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故郷は青き星

作者:TKZ
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第二十五話

 まだ参加者達はエルシャンの発言に驚いたものの、参加要請のメールからしても遊びが入っていたため運営の冗談だと思い、この発言は場の空気を温めるために自分達を楽しませるイベントの入り口だと勝手に判断していた。
「まず最初に伝えたい事は、皆さんが今まで楽しんでいただいたDSWOとはゲームではありません」
 エルシャンがそう発言すると後ろの大型ディスプレイに、この会場の後方から参加者の頭越しに撮影されたエルシャンの姿が映る。
 参加者の視線がディスプレイに向かった次の瞬間、画面の中でエルシャンの姿以外の全てが切り替わる。
 その映像は他の会場の様子を撮影したもののようだが、カメラのアングルと距離が全く同じだったとしても、エルシャンの立ち位置、動き、表情のどれもが変わらないのは不自然だった。
 映像は3秒毎に次々と他の会場の映像と切り替わり、10回目で一周して再びこの会場を映す映像となり、9ヶ所の会場の映像を3秒ごとに切り替えながら映し続ける。
 だが映像が変わってもエルシャンの姿だけは変わらない。まるで切り替わる映像にエルシャンの姿を合成しているかのようだった。

「この画面に映し出されている映像は、ここを含めて日本各地9ヵ所で開催されている嘘の講習会の様子です」
 芝山は山田や尾津の姿が無いのは、彼等が他の会場にいる為だと思った。
 カメラのアングルがエルシャンへとゆっくり回り込みながら近づいていく。
 他の会場の映像と切り替わる瞬間の前と後ではエルシャンの姿、動きに僅かなズレも見つからない。つまりこの映像をあるがままに受け入れるならば、各会場にエルシャンがいて、各会場の彼の動きとカメラの動きが完全に一致していると言うことになる。当然ながら参加者達からは「合成だ」という声が上がった。

「……違う」
 その声を山田は一言で否定する。
「彼自身の動きは全く同じでも、スーツの皺やネクタイの角度が微妙に違っている」
 冷静な彼女の洞察にエルシャンは舌を巻く。
「そこに気付く方がいましたか。でも納得されていない方が多いようですね」
 エルシャンが嬉しそうにそう言った次の瞬間、次々と切り替わっていた9ヶ所の会場の映像が、前の画像に上書きするように重ねられていく。
 9枚の動画が重ね合わされた映像は、全てが重なり何が何であるか判別が付かない状態だが、その中でエルシャンの姿だけが浮き上がって見える。顔などの輪郭は全くブレルことなく完全に重なり合っているが、髪の毛や喉もとの毛並み、そして着ているスーツは薄くぼやけて映っている。山田の言うとおり身につけている物の動きまでは完全に一致させる事は不可能であった。
 エルシャンは自分の身体の動きが他の会場にいる自分のものと完全に一致している事を更に分かりやすく示すため、カメラの方向に手の平をかざす。確かに画面の中のエルシャンの手の平もぼやけることなくくっきりと映っていた。

 ミリ単位で同じ顔をした人物の映像が、異なる場所で同時に撮影されるなんて事はありえない。それを前提にして芝山はこのからくりの仕組みについて考える。
 それは手品のネタを暴くのと同じアプローチで、その場に存在する要素を組み合わせて「どうすれば、このような状況を作り上げられるか?」と考えるのではなく「このような状況を作り出すには何をすれば良いか?」というトップダウンアプローチ。
 そして相手から与えられた前提を一切信じないという考えが有効だった。
 まず疑うのは、映された映像に関して他の会場の映像、もしくはこの会場の映像も含めて偽物でリアルタイムで撮影されたもので無いということ。
 そんな大掛かりな真似をして騙す理由が見つからないが、ここで余計な『何故?』を頭の中に持ち込まない。
 目の前にエルシャンが本物で、ディスプレイの中に映っているエルシャンは全て偽物。本物のエルシャンをモーションキャプチャーして、エルシャン本人をモデリングした三次元モデルを操作して映し込んでいる……こんなところだろうか? いや何か見落としている気が……

「ば、馬鹿な!」
 突然、尾津が狼狽した声を上げる。
 彼女の雰囲気にそぐわない声に芝山が右隣を振り返ると、椅子から半ば腰を浮かして背後を振り返ったまま宙の一点を見据えていた。
 芝山がその視線の先を追ってみるが何もなく、未だ視線を動かさずに驚愕の表情を浮かべている彼女に「どうした?」と声を掛けると、声を震わせて一言だけ言葉を発した。
「無い……」
「無い?」
 相手が梅木なら遠慮なく「生理か?」とでも軽口を叩いただろうが、初対面の美人さんにそんな事は言うわけにはいかなかった。もっともゲーム内で山田と尾津に対しては、男同士のつもりの気楽さでどうしようもない下ネタもバンバン飛ばして、下ネタを投げかけられた2人を爆弾処理で苦労させてきたのだった。
「カメラがどこにも見当たらないんだ」
 そう言って空中に何かを探すように視線を彷徨わせる。
「カメラが?」
 尾津の言葉に、ディスプレイに映るこのエルシャンのアングルから、カメラがあるだろうポイントを推測するが、その場所にはカメラらしきものは存在しない。
 そしてカメラが無いにも関わらず、画面の中のカメラのアングルは左側に回りこむように移動している。
 既に現状は芝山の想像力も認識力も超えていた。真剣に考えていた自分が馬鹿馬鹿しくなり乾いた空ろな笑いを漏らすしかなかった。

「やっと気付いてもらえたので映像はもう良いでしょう」
 エルシャンが気取った仕草で指を鳴らすと大型IELディスプレイに映っていた映像が消える。
「それでは謎解きのヒントを出しましょう。この状況を作り上げるための手段は、皆さんは良く慣れ親しんだ方法です」
 この瞬間、芝山が推理していたモーションキャプチャーの目は無くなった。一昔前にモーションキャプチャーを利用したゲーム機が一時期主流になったが、全身を使っての操作方法は長時間プレイには向かず、その後開発されたVR機器の技術を応用したゲーム機に取って代わられており、慣れ親しむという程では無かった。
 では自分達の私生活に関する正確な情報は幾らなんでももって無いはずと思った芝山は、ここに集まった人間のはっきりとした共通点を考える。
「まさか、ダイブギア?」
 芝山よりも先に気付いた山田が答える。
「先程もそうでしたが、良い所に目をつけますね……しかし、答えはもう一歩踏み込んだところにあります」
 ここまで導かれたなら参加者の多くが答えにたどり着く、しかしそれを答えと口にするのは躊躇われる。あまりにも荒唐無稽過ぎる。
 山田が「まさか」を先に口にしたように、芝山たち参加者全員にとってまさかだった。
「皆さま、信じられないと言った様子ですが、ですがそれが答えです……つまり擬体への同調です」
 答えを発表したエルシャンは、参加者の反応に満足気に笑みを浮かべた。

「嘘だ!」
 ありえないと感じた事をそのまま口にされて怒り出す参加者もいた。ペテンにかけられていると感じたのだろう。
「嘘を吐く意味がありません」
「証拠を見せろ」
「当然です。この身体が擬体である事をお見せします」
 エルシャンはスーツの上着を脱いで演壇の上に置く、そしてネクタイを外してワイシャツのボタンを上から外して脱いで上半身をはだける。
「う、嘘だ……」
 ワイシャツの下から現れた強化合成樹脂性のボディーの地肌が照明の明かりを滑りと反射する。それだけならばCGに置き換わられる前の古い映画の特殊効果でも再現可能だったが、胸部と肩、胸部と腹部と各部位が完全に分離していて、黒い金属製の骨格によって繋がっているだけであり、各部位と骨格の隙間から背後のディスプレイの映像の光が覗いていた。
「これが皆さま方が、慣れ親しんだヒューマノイド型汎用擬体の姿です。擬体の各パーツを独立させて、その間の距離を調節する事で身長150cmほどから240cmまでの体格に対応する事が出来ます」
 そう話している間にも、各パーツをつなぐ骨格が伸長して擬体は身長は200mを大きく超えた。
 一見して人間と見間違うような表情を作るロボットは存在する。人間以上の動きをするロボットアームも存在する。人間以上の速さで走り、人間以上の高さにジャンプできるロボットも存在する。だがそれらの全ての機能を人間サイズのロボットの中に納める技術は世界中の何処を探しても存在しない。
 それどころか、それらの機能を全て備えたとしても、一見して人間と見間違える表情を作れても次の瞬間には見破られ、人間の腕以上の動きをしても人間らしさは無く、人と同じ速さで走ろうが人間以上に高くジャンプしても、それは人間の動作とは異質な動きであり、先程のエルシャンの擬体の様にロボットだと思わせない。人間であることを疑わせないのは無理な事である。
 目の前に存在する擬体と称するロボットは地球の技術で作られたものでない事は、ロボット工学について興味を持っている程度の素人にも分かる事だった。
 エルシャンのDSWOがゲームではないという発言の意図が、それまで漠然と思っていた『DSWOが本来のゲーム=娯楽以外の目的でデータ収集に使われているのでは?』から、全く別の意図に感じられてくる。

「あなたは、宇宙人だとでも言うのか?」
 参加者の1人が全員が思っている疑問を投げかけた。
「私が宇宙人? まさか違いますよ」
 エルシャンの答えに、違って良かったと安堵する反面、それでは何者なんだと言う新たな疑問が生まれる。
「私は皆さんに既に自己紹介しているはずです」
 エルシャンは、ほら解いてみろと言わんばかりに参加者達を見渡す。
「あなたは……AI?」
 自分の考えに確信を抱けないままに山田が答える。
「正解です。さすがですね山田成海さん。今回の全参加者の中で一番高い知能を持つだけのことはあります」
 芝山が山田という苗字に反応して隣を振り返ると、隣人は気まずそうに視線を外す。
 彼が振り返ったのは半ば反射的なものだったが、彼女の態度が余りに不自然なために心の中に疑惑が生まれ、山田や尾津がこの場にいないこと他の会場にいるという考えが揺らぐ。
 そう考える始めると彼女の態度はおかしかった。妙に自分に積極的にアプローチしているように感じられた。
 自分を女性にモテるタイプだとは、これっぽっちも思ってはいない芝山にとっては、喜びつつも何かあるという疑いが心の中で引っかかっていた。
「もしかして、山田よう──」
 芝山の疑問はエルシャンの声によって遮られる。
「私は連盟軍サジタリウス腕方面軍。第1211基幹艦隊旗艦。大型機動要塞シルバ6のマザーブレインの艦隊司令官補佐用AIです。現在は艦隊司令官エルシャン・トリマの人格を再現しており──再現してない。勝手に捏造するな暴走馬鹿AIが!──失礼しました。通信状態が悪いようで雑音が入りました──ふざけるなノイズが走ってるのはお前の──司令官ウルサイ。通信回路遮断……ええ御迷惑をおかけしました。現在は艦隊司令官エルシャン・トリマの人格を再現しております」
 参加者達にはもう何が何だか突っ込む気にすらなれなかった。
「ああ、折角のシリアスな場面だったのに、司令官の馬鹿……」
 落ち込みどんよりとした重たい空気を作り出すAI操作の擬体と言う存在を、参加者達は明らかにもてあましていた。どう考えてもAIじゃないし補佐もしてるようには思えない。こんな面倒な奴に係わりたくないので正直なところさっさと家に帰って、ゆっくり風呂入り、DSWOは今晩……いや暫く控えて、寝たいと思っていた。

 しかし、このような状況の会場の中にあって1人だけ事態の収拾に乗り出す大人な存在がいた。
「皆さん。私から補足で説明があります。私は現在ニューワールド社に出向中の経済産業省の室川と申します。経産省の人間である私がニューワールド社に出向しているという事実は、このプロジェクトに日本政府が関与しているということに他なりません」
「日本政府が?」
「今回のプロジェクトは、国連理事国。及び主要国と連盟との間で結ばれた条約に従い各国政府の協力の下に推進されており、決して異星人が侵略目的で地球にやってきたという荒唐無稽な話ではありません」
 室川から、【敵性体】の存在と現在の天の川銀河がおかれた状況は、ほぼDSWOの設定の通りであり、この銀河に生きる炭素系生命体の一員として侵略者である【敵性体】と戦う義務を持つこと。そして連盟に加盟し対【敵性体】戦争に参加する事のメリットを筋道を立てて分かりやすく説明する。
「つまり一部の隙も無い大義名分があり、戦わないデメリットが数百年後の将来、地球人類を含む天の川銀河の田祖形生命体の滅亡。戦うメリットは連盟の全面的な援助が受けられて、現在地球上で起こっているエネルギー・資源問題。環境問題の解決。その他、医療技術などの大幅な進歩が見込める。そして敵は生命体といえども意思の疎通すらはかれない我々とは相容れない珪素系生命体で敵を倒すことへの抵抗感も少ないということです」
 彼の説得力の高い説明を前に参加者の多くは黙って頷くしかなかった。
 そして各会場においても彼と同じ境遇の出向者達が何とか場を納めていたのだった。 
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