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IS〈インフィニット・ストラトス〉駆け抜ける者

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第5話

昨日のように感じる俺の戦いも遥か過去に流れ去り、今は六月の頭。

久々に友人の弾に会うと言うことで一夏は居らず、転生して知り合いもへったくれも皆無な俺は手持ち無沙汰。

篠ノ之やオルコット、凰(ファン)とは一夏を通じて会話や訓練の指導に付き合ってくれるようになったが、特別仲がいい訳でもない。

ゼロはゼロでデートだとか。…凄く…、寂しいです…っ!

「勉強でもするか。無駄に絶対ならないからな」

寝転がっていたベッドから起き上がり、電話帳のような分厚さの参考書とルールブックを手に机に向かう。

ぼっちだからとか暇潰しの手段が無いからとか言う理由で勉強するのでは無い。
自分の為になるから勉強するのだ。ネガティブな理由では決して無い。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「あーっ、手が疲れた…」
「お帰り、何かあったか?」

ちょびちょび休憩を挟みながら勉強を続け、読破して少し後に一夏が帰ってきた。

「弾とエアホッケーして来た。記録更新」
「またコアなチョイスを…」
「トモも来れば良かったのに。弾が付き合い悪いってぼやいてたぞ?」
「気分が乗らなかったんだ。機会があれば顔を見せに行く」

一夏の言う五反田弾は友好的だが、妹の蘭はあまり俺を良く思っていない。

胸に何かしら秘めているのだろう、一夏と話を弾ませると面白く無さそうな表情をしていた。

と言っても、この記憶は神様が後付けで刻み込んだ物だから、実際はその場には居なかったが。

「そう言えば、来年蘭が此処を受けるらしい。受かったら指導するって約束して来たから、トモも出来る限り手伝ってくれ」
「…お前はそうやって安請負を…」

約束するのは勝手だが、お前に好意を抱く少女達の事も考えてやって欲しい。

時々嫉妬のとばっちりが飛び火してくるのだ、それが増えでもしたら恐ろしくてたまらない。

それ程乙女心は複雑で、苛烈な物なのだ。

「それはそうと…、うーん…」
「…悩み事か?」

一夏は問題は起こすが、コレといったトラブルは抱え込まない。

何かに悩むことは多くない。

「箒が、な。今月の学年別個人トーナメントに優勝したら、付き合ってくれって…、はあ」

一夏の溜め息を聞きながら、俺は感心していた。一夏と篠ノ之の両名にだ。

篠ノ之の勇気を出して一歩踏み込んだ事もそうだが、一夏がその是非で悩んでいる事に俺は感動した。

篠ノ之がもし優勝すれば、一夏は篠ノ之と交際を迫られるだろう。

しかし、その関係には、一夏の意志が放置されている。

篠ノ之の想いを尊重した上で、最善を尽くそうと悩む一夏の姿に、微笑ましくなった。

「勝てば何も問題は無いだろ?」
「いや、買い物位、いつでも付き合うのになってな」

…は?買い物?

「話が見えないんだが?」
「違うのか?俺は買い物に付き合ってくれって言ったものだと…」

どうしよう、一夏の鈍感ぶりに頭を抱えたくなった。

これでは勇気を出した篠ノ之が可哀想だ。

男女交際を真剣に考えていたと思った、俺の感動を返してほしい。

「後の事は後で考えろ。そろそろの夕飯の時間だしな」
「そうだな、よっと!」

寝転がっていたベッドから弾みをつけて起き上がり、一夏がドアに向かい、ノブに手をかけた時にノックが響いた。

『一夏、居る?』
「おう」

ドアの向こうに一夏が返事をして開けると、少し驚いた様子の小柄な少女が。

「い、いきなり開けないでよ!びっくりするでしょうが」

彼女は凰 鈴音(ファン・リンイン)。一夏の二番目の幼なじみ。IS『甲龍』の専属操縦者。

活動的なツインテールの美少女。色々小さい。

「今何か言った?」
「何も言ってないが?」

気にすることがあるのか、彼女は自分の体型の事を鋭く感知する。

もっとも、感づかれやすいのは一夏の方で、俺が察知されたことは今のを含めても僅かしかない。

やはり、乙女心は複雑怪奇にして、予測不能な力を秘めているのであろう。

「で?凰は一夏を誘いにきたのか?」
「ご明察。雨の日に捨てられている犬をかわいそうと思うくらいの優しさは、持ち合わせがあったからね」

一夏犬っぽいか?…ぽいな。

「そりゃどうも。じゃあ食堂へ行こうぜ」
「悪いが、片付けが残っている。凰と二人で行ってくれ」
「そうか?なら行くか鈴」
「ええ。(ありがと、丹下)」

一夏に見えないように口パクで感謝を伝え、凰は一夏と食堂へ向かっていった。

手早く片付けを終わらせ、部屋を、ベッドを一瞥して、悪いことを考えた。

「一夏、君が鈍感でなければ、俺もこんな事はしなかった。恨むなら己の鈍さを恨むがいい!」

ベッドの掛け布団と枕をそっくり入れ替えてやる。

小さな悪戯を仕掛け、食堂へ向かう。
ふん!精々先に床について、違和感に苛まれるがいい!!

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

食堂は女子たちの会話で毎日賑やかだが、今日は特別賑わっていた。

一夏を探して見つけたが、生憎凰達女子に周りの席が固められている。

知り合いの姿も無く、仕方なしに隅の方の空席を確保する。

一人寂しく飯を食べていると、

「…よう、ハル。ここ、いいか?」
「…ゼロ?」

何とも珍しく、宮間さんものほほんさんも側にいない、若干やつれたゼロが正面の席に座った。

「デートで修羅場?」
「いや、最高に仲良くやってる。二人とも、激しくてな…」

疲れた顔ながら、どこか嬉しそうなゼロ。何があったか知りたくない。

「そういやハル、先生が職員室に来いって言ってたぞ」
「いつ?」
「ついさっき。帰ってきてばったり会って、言伝頼まれただけだ」
「分かった、食べたら行くよ」

会話中も箸は止めていなかったので、もうすぐ食べ終わる。

「え゛!?食べるの速すぎるだろ!?」
「いや普通だよ。何をそんなに驚いているんだ」
「頼む!もう少しだけ俺に時間をくれ!」

必死なゼロ。何が彼を、ここまで駆り立てるのか。

「二人に求められすぎて、ヘトヘトなんだ!ハルからも二人に…!」

下らん。イチャつくなら余所でやれ。

残っていた夕食を流し込み、足早に食堂を出て行く。

打ちひしがれたゼロの表情に、少しだけ罪悪感が生じた。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

先生の呼んだ理由は、ISの登録と、それに関連する諸々の書類の署名であった。

手間はかからないが枚数が多い。

しかし、必要な事なので黙々と署名していく。

「休日に呼び出してすまないな、丹下」
「こういうのは、忘れると大変ですから問題ありません、織斑先生」
「そうか、しかし、お前は真面目だな、一夏やグランツも見習ってほしいものだ」
「良いんですか?一夏を名前で呼んで?」
「今はお前と私しかいない。構わんさ」

ニヤリと笑ってみせる織斑先生。一々仕草が男らしさに溢れている。

「一夏は素で女を落とすからな。私も姉で無かったら惚れていたかもしれん」
「否定はしません。あいつ、いい男ですから」

書く手を止めずに会話を続ける。

「グランツは、女を大事にする奴だ。故に、押しにすこぶる弱い」
「…仰る意味が分かりませんが?」
「下品な話になるがな、今日帰ってきたゼロに言伝を私が頼んだんだが…、奴はやつれていて、両腕にくっついていた二人は血色良好と言うか…、」

言葉を選んでくれている先生には悪いが、分かった、分かってしまった。

お疲れ様、ゼロ。今夜も頑張って。

ゼロを愛する少女達を止める手段を持たない俺には、彼の無事を祈るしかない。

まあ、無事なら無事で腹が立つのだろうが。

「その点、お前はしっかりしているからな。『きょうだい』も安心だろう」

…きょうだい?巨大じゃなくて、血縁の兄弟ですかな?

「先生、俺は一人っ子ですよ?」
「何を言っている。親が再婚して、義理の姉と妹が居るだろうが」

き、聞いてないぞ、そんな家庭事情は!我が家はどうなってしまったと言うのか!?

「冗談は上手くないな、丹下。色々あって暫く顔を会わせていないが、家族だろう。まあ、過保護な姉に辟易しているのは知っているがな」

初耳です。姉と妹が居ると言うのも初耳なら姉が過保護と言うのも初耳です。

「それも大事に思ってくれての事だ。蔑ろにはするな」
「…分かってますけど…」

口ではこう言ってみせたが、胸中は戸惑いで一杯だ。転生前の両親は双方健在で、離婚のりの字も無かった。

しかし、今は家族が変わって姉と妹が追加。驚かないわけがない。

しかも、元々一人っ子だった俺に接し方など分かるはずもない。

見知らぬ姉と妹との付き合い方に頭を悩ませながら、書類を書き上げて提出し、職員室を後にする。

部屋に戻る途中に、ゼロの部屋を通った際、騒がしい音が聞こえた気がしたが、きっと俺の気のせいだ。絶対そうだ。
 
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