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セビーリアの理髪師

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2部分:第一幕その二


第一幕その二

「まあこんな日もあります」
「また明日ですよ」
「そうか、明日もあるか」
 伯爵は彼等の言葉を聞いてまずは気を取り直した。
「ではまた明日な。それでは今日の謝礼だ」
 財布を一つ丸ごと渡す。フィオレルロと楽師達に。
「これで美味い酒と料理でも楽しんでくれ」
「どうも」
「それでは」
 彼等は上機嫌で去って行く。これまで以上に騒がしくなっているのは機嫌をよくしたからであろうか。伯爵はそんな彼等を見送ってから一人去ろうとする。その時だった。
「ラララレーーーラ、ララララ」
「むっ!?」
 突然何処からか明るい歌声がした。ギターの音も聞こえる。
「ラララレーーーラ、ララララ」
「あの歌声は」
 伯爵は今の歌声に聞き覚えがあった。それでそちらに耳を澄ます。
「さあ街の何でも屋に道を開けてくれよ」
「あれはフィガロか」
 出て来たのは白い上着にダークブラウンの洒落たチョッキにズボンを身に着けた小粋な男であった。人懐っこい四角い顔をしており眉が細い目は穏やかで細い。黒い髪は丁寧に後ろ気味に撫でつけられている。背は高くそれも彼をかなり目立たせていた。
「そういえば理髪師になったと聞いているな」
 実は伯爵は彼を知っている。以前何年かの契約で雇っていたのだ。契約が切れた時にまた雇おうと思ったが先に理髪師に引き抜かれたのだ。頭の回転が早く器用でかなり使える男だ。
「歌の邪魔だな」
 ここで伯爵は彼に気を使った。
「暫くは」
 彼が自分を見つけて気を使って歌を止めないように物陰に隠れた。フィガロはなおも歌い続ける。
「夜が明けた店に急げ。そうして今日も楽しい人生を過ごそう」
 そう陽気に歌う。ギターを奏でながら。
「腕のいい床屋にとっては最高の人生さ。剃刀も鋏もメスも全部持っている」
 この時代理髪師は外科医や骨接ぎのようなこともしていた。あの赤青白の理髪師の看板は静脈と動脈、そして肌を表わしているという。カストラートの去勢の手術もしていたのだ。
「それで品のいい素晴らしい仕事ができる。上流階級の方々とも知り合いになれるし街の皆がおいらを慕う」
「相変わらずだな」
 伯爵はそんなフィガロの歌を聞いて呟く。
「できるようだな」
「御婦人も子供も御年寄りも娘さんも鬘に髭に」
 ここで演技をはじめる。
「フィガロ!」
「ここにおります」
 フィガロが呼んでフィガロが答える。
「鬘を」
「髭を」
「蛭を」
「はい」
「どうぞ」
「こちらです」
 一人芝居を続けながら唄う。上機嫌で。
「忙しい忙しい。けれどまた」
 また自分の名を呼んで答える。
「フィガロ!」
「こちらに」
「フィガロ!」
「こちらに。ああ、本当に何て忙しいんだ!」
 また上機嫌で叫ぶ。これも芝居だ。
「おいらは稲妻みたいに動く町の何でも屋。全く素晴らしい幸福者だよ。おいらがいなければセビーリアの娘さんは誰だって嫁にはいけないし後家さんは再婚できないしね」
「そうなのか」
 歌が終わったと見た伯爵がさっと彼の前に出て来た。
「おや、これは伯爵様」
「フィガロ、久し振りだね」
 まずはにこやかに挨拶をする。
「元気そうで何よりだ」
「いや、伯爵様も」
 フィガロはにこやかに笑って伯爵に洒落たお辞儀をする。伯爵も優雅な動作でそれに返す。
「お元気そうで何よりです」
「相変わらず何でもできるみたいだな」
「ええ、まあ私のできる限りは」
 笑って謙遜してそう述べる。
「幸せに生きておりますよ」
「ふむ。そうか」
「それでどうしてこちらに?」
 フィガロは伯爵に問い返した。
「朝早くから。まさか朝帰りとか」
「馬鹿を言え」
 フィガロの小粋なジョークに苦笑いを浮かべながら応えて言う。
 
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