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銀河英雄伝説~美しい夢~

作者:azuraiiru
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第二十九話 副将




帝国暦487年  7月 9日  オーディン 宇宙艦隊司令部  ラインハルト・フォン・ミューゼル



休暇中の所を急遽宇宙艦隊司令部に出頭するようにと呼び出しがかかった。呼び出しをかけてきたのは宇宙艦隊総参謀長メックリンガー中将だ。何事かが起きている、可能性として一番高いのは反乱軍がイゼルローン要塞に押し寄せてきた、二番目に考えられるのは何処かの馬鹿貴族が反乱を起こした、そんなところだろう。だとすると俺の役割はイゼルローン要塞への援軍か、あるいは反乱の鎮圧……。さて、一体どちらか……。

キルヒアイスと共に宇宙艦隊司令部に行くとそのまま司令長官室に直行させられた。途中、何人かの軍人に出会ったが皆敬礼を送ってくる。昔は気付かぬ振りや出会わぬように俺を避ける人間が多かったが最近はそんな事をする人間は少なくなった。軍人だけではない、貴族の中にも微かに目礼を送ってくる人間が居る。

ブラウンシュバイク公が何かと俺を気遣ってくれるため俺を無視するのは得策ではないと皆が思い始めたらしい。俺としては敬意を払われるのは嬉しいのだが急いでいる時には答礼するのが面倒で昔の方が良かったと思う時が有る。人間とは勝手なものだ、無視されれば腹が立ち敬意を払われれば面倒だと思う。最近はつくづくそう思う。ブラウンシュバイク公も同じような思いをしているのかもしれない。

司令長官室にはブラウンシュバイク公、メックリンガー総参謀長、シュトライト副参謀長が居た。皆厳しい視線を俺に向けてきたがブラウンシュバイク公だけは俺を見ると微かに笑みを浮かべたように見えた。
「ミューゼル大将、出頭しました」
「ミューゼル提督、御休みの所、申し訳ありません」

ブラウンシュバイク公が丁寧に休みに呼び出したことを詫びてきた。こういうのはちょっと遣り辛い。何か有った事はこっちも分かっている、遠慮しないで言って欲しいんだが公はそういうところは律儀だからな……。
「いえ、そのような事は。何事か起きたのでしょうか?」
「ええ、ちょっと……。もう少し待って貰えますか、後三人来るのです。一度に話した方が良いでしょう」

後三人? 艦隊司令官か……、だとすると馬鹿貴族の反乱ではないな。おそらくはイゼルローン要塞に反乱軍が押し寄せたのだろう……。五分と経たぬうちに、ケンプ、レンネンカンプ、ファーレンハイトの三人が司令長官室に飛び込んできた。大袈裟ではなく本当に飛び込むように部屋に入ってきた。どうやら走ってきたらしい、僅かに息を切らしている。

「揃ったようですね、では始めますか。実はフェザーンからちょっと困った連絡が有りました」
フェザーンから? ちょっと困った連絡? 思いがけない言葉だ、イゼルローン要塞に反乱軍が押し寄せたと言うのではないのか……。ケンプ、ファーレンハイト、レンネンカンプも訝しそうな表情をしている。

公が視線をメックリンガー総参謀長に向けた。メックリンガーが頷いて後を続ける。
「ここ二週間ほど前から反乱軍の艦隊で動向の掴めない艦隊が有ると、フェザーンの自治領主、アドリアン・ルビンスキーからレムシャイド伯爵に連絡が有ったそうです」
ケンプ、ファーレンハイト、レンネンカンプの顔から先程まで有った訝しそうな表情は消えた。三人とも緊張を見せている、おそらくは俺も同様だろう。訓練なら良いがそうでなければ反乱軍の艦隊はイゼルローン要塞に向かっている可能性が高い。

「二週間ですか、となると……」
「あと十日もすればイゼルローン要塞に辿り着くな」
ケンプ、レンネンカンプ、二人が呟くような口調で言葉を出す。確かに、報せが事実なら彼らの言う通りだろう。オーディンからイゼルローン要塞までは約四十日、一月ほどはイゼルローン要塞は単独での防衛戦を強いられることになる……。

「しかし、二週間とは……。フェザーンからこちらへの報告が随分と遅いと思いますが……」
俺が問いかけるとブラウンシュバイク公が笑い出した。
「フェザーンの言い分では確認をしていて手間取ったのだとか……、なかなかうまい言い訳ですね」
笑っているのは公だけだ。他は皆顔を顰めている。やはりフェザーンは帝国の敗北を望んでいるようだ。

「閣下、笑いごとではありますまい。レンネンカンプ提督の言う通り、あと十日もすれば反乱軍がイゼルローン要塞に押し寄せてきます」
ファーレンハイトがブラウンシュバイク公を窘めたが、公は気にした様子を見せなかった。

「もっと早いかもしれませんよ、ファーレンハイト提督。二週間と言うのはあくまでフェザーンの言い分です、明日イゼルローン要塞が反乱軍の大軍に囲まれても私は驚きません」
公の指摘にケンプが唸り声を上げた。なるほど楽観はしていない、公は危険を十分に認識しているようだ……。

一人上機嫌なブラウンシュバイク公にメックリンガー総参謀長が困ったような視線を向けて溜息を吐いた。
「元帥閣下、ファーレンハイト提督の言う通りです。笑いごとではありますまい」
「いや、フェザーンも知恵を絞るものだと思って感心したのですよ。なかなか楽しませてくれる」
また総参謀長が溜息を吐いた。そして俺達に視線を向けてきた。
「……既にイゼルローン要塞には警告を発しました。オーディンからも援軍を送ります」

「では我々が」
「ええ、ミューゼル提督には増援軍の総指揮官としてケンプ提督、レンネンカンプ提督、ファーレンハイト提督を率いてイゼルローン要塞へ行って貰うことになります」
メックリンガー総参謀長の言葉に身体の中に熱い物が溢れた。増援軍の総指揮官、四個艦隊の指揮権は俺に有る。これ程の大軍を率いるのは初めてだ。思わず手を握りしめた。

昂る気持ちをじっと噛み締めていると俺の耳にブラウンシュバイク公の声が聞こえた。
「ミューゼル提督、動向の掴めない反乱軍の艦隊ですが第五、第十、第十二の三個艦隊だそうです」
ブラウンシュバイク公の口調は何気ないものだったが司令長官室の空気は一気に硬いものになった。第五、第十、第十二……、いずれも反乱軍の精鋭部隊だ、油断は出来ない。

「反乱軍の中でも精鋭部隊と言って良いでしょう、油断は出来ません。それに他にも動員している艦隊が有るかもしれません。フェザーンは敢えて第五、第十、第十二の名前を出す事でこちらの注意を引きつけようとした可能性も有ります」
公はもう笑っていない。

「確かに」
「向こうに着いたらグライフス方面軍司令官と協力して反乱軍を撃退してください。留意すべきことはイゼルローン要塞の保持を第一とする事、むやみに戦線を拡大しない事の二点です、それ以外はミューゼル提督に一任します。質問は有りますか?」

「いえ、有りません」
俺の返事に公が頷いた、そして他の三人にも視線を向けた。誰も何も言わないのを確認するとブラウンシュバイク公はもう一度頷いた。
「ではミューゼル提督、後はお願いします。出立が何時になるか、決まったら教えてください」
「承知しました」

司令長官室を辞去し、ケンプ、レンネンカンプ、ファーレンハイトと一時間後にブリュンヒルトで打ち合わせをする事を決めた。それまでに彼らは自分の艦隊が出撃までどの程度の時間が必要か確認してくるだろう。俺も大体の所は分かっているが再確認しなくてはならない。

ブリュンヒルトではケスラー達が俺を待っていた。俺が司令長官に呼ばれた事はキルヒアイスが皆に伝えてくれていたから話は早かった。出撃を想定して準備に取り掛かっていたらしい。補給、さらに艦を離れている将兵を呼び戻すのに大体二十四時間必要だという。妥当と言って良いだろう。

司令長官室での事を皆に話すとブリュンヒルトの艦橋には興奮の声が湧き上がった。
「最低でもその三個艦隊が動いているのは事実でしょう。精鋭部隊ですな、反乱軍も余程の覚悟とみえます」
「油断は出来ません」
ロイエンタール、ミッターマイヤーの言葉に皆が頷いた。

「それにしても四個艦隊の指揮官ですか、ブラウンシュバイク公は閣下を信頼しておいでですな」
「……そう思うか、ケスラー」
俺が答えるとケスラーが妙な表情を見せた。ケスラーだけでは無い、皆が訝しげな表情をしている。

「何か有りましたか?」
「いや、司令長官室でイゼルローン要塞の保持を第一とする事、むやみに戦線を拡大するなと言われた。宇宙艦隊はまだ編成途上にある以上、当然ではある。だが私とてそのくらいは分かっている……」
俺は信用されていない、ブラウンシュバイク公に子供扱いされている、あの時そう思った。

いきなりケスラーが笑い出した。皆が驚いて見守る中一人ケスラーが笑う。子供じみているとでも思ったか、不快感が身を包んだ。
「何がおかしい!」
我ながら険しい声だった。ケスラーは笑うのは止めたがおかしそうな表情をしている。むっとして睨みつけた。

「申し訳ありません。ですがブラウンシュバイク公が心配したのはミューゼル提督の事ではないと小官は考えます」
「……」
「公が心配したのはその場に居た三人の提督方の事でしょう」
三人? ケンプ、レンネンカンプ、ファーレンハイト? 何か有ったか? 周囲を見ると皆が何処となく納得した様なそぶりを見せている、キルヒアイスもだ。彼らには思い当たる節が有ると言う事か……。

「どういう事だ?」
「ケンプ提督、レンネンカンプ提督、ファーレンハイト提督、三人とも公に抜擢され少将から中将に昇進して艦隊司令官になりました。その事を大分意識しているようです、訓練も他の提督達に比べるとかなり早く終わらせています。焦りが有るのかもしれません」

「あ……」
思わず声が出た。そういう事か、ケスラーが何を言いたいのか、皆が何を納得したのか、ようやく分かった。公はあの時、俺に方針を伝えた後三人に視線を向け確認していた。あれは……。

「お分かり頂けましたか」
「ああ、卿が何を言おうとしたのか分かる様な気がする」
ケスラーの笑みが大きくなったが俺の腹立ちは治まっていた。

「武勲を上げようと焦るあまり無茶をしかねない、ミューゼル提督の指揮にも素直に従わない可能性が有る、そう思われたのでしょう。それ故敢えてその場で基本方針を示されたのだと思います」
「小官も参謀長の仰る通りだと思います、現場で混乱するようでは反って反乱軍に付け込まれかねません」

「そうかもしれない……。しかし、私はそれほど頼りないと思われたか。彼らを押さえられないと思われるほど……」
ケスラー、ミュラーの言う事はもっともだ。だがそれでも不満は有る。やはり子供扱いされている、年が若いから軽く見られるのか……。腹立ちは治まったが不満は残った、公に、そして三人に。

「そうは思いません。ミューゼル提督の方が階級が上ですし最終的には彼らも提督の指示に従ったはずです。しかし反発はしたでしょうししこりが生じる可能性は有りました。後々の事を考えれば決して良い事とは言えません。多分ブラウンシュバイク公はそれを考慮したのでしょう」
「……」

ケスラーの言葉に皆が頷いている。言っている事は理解できる。公が俺の立場を慮ってくれた事もだ。だがそれでも不満は消えない。
「不満に思うというのは我儘なのだろうな」
俺の言葉に皆が苦笑を洩らした、キルヒアイスもだ。分かっている、子供じみた不満だ……。

「その通りです、我儘です」
「ケスラー……」
厳しい表情をしている。ケスラーは呆れているのだろう、度し難いとも思っているのかもしれない、内心忸怩たるものが有った。

少し気まずい空気が漂ったが、ケスラーは表情を変えることなく言葉を続けた。
「ブラウンシュバイク公を除けば宇宙艦隊における最上位者はミューゼル提督です。いわば公の副将と言う事になりますがミューゼル提督が若く経験が少ないという事で多くの者が提督にその役が務まるのかと疑念を持っているのが現実です」

「ケスラー参謀長!」
キルヒアイスが声を上げたが、ケスラーは手を上げてその先の発言を封じた。
「ブラウンシュバイク公も当然ですがその事は知っているでしょう。その上でミューゼル提督に四個艦隊を預け援軍の総指揮官に任命しました。提督を信頼していなければ出来る事ではありません。もし信頼していないのであれば公自ら艦隊を率いてイゼルローンに向かったはずです」

ロイエンタール、ミッターマイヤー、ミュラーが神妙な表情で聞いている。キルヒアイスでさえケスラーをもう止めようとはしない。
「ブラウンシュバイク公は四個艦隊をミューゼル提督に預ける事で提督が宇宙艦隊のナンバー・ツーであること、自分の副将として数個艦隊を率いる事が有る、それが出来る能力を持っているのだと周囲に示しているのです」
「……」

「そのために提督の立場を少しでも良くしようとしているのだと小官は考えています。決して提督を侮っての事ではありますまい、今後の軍の事を考えての事です。それを不満などと言えば、今度はミューゼル提督が周囲から副将としての資格なしと非難を受ける事になるでしょう」
「……」

厳しい言葉だ、だが胸に沁みた。ケスラーは俺を心配してくれている。昔は無視されることに慣れていた、その事で自分を奮い立たせた。だが今は受け入れられ、気遣われる事に慣れ、その事で新たな不満を持つようになっている。ケスラーの言う通り我儘以外の何物でもない。

「ケスラー参謀長、卿の言う通りだ、私の心得違いであった」
俺が詫びるとケスラーの表情が緩んだ。
「いえ、御理解頂けました事、嬉しく思います。また、いささか言葉が過ぎました事、お許しください」
「いや、卿の諫言、胸に沁みた、礼を言う。これからも私に過ちが有ったら遠慮なく正してくれ」
「はっ」

周囲にホッとした様な空気が流れた。皆安心したのだろう。
「昔を思い出した、ブラウンシュバイク公に随分と厳しい事を言われた事が有る。個人の武勲ではなく軍の勝利のために行動せよ。そうでなければ誰も付いて来ない、孤立し結局は何も出来ずに終わると……、今ケスラー参謀長に同じ事を言われている、進歩が無いな、私は……」

自嘲が漏れた。……俺は心の何処かで公に張り合おうとしていたのではないだろうか。軍の勝利のためではなく自分の勝利のため、それを優先しようとしなかっただろうか……。俺は未だにあの件について答えを出していない。これからも皇帝になる事を目指すのか、それとも諦めてブラウンシュバイク公に協力するのか……。俺もキルヒアイスもその問題から故意に目を逸らし先送りしている……。だから公の好意を素直に受け取る事が出来なかった、不満に思った……。

「……閣下はブラウンシュバイク公の言葉を覚えておいででした。今もケスラー参謀長の諫言を受け入れておいでです。進歩が無い等と卑下なさる事は有りますまい」
「ミュラー……」
ミュラーが俺を労わる様な目で見ている。

「ただ、気を付けなければなりません。地位が上がればその分だけ周囲の注目を浴びます。何気無い一言、他愛無い一言が大きな反響を呼ぶのです。閣下はもうそういう立場に居るのだと御理解下さい。ケスラー参謀長の諫言もそれが有るからだと小官は思います」

ケスラーを見た、ミュラーの言葉に頷いている。
「そうか……。ミュラー少将、良く分かった。以後は気を付けよう」
気を付けよう、そして答えを出そう。何時までも問題から目を背けるべきではない、今のままでは不安定なだけだ……。




 
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