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セビーリアの理髪師

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9部分:第一幕その九


第一幕その九

「どうされたのですか?」
「どうもロジーナに言い寄る男がいる」
「ほう」
 バジリオはそれを聞いて今度は目をしばたかせた。
「それはまた厄介な」
「それでだ。早めに手を打とうと思ってな」
「よいことです」
 その言葉には笑顔で応えてきた。
「では早速」
「頼めるか?」
「博士の為でしたら」
 また恭しく一礼して述べる。上品だが何処かユーモラスさのある礼だ。
「すぐにでも。ただ」
「ただ?」
「慎重に進めさせて頂きます」
 こう応えるのだった。
「宜しいでしょうか」
「その辺りは任せる」
 それに関しては問題としなかった。
「で。どうするのだね?」
「まずは作り話をします。相手は」
「何か最近この辺りをうろうろしている学生だな」
 彼は伯爵の正体を知らない。その程度にしか思ってはいない。
「あの学生ですか」
「知っているのか」
「はい。何度か見掛けたことはあります」
 バジリオも冷静な口調で述べてきた。
「あの男でしたら」
「策があるのだな」
「はい、充分に」
 また笑って述べる。
「ここは作り話をしていきましょう」
「作り話だと」
 バルトロはそれを聞いて今度は彼が目をしばたかせた。
「それでか」
「左様です。それで奴を世間の笑いものにして彼女に恥ずべき男、下らぬ男と思わせるのです。これで宜しいでしょうか」
「そうだな。ではそれで頼む」
 バルトロはそれでよしとした。
「はい」
「これは。そうだな」
 バルトロはバジリオの言葉を頭の中で反芻しながら答えた。
「中傷だな、つまりは」
「その通りです」
 バジリオもしれっとした顔で笑って答える。
「それが効果があるのか」
「あるのでございます」
 彼はそう主張する。続いて述べる。
「宜しいですか博士」
「うむ」
「中傷とはそよ風のようなもので。優しいそよ風のようなものです」
「それでは意味がないのではないのか?」
「だからよいのです」
 笑って彼にまた言う。
「吹いているのかどうかわからないからこそ。まずは軽快に優しく吹きはじめ」
「そして?」
 バジリオの口調が面白いので興味を持って問うた。
「どうなるのだ?」
「優しく囁きはじめ静かに低い声で擦り寄り」
「ふん」
「走りだして唸りだし。人々の耳の中に上手く入り込み」
「巧妙だな」
「そのまま心を支配してしまいます。そこから少しずつ大きくなりあちこちを吹き荒びます」
 そのまま言葉を続ける。
「雷鳴の如く唸り聞く者の心を驚かし遂には大砲や地震、台風の様に爆発して辺り一面に鳴り響きます。そうして中傷された者は人々の鞭の下で惨めに死ぬこととなります」
「恐ろしい」
 バルトロはまずはそれを認めた。
「実に恐ろしい威力だ、中傷というものは」
「私もされたことがありますので」
 一瞬だが苦虫を噛み潰した顔を見せた。
「よくわかっています。必要ならばこれで」
「しかしだ」
 バルトロはここで微妙な顔を見せてきた。
「しかし?」
「それだと時間がかかり過ぎる」
 彼はそう言ってきた。
「時間がですか」
「そうだ。それに君もそれを使いたいか?」
「必要とあらばですが」
 また一瞬だが苦虫を噛み潰した顔になる。
「そうか。わしは今は使いたくはない」
「時間の関係で?」
「それもある。それにどうにもあまりにも陰険だ」
 バルトロも悪人ではない。そこまでは考えてはいなかった。
 
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