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A's編
第二十九話
「それで、僕たちは何をすればいいんですか?」
クロノさんから詳しい話を聞いた後、僕の中で考えをまとめながらクロノさんに尋ねてみた。
正直、クロノさんから詳しい話を聞いたときは驚いたものだ。まさか、あの本がそんなに危険な代物だとは分からず、しかも、はやてちゃんが、その本の持ち主になっているのだから。だが、驚いてばかりもいられないだろう。クロノさんの話によるとあの黒い本―――闇の書を封印するための手立ては見つかっているようだから。
もしも、時空管理局独力でやり遂げられるなら、クロノさんは僕の元を訪ねてくることはなかっただろう。だが、クロノさんはこうして僕たちの元を訪れた。その理由は、僕たちの力が必要だからだ。もっとも、僕よりもはるかに魔法が上手ななのはちゃんならともかく、僕ができることなんて少ないとは思うのだが。
「話が早くて助かるよ。翔太くんには、できれば僕たちのお手伝いをしてもらいたかったんだ」
「僕ができることならやりますけど……」
僕が先読みしたように口にした言葉に少しだけ驚いた様子を見せていたクロノさんだったが、すぐに調子を取り戻すと、僕に手伝ってくれるように言う。しかし、先ほども考えたように僕にできることは少ないだろう。
クロノさんは、僕のその考えを読み取ったように、いやいやと顔の前で手を横に振って見せた。
「いや、何も君たちに前線に立ってくれというわけではないよ。君にやってほしかったのは、僕たちと八神はやてさんの仲立ちだよ。僕たちのような人間がいきなり行くよりも、同世代で同じ世界の君が仲立ちしてくれたほうが、彼女に不信感や不安を与えないと思ってね」
そこまで言ってクロノさんは何かを思い出したのか、思い出し笑いのようにくくくっ、と笑う。
「どうしたんですか?」
「いや、君が八神さんとすでに知り合いだったことが助かった、と思ってね。君たちが知り合いなんて知らなかったからね。だから、こちらとしても、二人が自然に出会って僕たちを紹介できるようにいろいろと作戦を立ててきたんだ。その内容は、ほとんどエイミィを中心とした女性職員が作ってくれたんだが……」
そこまで言って、もう一度笑うクロノさんに僕は嫌な予感を覚えざるを得なかった。
「見てみるかい?」
「いえ、遠慮しておきます」
すぅ、と差し出した台本のようなものに僕は嫌な予感を覚えて、それを受け取ることを拒否した。本能的な部分で、クロノさんが持っているものは危険だと判断したのだ。
「それがいい。エイミィ曰く、これには乙女の夢とロマンが詰まっているらしいからね」
何とも言えない苦笑で誤魔化すクロノさんだったが、その笑みからは苦々しいものが見えるところから考えても、よっぽどのものだったのだろう。クロノさんが浮かべる笑みによって好奇心がうずうずと湧き上がってくるが、見てしまえば、それを自分がやらなければならないということを考えてもだえ苦しみそうなのでやめておこう。
「……ところで、その乙女の夢とロマンっていうのはどのくらいのレベルなんですか?」
「う~ん……君が思春期になったころに、ふと思い出して、ベットの上で転げるぐらいだろうか。いわゆる、黒歴史というやつだね」
よかった。はやてちゃんと先に友人なっていて本当に良かったと切に思った。
「……その話題はこのぐらいにして、結局、僕たちがお手伝いするのは、クロノさんたちをはやてちゃんに紹介するということでいいんですか?」
これ以上は、虎の尻尾を踏みかねない。ここら辺が引き際だろう、と僕は話題を元の路線へと戻した。なによりも、もうすぐ夕方になろうとしている。時空管理局のクロノさんたちを紹介するとなれば、少しでも早いほうがいいだろう。夜遅くの訪問はほめられたものではない。
クロノさんも僕の真意をくみ取ってくれたのだろう。うん、とうなずくとさらに一言付け加えた。
「いや、あともう一つお願いしたいことがある。八神はやてさんの護衛だ」
「護衛?」
クロノさんが言っている意味が分からなくて、僕はクロノさんが僕に頼んだことをそのまま聞き返した。クロノさんも自分が唐突だったことを自覚しているのだろう。コホン、と場を整えると僕に言葉の意味を説明してくれた。
「今回のことで、八神はやてさんが闇の書の主ということは広く知られてしまった。いや、一応、任務ということになっているが、人の口にとはたてられない。はやてさんが闇の書の主ということは、いずれ広まるだろう。そして、過去の闇の書の被害者たちが、復讐のためにはやてさんを襲撃することが考えられる。そのための護衛だよ」
「そんな……はやてちゃんは、何もしていませんよ」
そう、何もしていない。クロノさんの話によると、はやてちゃんの足が不自由なのは、闇の書から魔力を吸われているかららしい。そして、そのまま放っておけば、はやてちゃんは闇の書から魔力を吸い取られ、やがては死に至るようだ。もしも、彼女が自分の命の惜しさに魔力を蒐集していたとすれば、彼女の体調は回復していただろう。彼女が未だに足が不自由なのが、はやてちゃんが魔力を蒐集していない何よりもの証拠だと言えた。
「そうだ。僕たちとしても、彼女が何もしていないのはわかっている。しかし……それでも、彼女は『闇の書』の主なんだ。そして、襲撃するような連中に八神はやてさんが、何かしているかどうかなんて関係ない。彼らに必要なのは、八神はやてさんが『闇の書の主』という事実、ただ一つだけだ」
少し違うかもしれないが、坊主が憎ければ袈裟まで憎いというわけだろうか。はやてちゃんが何かしたわけでもない。彼らに必要なのは復讐の対象なのだろう。
「でも、僕に護衛が務まるでしょうか? 僕はただの小学生ですよ。戦うなんて無理です」
「ああ、それはわかっているさ。実際に守るのは僕たちだ。武装隊の一部が護衛任務に就くことになっている。だが、いくら護衛のためとはいえ、はやてさんを知らない大人たちに囲まれて過ごさせるわけにはいかないだろう? 身の安全も必要かもしれないが、必要以上にストレスを与えるのもまずいことになる。だから、武装隊ははやてさんの家の周囲を護衛するから、君にははやてさんの近辺についていてほしい。友人がいれば、彼女の心労も違うだろうから」
一番は家族なんだがな、とこっそりつぶやくクロノさんの言葉を聞いてしまった。
確かに、こんな状況ならば、家族が一番彼女の心の支えになってくれるだろう。だが、はやてちゃんのお父さんとお母さんは、すでに亡くなっている。ほかの家族は現在、家にはいない。少なくとも、僕がはやてちゃんの家を出るまでは誰も帰ってくることはなかった。おそらく、クロノさんもそのことを知っていて、今の言葉をつぶやいたのだろう。なぜ、クロノさんが知っているのかはわからないが。
「……私もショウくんのお手伝いするよ」
僕がクロノさんの言葉に返事をしようとしたのだが、その前になのはちゃんが不意に口を開いた。その内容は僕を手伝うというもの。
確かに、なのはちゃんも一緒に守ってくれるなら、これ以上ないぐらい頼もしい。少なくとも僕だけが近くにいるよりもはるかに護衛という役割を果たすことができるだろう。
だが、なのはちゃんの提案にクロノさんは、渋い顔をする。
「……なのはさん、君の協力の申し出は嬉しいんだが、君には別のことを頼みたかったんだ」
言われてみれば、僕と一緒になのはちゃんを護衛の任務を頼まなかったのに、この場に呼んだことを考えれば、なのはちゃんには別のことを頼むつもりだったことは明白だろう。僕だけでは護衛という役割は無理だとクロノさんもわかっているだろうから、この場所の最大戦力であるなのはちゃんを遊ばせておくわけがない。
「なのはさん、君には魔力蒐集の手伝いをお願いしたい」
「魔力蒐集ですか?」
よくわからない言葉に、なのはちゃんは小首を傾げ、代わりに僕がクロノさんに聞き返した。
「ああ、闇の書が魔力を蒐集して、最後には魔力を暴走させる危険なロストロギアであることは話したね。今回の作戦は、その蒐集が終了し、暴走状態へ入る一瞬の空白を突いて封印してやる必要があるんだ。だから、こちらで蒐集を行ってそのタイミングを計ろうとしているんだ」
「それで、どうしてなのはちゃんが必要なんですか?」
魔力の蒐集が必要なのは間違いないだろう。だが、それならば、クロノさんたちが単体で動いても問題はないはずだ。それなのに、わざわざなのはちゃんに手伝いを申し出ている。さらにいうとクロノさんは、時空管理局の仕事で僕たちに頼むのをためらっていたはずだ。僕の役回りならばともかく。
「一言に魔力の蒐集と言ってもやり方はいくつもある。その中で、一番効率がいいのは、人から魔力を蒐集することだ。人のリンカーコアは、莫大な魔力を持っているし、数も多い。歴代の闇の書もそうやって魔力を蒐集してきた」
「え? なら、人から集めればいいんじゃないんですか?」
僕の感覚としては、魔力を抜き取られるといっても、魔力の源となるリンカーコアを抜き取るわけではなさそうだ。だから、献血のような感覚で言ったのだが、クロノさんは、苦虫をかみつぶしたような表情でいう。
「リンカーコアから魔力を蒐集するというのは、苦痛と下手をすればリンカーコアを傷つけ、一生魔法が使えない体になってしまう可能性がある。そして、無理やりに魔力を引き抜けば―――死に至る可能性すらあるんだ。だから、この方法は使えない」
なるほど。今まで話を聞いているだけでは、はやてちゃんの護衛は、最後の暴走状態で犠牲になった人たちと思っていたが、それだけではなさそうだ。歴代の闇の書の主たちは、人から蒐集したとなれば、しかも、そんな危険性のある方法であれば、復讐を考えるかもしれない。いや、もしかしたら、暴走状態に巻き込まれたときよりも復讐の念は強いかもしれない。
「それで、代わりの方法だが、野生の動物たちの中にも魔力をもつ動物―――いや、この場合は魔法生物か―――がいるんだ。彼らから蒐集する計画を立てている。だけど、ここで問題があってね。効率が悪いんだ。だから、結局、広く浅くというか……たくさん集めなくてはいけなくなる。その場合、人海戦術になるんだが……今の時空管理局にそこまで人数を割けなくてね」
やるせない表情をするクロノさん。いくら大規模破壊を行うロストロギアで見過ごすことができないとしても、割り当てられる人数は決まっているのだろう。時空管理局だって、闇の書事件だけに注力していればいいわけではないのだから。
「でも……なのはちゃん一人で変わりますか?」
クロノさんが、なのはちゃんを戦力として求める理由はわかった。だが、それでもなのはちゃんは一人なのだ。たった一人で何か変わるのだろうか? と純粋に疑問に思ってしまう。だが、そんな疑問にもクロノさんは丁寧に答えてくれた。
「ああ、変わる。なのはさんの純粋な魔力の強さと魔法の威力を考えると一騎当千といってもいい。安全を確保して、マージンを取ったとしても武装隊を総動員して、ちまちまと蒐集するよりもよっぽど効率が良くなることは間違いないよ。何よりなのはさんは、砲撃魔法が得意だろう。距離を取って攻撃できることも協力を依頼した要因の一つだよ」
なのはちゃんの安全を確保しながら、戦力として使うことができるなのはちゃんは、クロノさんが協力をお願いしなければならないほど欲しい戦力なのだろう。
「どうだろうか? 僕たちに協力してくれないだろうか」
「……ショウくんはどうするの?」
クロノさんに問われて、なのはちゃんは少しだけ考えるようなしぐさをして、すぐに僕に視線を向けて、僕にどうするのか尋ねてきた。
「僕は協力するよ。はやてちゃんとは、まだ出会って日が浅いけど、それでも友達だからね。友達を助けるための手助けができるなら協力するよ」
はやてちゃんとは、昨日出会ったばかりだ。だが、それでも友達であることには変わりない。そして、その友達が危険な立場に立っているのだ。協力したいと思うのが当然だろう。なにより、できることがあるのに何もせずにある日、はやてちゃんがいなくなったりしたら、きっと僕は後悔するだろうから。あの時、どうして申し出を受けなかったんだ、と。だから、僕はクロノさんに協力することに決めた。
「翔太くん……」
僕が快諾の返事をすると、なぜかクロノさんは苦虫をかみつぶしたような表情を一瞬だけ浮かべたような気がした。一瞬だけだったので、見間違いなのかもしれないが。僕はなにか変なことを言ってしまっただろうか? だが、今までの発言を思い返しても、特に変なことは言っていないと思うのだが……。
「……私がショウ君を手伝ったら、どうするの?」
「その時は、僕たちだけで何とかするよ。ただ、君が協力するよりも時間が長くなってしまうかもしれない。一応、計画のタイムスケジュールとしては、こちらのクリスマスには終わらせるつもりだが……君の協力がなければ、年明けも覚悟する必要があるかもしれない」
今が、ちょうど十一月の下旬だから、大体、一か月ぐらいを予定しているのだろう。
「……わかった。私もお手伝いする」
少し考え込んでいたなのはちゃんだったが、何かに至ったのか、うつむいていた顔を上げるとクロノさんに向かって、承諾の返事をしていた。
「なのはちゃん、ありがとう」
おそらく、なのはちゃんが考え込んでいたのは、僕のことを考慮してくれていたのだろう。僕がはやてちゃんと友達だといったから。だから、なのはちゃんは、そのことを考えてくれたのだろう。もしかしたら、なのはちゃんはあまりクロノさんたちに協力することに乗り気ではないのかもしれない。僕が、はやてちゃんと友達ということを言わなければ、拒否していたかもしれない。
そう考えると、なのはちゃんにお礼を言うのは間違いではないと思う。
「ううん、ショウくんの友達のためだもん。私も頑張るよ」
僕がお礼を言うと、なのはちゃんは花が咲いたような笑みを見せ、上機嫌になっていた。
「翔太くんも、なのはさんも、ありがとう。時空管理局を代表してお礼を言わせてもらうよ」
ぺこりと頭を下げるクロノさん。年上の人から頭を下げられるのは、なんだか変な感覚がする。
「それじゃ、早速、君たちの保護者に説明に行こうか」
今回はクロノさんが説明してくれるようだ。四月のときは、両親の説得が大変だったから、クロノさんが最初から出てきて説明してくれるのはありがたいことだ。しかし、前回は許してくれたが、今回も許してくれるだろうか。四月のときは、最後の最後で大けがしちゃったからな……。
若干不安になりながら、僕たちは、母さんたちが帰ってくるまでお茶菓子を囲んで談話を楽しむのだった。
◇ ◇ ◇
母さんたちへの説得は簡単ではなかったが、クロノさんの説明と僕の意志を見せたことから何とか承諾してもらえた。やはり、前回の事件のことが引っかかったようだ。しかし、僕が危険なことをしない、きちんとした護衛をつける、海鳴から離れないことなどを条件に何とか承諾してもらえた。母さんは最後まで渋っていたが、親父に説得されていた。
ただ、一言あるならば、僕は別にはやてちゃんが女の子だから助けたいと思ったわけではない。
勘違いも甚だしいが、その一言で母さんも、承諾してもらえたので、今更覆すこともできなかった。もっとも、どうやら母さんたちは、僕がはやてちゃんへの感情に気付いていないと勘違いして、ほほえましそうに見ていたのだが。
何はともあれ、承諾をもらえて、次はなのはちゃんの家へ承諾をもらいに行ったのだが。これは、意外にも最初からすんなりと話が通ってしまった。クロノさんが、僕の家への説明を参考にしたのか高町家への説明が意外とすんなり通ってしまった。僕とは違って、なのはちゃんは自衛の手段を持っていることが大きいのかもしれない。
ちなみに、クロノさん曰く、なのはちゃんの役割は『移動砲台』のようなものであり、危険性はほとんどないこと、また危険な場合は、最優先で退避させることを約束していた。
僕となのはちゃんの家への説明が終わった後は、いよいよはやてちゃんの家へと向かうことになった。同行者は、クロノさんだけだ。なのはちゃんは、自分の家に残るようだ。この後に魔法の練習もするらしい。僕も肩書きだけの護衛とはいえ、練習時間を増やすべきだろうか。なのはちゃんが僕と一緒に魔法の練習をしなかった理由はわかったのだから、今度からは一緒に見てもらう。
さて、はやてちゃんの家へと出向いて、事前に連絡していたとはいえ、クロノさんを連れてきたことにはやてちゃんはびっくりしていた。どこか不審者へ向けるような視線を向けるはやてちゃんだったが、僕が連れてきた手前もあるのだろう。僕とクロノさんをリビングへと案内してくれた。
差し出されたコーヒーを前にクロノさんは、突然の話で戸惑うかもしれないが、と前置きして、はやてちゃんに闇の書に関することを話し始めた。
もしかしたら、いきなり魔法とかロストロギアとか、君には巨大な魔力が眠っているんだ、と言われても信じられないだろう、と危惧していたのだが、意外なことにはやてちゃんはすんなりとクロノさんの言ったことを信じていた。いや、むしろ、驚いたことは、はやてちゃんは自分の実状を知っていたことだろうか。そして、僕は驚いたのだが、クロノさんはやっぱりというような表情ではやてちゃんを見ていた。
「―――というわけで、八神はやてさん、僕たちに協力してくれないだろうか?」
クロノさんが、はやてちゃんの現状について話した後、管理局の作戦の内容―――闇の書の魔力を蒐集し、暴走状態になる一歩手前で封印を行う―――を話し、はやてちゃんに協力を求めた。クロノさんから話を聞いたはやてちゃんは、少し考えるようにう~ん、と考え込んだ後、改めて口を開いた。
「一つ質問いいですか?」
「ああ、どうぞ」
「闇の書は―――あの子は、どうしても封印せなあかんのですか?」
「……あの子?」
闇の書を『あの子』とまるで人格があるように表現したはやてちゃんが不可解だったのだろう。引っかかった部分を繰り返すようにクロノさんが問い返した。
「ええ、そうです」
「……君が言うあの子というのが、闇の書のことであれば、答えはイエスだ。時空管理局では、あれを完全に消滅させる手段を持っていない。いや、持っていたとしても、闇の書は完全修復機能と転生機能を用いて、次の主へと転生するだけだ。だからといって、君の元で放置はできない。魔力を集めるにしても、集めないにしても、この地に災厄を振りまいて転生することは間違いないからね」
「そうなんか……」
やや気落ちしようにつぶやくはやてちゃん。僕には闇の書とはやてちゃんの間にある関係がわからないから、何も言えない。もしかしたら、あの子と称するように闇の書には人格のようなものがあるのかもしれない。ペット……とは異なるかもしれない。だが、人格があるものを封印しますと言われても、はい、どうぞとは簡単には言えないだろう。特にはやてちゃんのような家族がいない環境であれば。
―――もしかしたら、はやてちゃんは拒否するかもしれないな、と思った。拒否したからといって事態が好転するわけではなく、ただの問題の先送りにしかならないのだが。それに、クロノさんも遊びで提案しているわけではないのだ。今日はあきらめるとしても継続的に説得は続けるだろう。それに僕だって、このまま無為にはやてちゃんが魔力を吸われて死んでしまうと知っているのでクロノさんに協力するだろう。
残念ながら、僕に両方を救えるほどの力量はない。ならば、僕としてはコミュニケーションのとれない闇の書よりもはやてちゃんが助かるほうを取るに決まっている。はやてちゃんからしてみれば、闇の書は家族かもしれないが、僕からしてみれば、闇の書ははやてちゃんを死に追いやる張本人なのだから。
しかし、はやてちゃんはどう出るかな? と謎に思っていたが、意外と答えは早く出たようだ。
「―――わかりました。クロノさんに協力します」
はやてちゃんの答えは僕にとっては予想外だった。ここでは、拒否すると思っていたのだ。それがはやてちゃんの口から出てきたのは許諾の言葉だった。
「その代わり、お願いがあります」
「何かな?」
「あの子を―――闇の書を救う手立てを見つけてください。あの子が、ずっと封印されたままやなくて、新しい主の元へと何も問題なくいけるように」
なるほど、と思った。はやてちゃんは、僕が知っている周りの子たちよりもよっぽど大人だった。現状を把握しており、ここで自分がわがままを言っても、覆しがたい状況だと理解している。それよりも、協力する見返りに闇の書―――はやてちゃんがあの子と呼ぶ存在を助けるための協力を依頼したほうが、あの子のためになると考えたのだろう。
「―――わかった。約束しよう」
クロノさんが約束したことで嬉しそうに笑うはやてちゃんに対して、クロノさんはこれが契約の証だ、と言わんばかりにはやてちゃんに握手を求めるように手を伸ばした。はやてちゃんは、握手という手段が意外だったのか、驚いたように目を白黒させて、クロノさんの手を握っていた。
「あと、もう一つ、質問があるんですけど」
「なんだい?」
言いにくそうに切り出すはやてちゃんに対して、協力が受け入れられたことがうれしいのか笑いながら対応するクロノさん。そのクロノさんの微笑みに押されてか、はやてちゃんが戸惑うような、言いづらそうな口調で疑問を口にする。
「うちの子たちを知りませんか?」
「……うちの子?」
「闇の書の守護騎士たちのことです」
―――闇の書の守護騎士。
それがはやてちゃんの言っていた家族のことだろうか。たしか、はやてちゃんの家族はいまだに帰ってきていないはず。いや、そもそも、守護騎士とはなんだろうか? 僕はクロノさんからそんな話は聞いていない。漢字から想像するに闇の書を守る番人のような感覚を受けるのだが。
だが、事情を知らない僕に対して、クロノさんは聞いたことがある単語だったのだろう。即座に首を横に振った。
「いや、わからない。少なくとも、僕たちと交戦したという記録はない。もしも、闇の書の蒐集をしていれば、の話だがね」
「そうですか……」
帰ってきていない家族のことが気にかかり、もしかしたら、クロノさんたち時空管理局の人たちなら知っていると考えたのだろうか。生憎ながら、クロノさんもそのことはわからなかったようだが。
「彼らのことも何かわかったら連絡するとしよう」
クロノさんもはやてちゃんの意志をくみ取ったのだろう。守護騎士という人たちのことがわかれば連絡してくれるように配慮してくれるようだ。はやてちゃんもそれを聞いて安心したのか、お願いします、と頭を下げていた。
それからは、はやてちゃんへの協力体制への話へと移った。もっとも、協力体制と言っても、はやてちゃんがやることは少ない。闇の書を貸し出すぐらいだ。後は、護衛に囲まれておとなしくしておけばいい。その中の一人が僕なわけで、基本的には家の中には僕以外はいないことになっている。もちろん、学校には通うが、はやてちゃんの家に泊まって、通学という形になるだろう。短時間であれば、なのはちゃんとの魔法の練習時間もとっても構わないようなので、一か月ぐらいのホームステイのつもりだ。
僕が護衛役の一人だとわかると、はやてちゃんは、驚いたような表情を見せて、すぐに取り繕うような笑みを浮かべて、「よろしくな」というのだった。
◇ ◇ ◇
はやてちゃんへの協力体制への取り決めは、一時間ほどで済んだ。作戦の開始時期は、明日からという早い時期だが、時間がかかればかかるほどにはやてちゃんの体調に悪影響が出ることも鑑みると早いほうがいいらしい。
その話し合いが終わった後、僕はクロノさんに送られて自宅へと戻ってきた。
「ただいま~」
「お兄ちゃん、お帰りなさいっ!」
玄関先で僕を迎えてくれたのは、アリシアちゃんだった。今日は、母さんと買い物に行っていたから、その時に買ってもらったのだろう。ツインテールにしている金髪に新しいピンク色の花の形をした髪留めがつけられていた。
「それ、買ってもらったの? かわいいね」
「えへへ、うん、母さんに買ってもらったんだ」
僕の言葉で照れたのか、やや照れくさそうにはにかむアリシアちゃん。だが、次の瞬間に何かを思い出したようにあっ、と声を上げると、手に持っていた携帯を差し出した。
「ちょうどよかった。アリサから電話だよ。お兄ちゃんにも用事があるから」
何か悪戯をたくらむ子供のようにニシシシと笑うアリシアちゃん。この子が何かたくらんでいるとは思えないのだが、そもそも、電話に出るだけで何か悪戯できるものなのだろうか。そんな風に怪訝に思いながらも、僕はアリシアちゃんから電話を受け取った。
電話の状態は保留だった。電話の相手はアリシアちゃんの話によるとアリサちゃんなのだろう。僕は、保留状態を解除するために通話のボタンを押して、もしもしと、電話口に出た。次の瞬間に電話口から聞こえてきたのは、よく聞く、と言えば語弊があるかもしれないが、聞きなれたアリサちゃんの怒声だった。
『ちょっとアリシアっ! 遅いじゃないっ! いつまで待たせるのよっ!』
「……ごめん、ちょうど僕が帰ってきたから遅くなったみたいだね」
『へ……? ショ、ショウ?』
電話口に出ていた相手が突然、何の前触れもなく変われば、それは戸惑うに違いない。現にアリサちゃんは、電話口の向こう側から聞こえてきた声が、自分が予想していた声とは異なることで、どこか戸惑うような声を上げていた。
「ごめんね、アリシアちゃんが、アリサちゃんが用事があるからっていうから代わったんだ」
『唐突すぎるのよっ!』
うん、僕もそう思う。
僕はてっきりアリシアちゃんが話を通していると思っていたのだが、どうやら思い違いだったようだ。アリシアちゃんが考えていた悪戯のような笑みはこれを意味していたのだろうか。
「ごめんね、アリシアちゃんには言っておくから」
『あ、それは、後であたしからも言うわ』
どうやらアリシアちゃんは、悪戯が成功した代わりに大きな代償を支払うことになりそうだった。アリサちゃんが怒るなら、僕からは軽くでいいかな? と考えてしまうのは、僕がアリシアちゃんに甘いからだろうか。
「それで、用事ってなに?」
『あ、そうよっ! 喜びなさいっ! パパが海鳴アミューズメントパークのチケットを手に入れてくれたのよっ!』
それはすごい、と聞いた瞬間に思った。
海鳴アミューズメントパークは、最近できた遊園地で、海鳴の都会とも田舎ともつかないような場所にできたそれなりに広い遊園地だ。キャラクターで売っているわけではないが、アトラクションが最新のものを使っているらしく、連日人気らしい。ただ、その海鳴アミューズメントパークの特徴として、入場券の一日販売数が決まっているらしい。どうやら、人込みを避けるためらしい。そのため、今はチケットの入手が困難だと聞いている。
「よく手に入ったね」
それが、僕の正直な感想だ。正規のルートで手に入れることは、ほとんど不可能だと思っていたからだ。
『ふふんっ! パパの会社も資金提供してるから、手に入ったらしいわ』
なるほど、株主優待のようなものか。
『しかも、今度の日曜日なのよっ!』
しかも、チケットの指定日は日曜日らしい。平日よりも休日が入手困難なのは間違いない。それを手に入れたということは、デビットさんの苦労も並々ならないものだろう。アリサちゃんが誇るのもわかるような気がする。電話の向こう側だからわからないが、胸を張るアリサちゃんの姿が容易に想像することができる。
『だから、一緒に行きましょうっ!』
なるほど、アリサちゃんの用事というのは、これだったのか。僕を誘うこと。おそらく、アリシアちゃんも知っていたに違いない。だから、笑っていたのか。僕が驚くと思って。そうだとすると、一緒に行く面々は、すずかちゃんを足した四人かな。
ああ、でも、なんてタイミングが悪いんだろう。あと一週間早かったら。もしも、それが今日だったら。僕はうなずくことができたというのに。
「ごめん……その日は、用事が入っているんだ」
正確には一か月ほどずっとだが。
アリサちゃんからしてみれば、僕の返事は予想外だったのだろう。僕が断りの返事をするとしばらく返答はなかった。返ってきたのはたっぷり五秒が経過した後だろうか。
『ショウ、ごめん、あたし聞こえなかったわ。行くわよね?』
「ごめん、用事が入ってるんだ」
僕の返事が信じられなかったようで、もう一度聞いてきた。信じられないのもわかる。普通の用事だったらおそらくそちらを優先してたかもしれないから。だけど、今回のことは何事にも代えられないのだ。だから、こうして返事するしかなかった。
『なによっ! あたしたちと遊びに行くよりも大切な用事なのっ!!』
「……うん、ごめん」
怒らせることはわかっている。わかっているのだが、僕には謝ることしかできない。せっかく苦労したであろうチケットをもって、誘ってくれたのに。それでも、僕には断ることしかできないのだった。遊びと命を天秤にかけることはできない。もしかしたら、はやてちゃんに言えば、気にしないで遊びに行って来いと言ってくれるかもしれないが、それでは僕に協力を頼んできたクロノさんを裏切るようでやりたくはない。
『―――っ! もういいわよっ!!』
その言葉を最後にぶちっ、と向こうからの通話は切れてしまった。最後の怒声は少し携帯から耳を離してもうるさいほどの大音声だったのだから、よほど大きな声で叫んだのだろう。
はぁ……これは、明日はアリサちゃんのご機嫌をとらないとな。
ただでさえ、最近は運動会のこともあって、アリサちゃんとあまり遊んだり、お茶会に参加したりできていないのだ。ひょっとしたら、今までで一番大変なご機嫌取りになるかもしれない。
「―――お兄ちゃん、今のどういうこと?」
―――どうやら、天はとことん僕を見放したようで、アリサちゃんよりも先に対応しなければならない子がいることに改めて気づくのだった。
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