」
「わ、わかった!」
「止むを得ん!」
客達はそれに応えオランピアに駆け寄る。そして彼女の身体を押さえその動きを止めた。こうしてホフマンは何とか彼女から離れることができた。そこにスパランツェーニがやって来た。
「娘が。申し訳ない」
そう言ってホフマンに謝罪する。
「いえ」
ホフマンはまだ完全に冷静さを取り戻してはいなかった。肩で息をしながら半ば呆然としてスパランツェーニに応える。
「怪我はなかったかね」
「はい、何とか」
服は破れている部分もあったがそれでも怪我はなかった。
「そうか。ならよかった」
「はあ」
「オランピア」
彼は娘に顔を向けた。
「はい」
あれだけのことがあったというのに彼女は汗一つかいてはいなかった。そして表情も全く変わってはいなかった。そう、全くであった。
ページ上へ戻る