ソードアート・オンライン 穹色の風
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アインクラッド編
思わぬ懺悔、そして攻略へ
その後、攻略会議はそれぞれのパーティーリーダーの短い挨拶と、ドロップしたコルやアイテムの分配方法の確認をして終了。マサキたち四人は日が暮れたトールバーナの町を連れ立って歩いていた。
とはいえ、そこに何らかの意図が存在するわけではない。ただ、何とはなしに、というのが理由のほとんどだった。
「……で、説明って、どこでするの」
レイピア使いの小さな声に、キリトは一瞬頭の上に疑問符を浮かべそうになり、慌ててそれを取り消す。
「あ、ああ……俺はどこでもいいけど。そのへんの酒場とかにするか?」
「……嫌。誰かに見られたくない」
キリトは一瞬精神的ダメージでノックバックしてしまいそうになるが、足を踏ん張って何とか耐え、代替案を探す。と、マサキがここに助け舟を出した。
「それじゃ、俺たちが泊まってる宿のレストランはどうだ? 分かりにくい路地裏にあるから食事に来るプレイヤーは皆無だ」
「……でも、他に泊まっている客がいるでしょう?」
マサキの言った場所をβテスト時代の記憶から引っ張り出したキリトは、その手があったか! と、ポンという音と共に手を打つ。しかし、細剣使いの声色からはまだ納得していないことが窺えた。
「いや、それが、かなり小さな宿だから、部屋が二つしかないんだ。俺とマサキで埋まってるから、その心配もない」
訝しげな声でアスナが呈した疑問にトウマが答えると、細剣使いはしばし考え込み、数秒後、「なら、そこでいいわ」と小さく答えた。
十五畳ほどの年季の入ったフローリングに、これまた古ぼけた木製の丸テーブルと四脚の椅子のセットが三つ。これが、マサキたちが借りている宿が運営しているNPCレストランの全てだ。味はまあ悪くないのだが、如何せん見た目と立地条件が悪く、この日も他のグループの姿は見えない。
それでも細剣使いは部屋全体を見回して、このレストランが自分たちの貸し切りであることを確認してから、ようやく少しだけ警戒心を解いて椅子のうちの一つに座った。しばらくしてオーダーを取りに来た店員にそれぞれ注文すると、視線に促されたキリトがアスナに向けて説明を始める。
説明は十分程度、料理が運ばれてくる直前で終わり、その後は四人とも、ただ黙々と料理を口に運び続けた。マサキはキリト辺りが話題を振ってくるものと思っていたが、本人はその予想とは裏腹に黙りこくっていた。目は何かを迷うように伏せられ、こちらから話しかけるのも何となく憚られる。いつもはマサキに対して色々と喋りかけるトウマの顔にも不安の色が滲み、喋りだそうという雰囲気は皆無。しかも、不安の色はキリトが口を閉ざしている時間と正比例しているようにも見える。食事時でもフーデッドケープを取らない細剣使いは言わずもがな。食事会は重い空気に包まれていた。
「……ごめん!」
全員の前に並べられた皿の中身が綺麗に平らげられたとき、沈黙はキリトによって突如破られた。そのあまりにも突然な叫びに全員が――あの細剣使いでさえも――目を丸くして彼に視線を向ける。視線の先のキリトは自分のひざに手を突き、額をテーブルに擦り付けたままで続けた。
「俺、ずっと悪いって思ってた。――あの時、マサキを放って俺だけ次の村へ向かって、一人で強くなって……。もし俺が、あの時マサキやクラインの面倒をきちんと見ていれば、多分今頃皆でもっと強くなれてたはずだ。……俺は……、俺は自分一人が強くなるために、マサキたちを見捨てたんだ……」
心外だった。マサキはキリトに見捨てられたなどと思ったことは無いし、そもそも誘いを断ったのは自分の方だ。どう考えても、これでリタイアになった場合に非があるのはマサキの方だろう。
しかし、搾り出すように話すキリトの言葉からは後悔と自責の念が滲み出ている。マサキはどうしたものか一瞬考えると、口を開いた。
「いや、誘いを断ったのは俺の方だ。キリトは悪くないさ」
マサキは何とか文章を述べたが、それは彼の知能指数からすればあまりに月並みなものだった。それほどまでに、キリトの言葉はマサキの想定を超越していたのだ。
「本当に済まない……。俺に出来ることなら、何でもするから……」
キリトはその言葉にも全く反応せず、ただ申し訳なさそうに頭を下げ、謝り続ける。文末の最後に「許してくれ」の一言がなかったのは、“自分のしたことは償いなしに許されるべきではない”というキリトの考えの表れだったが、マサキはそれにも気付かない。何とか思考を冷却させようと一度大きく息を吐き出し、背もたれに体重を預ける。
(さて、どうするべきか……。この様子だと、「大丈夫だ」って言ったところで意味はないだろうしな。――いや、これは上手くすればチャンスになるな)
マサキは思い付きを試すべく、今までよりも真剣な顔でキリトに向き直って、再び話し出す。
「――キリト、お前の気持ちは分かった。でも、別に俺はお前を恨んでなんかいない」
「……でも、俺はそれじゃあ駄目なんだ! ……頼む、マサキ。俺に……罪を償わせてほしい」
先ほどよりも懇願の色が濃くなったキリトの言葉に、マサキは数秒間、右手を顎に当てて考えるしぐさを見せた後、ゆっくりと頷いた。
「……分かった。それじゃあ、お前には一つ要求を呑んでもらう」
「……分かった。何なりと言ってくれ」
ここでようやくキリトは顔を上げ、まっすぐマサキを見る。マサキもキリトの瞳を見据え、話を続けた。
「キリトには、これから俺がβテスト時の情報を要求したとき、絶対に答えてもらう。例えそれがどんなものであろうと、だ。異議は認めない。以上」
「え……?」
今度はキリトが驚く番だった。何せ、一歩間違えれば、マサキはいつ死んでいてもおかしくなかったのだ。確かに彼の見せたセンスは他人のそれよりも頭抜けていたが、だから安全という訳ではない。現に、既に千人以上の人間が亡くなっていて、その中には今日のキバオウが言っていたように、他のMMOでトップを張っていた連中も混ざっている。そのことを考慮すれば、マサキにはもっと重い罰を自分に与える権利があるはずで、実際、キリトは例えアイテムとコルを全て渡せと言われても、それに従うつもりでいたのだ。
「二度は言わないぞ」
あからさまに困惑しているキリトに対し、マサキは穏やかな微笑と共に告げる。すると、マサキの予想通りにミスリードされたキリトは、肩を震わせながら掠れた声で何かを呟いた。あいにくとそれはマサキの耳には届かなかったが、マサキの目は、キリトの唇が「ありがとう」の音を出すときの形に動いたのを見逃さなかった。
翌日、マサキとトウマが三度噴水広場に向かうと、既にそこにはキリトとアスナの姿があった。ここでマサキがちらり横目で隣を見ると、一瞬だけトウマの表情が崩れるのを視界の端で捉える。アルゴの時もそうだったが、どうして彼は二人の時とこうも態度が違うのだろうか。マサキとの初対面の時も似たようなものではあったが、あの時は一日でかなり変わった以上、ただの人見知りだということは考え難い。そのほかにもう一つ、マサキとしては見当を付けていたのだが、どうにも理由として弱い。考えられなくはないのだが、それだけでここまで弱気になるのかと問われれば疑問が残る。
(まだ情報が少なすぎるか)
マサキは今の段階で結論を出すことを諦め、思考中にすぐ近くまで辿り着いた人物の肩――もちろん片手直剣使いの方だが――に手をかけ、振り向いたところで挨拶を交わす。相も変わらず線の細い顔からは、昨日の不自然さはもう感じられなかった。
その後、しばし四人でボスについて話し合っていると、茶髪をいくつもの棘状にカスタマイズした男性が、招かれざる客としてこちらにやってきた。
「おい」
こちらも以前と変わらず非友好的な濁声。キリトが振り返ると、そこに立っていたキバオウはただでさえ人相の悪い顔をさらに憎々しげに歪めながら四人を睨みつけ、いつもよりも一層低い声で言った。
「ええか、今日はずっと後ろに引っ込んどれよ。ジブンらは、わいのパーティーのサポ役なんやからな。大人しく、わいらが狩り漏らした雑魚コボルドの相手だけしとれや」
言いたいことを散々一方的にのたまった後、キバオウは仮想の唾を道に吐き出してから身を翻した。
「…………」
「……何、あれ」
マサキがおどけたように肩をすくめる隣で、アスナが呟いた。彼女の視線にキリトが気付き、口元を引きつらせる。よっぽど恐ろしい目をしているんだろうと思いつつ、マサキが逆サイドのトウマに目をやると、案の定彼の顔は恐怖と不安に揺れていた。
今日のボス戦に影響が出なければいいが、とマサキは不安に思ったが、突如発生した歓声がその思考を吹き飛ばした。
見れば、ディアベルがいつも通りの美声を中央で張り上げ、それに呼応して周りから歓声と拍手が地鳴りのように響き、一気に広場を包む。マサキも耳を塞ぎたい衝動を必死に堪え、最初は騒音で、続いてもう一つの理由で顔をしかめた。すると、キリトも同じことを考えたのか、真剣な表情でマサキにささやく。
「……マサキ、トウマ。――どう思う?」
「緊張を取るのはいいが、少しやりすぎだな。もっとボス戦の回数を重ねてからなら分かるが……今の段階でそれをやるのは時期尚早だ」
マサキが叩いていた手を止めて答えると、トウマも真剣そうに頷いた。まだ熱狂の渦に呑み込まれている観衆を見回すと、後方のエギルたちB隊だけは緊張感を保っている。
マサキは彼らに対する信頼度を少しだけ引き上げて、再び中央に視線を戻す。ディアベルが張り上げた声に続いて湧き上がった歓声は、マサキの脳裏で何故かデスゲーム初日の絶叫を想起させた。
後書き
次回、ようやく戦闘パートに入りますので、お楽しみに。
ご意見、ご感想などありましたら、感想版にてお気軽にどうぞ。
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