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アドリアーナ=ルクヴルール

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第二幕その一


第二幕その一

                     第二幕 別荘
 ブィヨン公爵はセーヌ河の岸に別荘を持っていた。伊達男の彼に相応しく別荘とはいえ豪奢な造りになっている。
 別荘の横の並木路の脇にはセーヌ河が流れている。新月の蒼白い光は並木路に連なる裸木を照らしそれの向かい側の別荘の大理石像もその光で浮き出させている。
 その大理石像の左手には邸の奥に通じる戸がある。
 邸の中にはサロンも設けられている。装飾はあっさりとしているが優雅である。奥には大きなガラス窓になっておりその先はテラスになっている。そしてそこから大理石の階段で庭に降りられるようになっている。
 そのサロンには幾つかの扉があった。そして中央にはテーブルが置かれその上には燭台もある。その側に肱掛椅子、その左に長椅子と丸い椅子がある。 
 サロンの左奥には大鏡、その横にもう一つテーブルと燭台がある。中央のテーブルに誰かが不安そうに座っている。
 見れば若い貴婦人である。紅い炎のような色のドレスを着ている。そしてその首や手はサファイアで飾られている。
 美しい顔立ちをしている。細長い顔に長い鼻。切れ長で二重の黒い瞳、赤がかった茶の髪。そして身体全体から妖艶な雰囲気を醸し出している。
 彼女は公爵の若い夫人である。ブィヨン公爵夫人、世間ではそう呼ばれている。
 夫とは四十も歳が離れている。所謂政略結婚で夫婦となった。この時代の貴族の家では当然のことであった。当時は結婚も仕事の一つであったのだ。これは何時でもそうなのかもしれないが。
 彼女は落ち着かない様子で椅子に腰掛けている。まるで誰かを待っているかのように。
「あの方はここに来られるのかしら」
 彼女はふと呟いた。
「愛しい人を待つのはいつも辛いわ。何時来られるかわからない。来られないかもしれない。そしてそれを待つ時間のどれだけ長く苦しいか。待っているだけで私の心は締め付けられ揺れ動き燃え上がる。そして凍りつく。ほんの小さな物音や揺れる影にさえ心を乱されてしまうわ」
 ふと時計を見る。もう十一時を指し示している。時計が音を鳴らした。
「もうこんな時間・・・・・・」
 ふと席を立った。そして窓のところへ行き並木路を注意深く見つめた。
「来られるのかしら?それとも・・・・・・・」
 ふと心の中に不安の火が点る。
「いえ、そんなことは。あ・・・・・・」
 ふと何かを見た。
「あの方?違うわ。河の輝きだわ。夜の灯火に照らされた。そして私が見たのはあの星」
 夜空を見上げた。そこには一つ大きな星が瞬いていた。
「私を哀れと思うならあの人をここに連れて来て。お願いだから」
 そう呟いた時サロンに誰か入って来た。彼女は振り向いた。そこに彼はいた。
「奥方、遅れてしまいました。申し訳ありません」
 マウリツィオは申し訳なさそうに部屋に入って来た。
「本当です。私がどれだけ待ち焦がれたと思っているのですか」
 公爵夫人は彼を咎めるような顔で言った。
「全く、人を待たせるのは罪ですよ」
「申し訳ありません」
 公爵夫人の言葉に対して彼は頭をうなだれた。
「けれどいいですわ。来て下さったのですもの」
 彼女はそう言うとニコリと笑った。
「けれどどうして遅れたのですか?」
「実は後をつけられまして・・・・・・」
 彼は表情を暗くして言った。
「一体誰に!?」
 公爵夫人はそれを聞いて顔を引き締めた。
「見知らぬ男二人組です。私が近寄ると彼等は逃げ去りましたが」
「本当ですか!?」
「私が嘘を言うと思われますか?」
 彼は真摯な顔で彼女に言った。
「それは・・・・・・」
 彼女は彼の言う事を肯定しようとする。だがその時彼の胸にあるすみれの花に気付いた。アドリアーナが送ったあのすみれの花である。
「それは芳しい贈り物が証明しておりますわ」
「それは何ですか?」
 マウリツィオはその言葉にキョトンとした。
「これですわ」
 彼女はそう言ってマウリツィオの胸のすみれの花を取って彼に見せた。
「あっ、それは・・・・・・」
 マウリツィオはそれを見てハッとした顔になった。そして内心舌打ちした。
「それは・・・・・・?」
 公爵夫人は彼の顔を見て媚惑的に微笑んだ。
「これは貴女への贈り物です、マダム」
 彼はそう言ってそのすみれの花を彼女に握らせた。花は彼女の手の中で柔らかく握られた。
「あら、本当ですか?誤魔化すのがお上手なんだから」
「誤魔化しているわけではありませんよ、神に誓って」
「私にも誓って下さいますか?」
「勿論です」
「それではわかりました。有り難く受け取らせて頂きます」
 彼女はそう言うとすみれの花を胸にさした。そしてマウリツィオに自分の手を差し出した。
 
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