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セビーリアの理髪師

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11部分:第一幕その十一


第一幕その十一

「どうなるのか」
「すぐに来られますがただ」
「ただ?今度は何かしら」
「お手紙があれば尚いいです」
 彼も手紙を所望であった。恋では当然のアイテムだからだ。
「今から書かれては」
「それならもうあるわ」
「もうですか」
「偶然ね。もう書いたのよ」
「左様ですか」
(いや、これはまた)
 ロジーナの演技に合わせたが内心彼女の素早さに舌を巻いていた。
(これは。本当に賢いな)
「これで宜しいのね」
 ロジーナは余裕に満ちた顔でフィガロに問うた。
「どうかしら」
「はい、これでもう充分です」
 フィガロも会心の笑顔で返す。
「これでね。じゃあ御願いね」
「わかりました。では」
 フィガロは素早く家を後にした。懐の中に手紙を入れて。すると彼と入れ替わりの形でバルトロが部屋から出て来たのであった。
「おじ様」
「今誰が来ていたのだ?」
「散髪屋さんが」
 ロジーナはしれっとしてこう返した。
「若しかして帰ってもらったら駄目でしたか?」
「うむ、少しな」
 ロジーナから視線を離してやや気難しい顔で答えた。
「少し聞きたいことがあった」
「何でしょうか」
「御前と何を話していたのだ?」
 ロジーナに視線を向けて問う。
「一体何を」
「別に。大したことではありませんわ」
 ロジーナはしれっとして述べる。
「些細なことですわよ」
「どんなことだ?」
 バルトロはロジーナをジロリと見据えて彼女に問うた。
「若しかしてだ」
「フランスの流行とか最近あの方が想いを寄せておられる」
「そんな娘がいたのか、あの男にも」
「スザンナさんですけれど」
 ロジーナはスザンナという名前を出してきた。
「アルマヴィーヴァ伯爵家に務めておられる」
「ああ、あの小柄な娘か」
 彼女のことはバルトロも知っている。
「ふん。フィガロは大柄だし小柄な彼女はお似合いかもな」
「そういうことだけですけれど」
「ならいいが。だが」
 ここでロジーナの目を見る。
「その手はどうしたのだ?」
「手がですか?」
「インクで汚れているではないか」
 見ればその通りだった。手紙を書いたせいなのは言うまでもない。
「どうしたのだ?」
「火傷をしまして」
 平気な顔をして誤魔化す。
「インクを薬代わりに」
「また乱暴な治療だな」
 医者である彼が顔を顰めさせずにはいられないことだった。
「ではあれか」
 今度はテーブルの上の紙を見た。一枚減っている。
「六枚あった紙が五枚に減ったのは」
「傷を拭きまして」
「それでペンも汚れているのか」
 次にはインクで汚れているペンを見やる。
「どういうことなのか」
「ペンは実はですね」
「うむ、実は」
 ロジーナを問い詰める。実は彼は薄々わかっている。ロジーナはそれを誤魔化す。
「スザンナさんに刺繍をお送りしたのですがそれで」
「それで?」
「そこで花の下地を書くのに使いました。実は怪我もそうなのです」
「あまりにも下手だな」
 そこまで聞いてこう返してきた。
「下手!?何がですね?」
「ええい、わしを騙せると思ったか」
 激昂した声でそう言ってきた。
「いいかロジーナよ」
「ええ」
「わしは医者だ、博士だ」
 そこを強調する。
「言い訳は通用せぬ。だから御前に忠告しよう」
「私にですか」
「そうだ。刺繍だの怪我だのいう言い訳は通用せぬ。火傷でも何でもな。何故紙が足りないのかのかわしは知りたいのだ。誤魔化すのならもっと上手くやることだ」
「何のことやら」
 それでもロジーナはしれっとして言い返す。
「わかりませんが」
「では言おう。今後御前が出掛ける時にはバジリオをつけよう」
「ドン=バジリオを」
「そうだ。戸口には風も入らない。御前は完全に籠の中の鳥になるのだ」
「あらあら」
「わしは騙せぬ。それはよく覚えておきなさい」
 そう宣言するのだった。そこまで言うと一旦言葉を止めた。それからまた言う。
 
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