薔薇の騎士
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第三幕その八
第三幕その八
「まことに」
「素晴らしい方だわ。そう」
ここでまた何かを言おうとしたが。ゾフィーが男爵に怒った言葉を続けていたのでそれは中断せざるを得なかった。
「貴方はもう」
「何なのだ?」
ゾフィーは扉を背にして立ち。小柄な身体に怒りを込めて話す。その剣幕に男爵は退いていた。既にこの時点でもう負けてしまっていた。
「わしが何と」
「我が家の屋敷、いえ関係するどの場所にも近付かないで下さい。若し近付けば」
「どうなると」
「何が起こっても責任は持てません。以上です」
これはほぼゾフィーの言葉であったが。この場では絶対のものとなるものであった。有無を言わせない程強いもののある言葉であった。
「おわかりになられましたね。それでは」
「ううむ」
「男爵」
夫人は今度は。男爵に対して囁くのだった。そっと彼の側まであえて寄って。
「もうお止めになっては如何?」
「お止めになってはとは」
「彼女はもう」
あえてここで言葉を止めた。男爵を気遣って。
「おわかりですわね」
「それは」
「そういうことです。ですから」
「そうですな」
遂に夫人の言葉に頷いた。彼ももう何をしても駄目だということがわかったからだ。彼とても決して愚かではないからわかることである。だからこそ頷いたのである。
「ここは」
「そうです。では」
夫人は今度は。警部に声をかけた。
「警部さん」
「はい」
警部もそれに応える。二人のやり取りに移った。
「今夜のことはただの馬鹿なこと」
「左様ですか」
「そうです。ですからそういうことで」
「わかりました。全ては馬鹿げた冗談ですね」
「ええ」
結論はこういうことになった。夫人はあえて誰も表立っては恥をかかないようにしたのである。これが彼女の配慮であった。
「男爵」
夫人は話を収めたところでまた男爵に声をかけた。
「何でしょうか」
「おわかりですね。あの娘は」
「全く何が何だか」
オクタヴィアンであることはわかったが。それでも頭が混乱して何が何なのかわからなくなった。オクタヴィアンのことも今ようやくわかったからだ。驚かなかったのはその前にゾフィーに縁切りを告げられてそのショックの中にいるからだ。だからである。
「似ていると思えば」
「仮面舞踏会です」
「仮面舞踏会!?しかしそれは」
マリア=テレジアは風紀に非常に厳しい。仮面舞踏会はいかがわしい逢引にも利用されていたので彼女はそれを徹底的に取り締まっていたのである。男爵はそれも知っているのだ。
「ウィーンの仮面舞踏会です」
「ウィーンの!?」
「そうです」
こう男爵に対して答えた。穏やかなままで。
「それだけです」
「何が何なのかわかりませんが」
「それでも男爵」
静かに。また男爵を気遣っての言葉を述べるのであった。
「騎士で。貴族であられるならば」
「貴族であるならば」
「そうです。ですから」
「わしは。そうだ」
確かに彼は貴族だ。その誇りもある。今それをあらためて思うのであった。これこそが夫人の導いたものであった。
「貴族であった」
「ですから今はお考えになられずに」
「そうですな。それは」
ちらりとオクタヴィアンにゾフィーを見る。何故かもうオクタヴィアンへの恨みは消えていた。自分でもそれが不思議ではあったが。
「わかりました」
「有り難うございます。そうして頂けると」
「レルヒェナウ家の者は他人の楽しみを妨げる程野暮ではありません。では」
「ええ。それでは」
「所詮わしはレルヒェナウの者」
言葉と表情に自嘲が見えた。だがそれはほんの一瞬のことですぐに打ち消したのであった。夫人だけがそれを認めたがあえて言いはしなかった。
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