薔薇の騎士
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第一幕その七
第一幕その七
「わしの領地の男達は皆逞しくて景色はよくてな」
「左様ですか」
「皆わしの誇りじゃよ」
本当に領民には親しみを感じているらしい。
「娘達は奇麗で母親達はしっかりしている。学生は勉強好きだし子供達は元気だ」
「いい人達ばかりなのですか」
「わしの宝物じゃ」
離す顔が本当に楽しそうである。
「それも見せてやりたいのじゃよ。ウィーンもいいがそこもまたいいぞ」
「あの、男爵」
また夫人は彼を窘めてきた。
「御領地のことはわかりましたので」
「おっと、左様ですか」
釘を差されたのですっと引き下がる。そのうえで礼儀を整える。
「失礼しました」
「下がって」
「はい」
夫人はまずは執事を下がらせた。そうして彼が下がってからまた男爵に声をかけた。
「あまり御自身のことを仰るのはどうかと思いますが」
「すいません。ですが」
彼はまた言うのだった。
「ここはいい場所ですな」
「またどうしてですか?」
「こう言っては何ですが落ち着いた雰囲気です」
こう夫人に対して述べるのだった。
「スペイン風の物々しい振る舞いも不要ですし」
「主人は今のスペインは好きではないですので」
かつてはハプスブルク家のものだったがスペインのハプスブルク家が断絶し代わりにその因縁あるフランスのブルボン家が入ったのである。スペイン継承戦争の時のことだ。
「あえてそうしております」
「そうなのですか」
「はい。それでですね」
夫人はさらに言葉を続ける。
「あまりマリアンデルには近付かないで下さい」
「別に近付いてはいませんが」
「本当ですか?」
「私をお疑いになるので?」
「別にそうではありません」
言葉の外に真意を隠してやり取りをする。
「ですが。彼女はまだ十七ですし」
「可愛い年頃ですな」
ここでそのマリアンデルことオクタヴィアンはそっと男爵の後ろに来る。
「むっ、まるで山猫の様に」
そのオクタヴィアンを横目で見てまた笑う。
「またいい感じに」
「何だか怖いわ」
「あら」
ここで夫人はオクタヴィアンもそのマリアンデルになりきっているのを見た。それを見て心の中では笑う。
「カンカンもやるわね」
「この方の側に寄るとどうなるか。奥様、怖いです」
「わしを怖れることはないんだよ」
男爵は男爵でこうそのマリアンデルに囁く。
「わしのところには奇麗な草原があって枯草にも藁にも困らない」
別に家畜の餌としてだけ言っているのではない。
「鹿も雉も元気だし木には果物があるし麦も一杯ある。何よりも皆わしの誇りとするいい者達なのだよ」
「男爵、ですから御自身のことは」
夫人もオクタヴィアンに合わせて男爵に言う。
「ジュピターになってしまいますわよ」
「千の姿で千の娘に声をかける」
ジュピターは好色な神である。少なくともそれで有名である。
「それもまたよしですがな」
「ですが花には時として棘がある」
そっと薔薇を出してきた。
「御気をつけあそばせ」
「中々きついお言葉で」
流石に今の言葉にはさしもの男爵も動きを止めた。
「では自慢はこの位にしておきます」
「はい。そういうことで」
「しかしですな」
言った側からまた言う男爵であった。中々めげない御仁ではある。
「奥様、このメイドですが」
「マリアンデルが何か」
「私の花嫁の側に置きたいのですが」
「どうしてまたそれを」
「見れば賢そうな娘です」
一応はそれを理由にした。しかし目が好色そうなそれになっていたのであまり説得力はない。
「ですから是非」
「あちらにももう側にいる娘達がいますが」
「それでもです」
だが彼はまだ言う。負けはしない。
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