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星河の覇皇

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第四部第三章 愚か者の楯その四


 二人は席に着いた。ベニョーコフは単刀直入に尋ねてきた。
「ご用件は軍艦のことですな」
「はい」
 八条は臆することなく答えた。彼はベニョーコフの目から視線を外さない。
「そちらで建造して頂きたい艦艇がありまして」
「軍艦ですか」
 実はアナハイム社では軍艦は建造していない。タンカーや商船、観光船等を建造している。今まで造ろうと思ったことすらないのだ。
「軍需産業は費用がかかり過ぎる」
 彼の父は常にこう言っていた。
「研究に金を注ぎ込まなくちゃならんのに買ってくれるところは軍しかない。しかも高く売ったら叩かれる、政府共々な」
 日本で特に顕著であった問題だが兵器の値段は高いと国民から批判がでるのだ。費用の分だけ能力があるのか、と。識者だけでなくミリタリーファンからもそうした批判が出る。彼等は趣味で語っているだけありかなり細かく詳しい知識を持っている。だから反論するのも一苦労だ。嘘などつこうものならそこを暴かれてさらに叩かれる。そうなれば社の信用にもかかわる。
「設備投資もばかにならない。しかもその設備が使えるのはその兵器だけだ」
 とかく兵器の開発、製造には費用がかかる。アナハイム社はそれよりも商船等の建造を選んだのだ。
「長官、お言葉ですが」
 ベニョーコフは口を開いた。
「我が社は軍需産業の開発及び製造には関わっておりませんが」
「わかっていますよ」
 彼は言った。
「それであえてこちらにお伺いしたのです」
「それは何故ですか?」
 彼は問うた。
「実は我々が貴社にお願いしたいのは戦艦や空母の建造ではないのです」
「そうなのですが」
 彼はそれを聞きながらだとしたら何だ、と考えた。
「補給艦や工作艦の建造をお願いしたいのです」
「後方支援の艦艇ですか」
 それ位は彼も知っていた。伊達に造船業をやっているわけではない。
「そうです、特に補給艦の建造についてお願いしたいのです」
「補給艦ですか」
「はい」
 ベニョーコフは話を聞きながら頭の中で考えていた。補給艦なら自分の会社の技術でも開発、建造できるかも知れない。だが即答はできない。彼はもっと話を聞くことにした。
「どのようなタイプの補給艦でしょうか、まずはそのことについてお聞きしたいのですが」
「こちらです」
 八条は手に持っていた封筒から書類を差し出した。
「これは」
 ベニョーコフはそれを見た。
「設計図ですね」
「はい、その補給艦の設計図です。うちの技術部で設計したものです」
「もう完成していたのですか」
 早い、と思った。そしてその設計図に目を通した。
「ううむ」
 彼はその設計図の細部まで目を通した。彼は確かに大学は出ていない。だが会社の経営に携わる中で船のことにも精通していた。その眼でもって見ていたのだ。
「よくできていますな」
 彼は言った。
「かなりの大型ですね。ここまでの大型の船はタンカー位のものでしょう」
「はい、しかしそちらのドッグで開発可能だと思います」
「う・・・・・・」
 ベニョーコフはそれを聞いて思わず喉を詰まらせた。その通りであった。
「確かにそうですが」
 彼は戸惑いこそ見せなかったが明らかに驚きがあった。
「おそらく何十万隻と建造されると思われます。流石に我が社だけでは」
「ええ、他の会社にもお話していますよ」
 八条はここで微笑んでそう言った。
「やはり貴社だけでは全てを建造するのは無理でしょうから」
「え」
 その言葉に驚いた。ベニョーコフは感情を露わにした。
「ちょっと待って下さい」
 彼はここで身を乗り出した。
「そこまで言われるのでしたら」
 八条はそれを見て内心笑った。
(乗ってきたな)
 そしてまた言った。
「では引き受けて下さるのですね」
「当然です」
 元々引き受けるつもりだったからこう言った。
「では何万隻程建造しましょうか」
「そうですね」
 彼は考えるふりをした。実は既に固まっている。
「十万隻は欲しいですね。追加もあるかと」
「十万ですか」
 ベニョーコフはそれを聞き内心ニヤリ、と笑った。
(これはいい)
 それ位は建造できる力がある。そしてそれを理由に設備投資もできる。かなりの波及効果が期待できる。
「お任せ下さい」
 彼は答えた。
「それは有り難い。では引き受けて下さいますね」
「はい」
 ベニョーコフは頷いた。これで話は決まりであった。
「よし」
 二人は固く握手した。そして八条は事務所をあとにした。
「何か上手く乗せられた感じだな」
 彼が去ったあとベニョーコフは少し苦笑して言った。
「けれど引き受けるつもりだったんだろう」
 そんな彼に息子が言葉をかけた。
「当然だ。十万隻なんて滅多にない注文だぞ」
「十万隻か。そりゃ凄いな」
「ここで話している暇はない、すぐに本社に連絡するぞ」
「ああ」
「そしてわしが陣頭指揮をとる。全社員をフル回転させろ。給料をたっぷりはずんでな」
「そうこなくちゃな」
「御前にも働いてもらうからな。そこで経営者として必要なものを学ぶんだ」
「よし」
 息子は父の言葉に頷いた。
「ではロシアに戻るとしよう。これから忙しくなるぞ」
 二人は電話を入れるとすぐに地球をあとにした。そしてロシアに戻った。
 補給艦だけでなくその他の艦艇が次々と受注された。そして次々に出来上がっていく。
「まさかこれ程速く建造が進むとはな」
 八条は次々に上がってくる建造の進行状況のデータを見ながら呟いた。その進み具合は彼の予想以上であった。
「しかし嬉しい誤算なのでは」
 秘書官はそんな彼に対し笑顔で尋ねた。
「確かにな」
 彼はそれを聞いて微笑んだ。
「建造してからもテストや実戦配備に時間がかかる。改良するべき点もあるだろうしな」
 そうであった。船は造って終わりなのではない。それからが大変なのであった。
「建造してから少なくとも一年半はそうした時期が必要だ。全く軍というものは時間が必要なのに時間がかかるものだ」
「それは仕方ありませんね」 
 秘書官はそれに対して言った。
「あと陸上兵器の開発状況の報告もきていますよ」
「そちらはどうなっている?」
「こちらも順調ですね。戦車も装甲車も次々に完成されています」
「それはいい。ところで陸上兵器といえばあれはどうなっている?」
「移動式要塞ですね」
「そうだ。移動要塞はこれからの我が軍の陸上兵器の主軸になる。丁度巨大戦艦と同じように」
「そちらも順調ですよ」
「そうか」
 彼はそれを聞いて安堵の笑みを浮かべた。
「テロリスト対策には何かと活躍してくれるでしょう」
「そうでなくてはな。その為に開発しているのだからな。もっとも」
 八条はここで言葉を一旦とぎった。
 
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