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星河の覇皇

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第三部第三章 獅子身中の虫その七


「ところで私は一つのことを考えているのだが」
「何でしょうか」
 モンサルヴァートは問うた。
「徴兵制を意見してみようと思うのだ」
「徴兵制ですか」
「そうだ、あれなら兵力をかなり増強できる。そうすれば連合にも何とか対抗できるのだが」
「それはあまり意味がないかと思います」
 モンサルヴァートは首を横に振ってそう進言した。
「何故だ?」
「今でさえ兵力は限界にまで保持されています。徴兵してもあまり意味はない程に」
「・・・・・・そうだったな。最近は我々も傭兵を使いだしている」
「はい」
 彼等はあまり嬉しそうではなかった。傭兵はサハラの傭兵達のことを知っている為あまり使いたくはなかったのだ。だがこの前連合軍の設立に危惧を覚えた中央政府と議会がそれを承認したのだ。
 この時に徴兵制度の導入を主張する者もいた。だがこれはそこまでする必要はないのではないか、という多くの意見により下げられた。ここには軍務に就くのを嫌う若年層の意見もあった。今まで一千年もの間徴兵制度はなかった。今すぐそれを言ってもやはり誰も動かなかった。
「それよりもプロを使った方がいいだろう」
 そうした意見により傭兵が使われるようになった。エウロパの者だけでなく連合やサハラから流れてきた者もおりその出自も言語も様々であった。
「だがやはり規律で問題がある」
「そうですね。元々戦争をビジネスと考えている者達ですから」
 傭兵にとって掠奪は当然の報酬であった。シャイターンの傭兵隊が人気がある理由は将兵に極めて多額の報酬を支払いそれにより掠奪を防ぎ、かつ軍律が厳しいからである。
「我々の軍律に当てはめてはいるがな」
「隙があらば破ろうとしますね」
「その通りだ、抜け目もない」
 前線の指揮官達にとって傭兵達はあまり歓迎すべきものではなかったのである。
「それにこれからの軍備増強案が具体的にどういったものになるかはまだわかりませんがおそらくエウロパの財政が許す限りのものになるでしょう。やはり徴兵制の導入による多大な兵を維持するのには無理があるかと」
 戦争は兵士の数だけでするものではない。装備や基地、補給、情報通信等そうしたものの整備も必要なのである。そうしたことを整えてはじめて戦争が可能となるのである。
「選抜徴兵制も駄目か。これも意見が出ていたな」
「わりかしいい考えだとは思いますがそれも市民の反発により下げられましたね」
「うむ。こうしてみると我々の置かれた状況は苦しいものがあるな」
「はい」
 今エウロパは連合、マウリアに次ぐ第三の人口を有している。確かに個々の惑星は豊かであり生活水準も高い。環境は連合よりもいいと言える。その為貴族達は優雅な生活を楽しみ市民達も落ち着いた暮らしができる。こうしたところはあくせく働いている感じの強い連合とはまるで違っていた。人口問題はあるが彼等は比較的いい生活をしていたのである。
 だが人口の差は如何ともし難い。連合との差と限界に達した領土の開拓、そして余剰人口、こうした相矛盾する問題が
彼等を悩ませていたのである。
「北方や西方に行けたらいいのだがな」
「流石に何十万光年も移動は出来ませんね」
「そうだな。それが出来れば最初から苦労はしない」
 マールボロは半ば溜息混じりに言った。
「実はそれで君に中央政府から話が出ているのだ」
「中央政府からですか?」
「そうだ。本土に戻って来て欲しいという話だ」
「本土にですか」
「うむ、そして防衛計画の総責任者になってもらいたらしい」
「そうですか」
「異論はあるかね?今なら断ることができるが」
「いえ」
 モンサルヴァートは首を横に振った。
「私はただ自分の与えられた任務を忠実に行なうのみです」
「そうか、では行ってくれるな」
「はい」
 こうしてモンサルヴァートは総督府から本土へ戻ることとなった。彼の新しい肩書きはエウロパ中央軍統帥本部長であった。これは軍の作戦等を統括する組織である。
 彼の移動に伴ってサハラ総督府のスタッフも大幅に変わった。各艦隊の司令や参謀本部の上層部はのきなみ本土へ移った。これはモンサルヴァートが彼等の意見を求めたからであった。
「統帥本部に来るのも久し振りですね」
 ベルガンサは本部長室で部屋の中を見回しながら言った。
「そうだな。私も一度ここで勤めたことはあったが」
 彼も以前ここにいたことがある。その時は大佐である部門の責任者であった。
「そしてここに戻って来られたというわけですね。栄達して」
「栄達という言葉は余計だ。私は軍の一つの職務に就いているだけに過ぎない」
 彼はそうした言葉が好きではなかった。
「ところで閣下、早速ですが」
「うむ、仕事だな」
「いえ」
 ベルガンサは微笑んで首を横に振った。
「私は今は書類を一枚も持っておりませんよ」
「では何だ?てっきりサインするべき書類を持って来たのかと思ったが」
「伝言がありお伝えに来たのです」
「伝言!?」
「そうです、総統からです」
「総統から」
 ラフネールである。エウロパの元首である。
「はい、是非閣下にお会いしたいそうです」
「一体何の用だ」
「そこまでは。もしかすると結婚を勧められるとか」
「おい、私は既に婚約しているぞ」
 ベルガンサの冗談に口を挟んだ。
「どうされますか?」
「断る道理もないな」
 彼は言った。
「では行かれますね」
 こうして彼はベルガンサを連れて総統官邸に向かった。
 官邸は宮殿であった。ロココ様式をもととした優雅な造りとなっている。オレンジをもととしており内部には様々な装飾品や芸術品が置かれている。
「前から思っていたのだが何処かで見たようだな」
「この宮殿はサンスーシーをモデルにしているらしいですからね」
 ベルガンサが答えた。サンスーシーとはプロイセンのフリードリヒ大王がポツダムに建てた宮殿である。かってのフランス語で『憂いなき宮殿』という意味のその宮殿はロココ芸術の代表的なものである。
「サンスーシーか。そういえば似ているな」
 エウロパが地球から持って来た欧州にもある。幾度か改修されているがその外観は残っている。
「そういえばサンスーシー自体はまだ見たことがないな」
「そうだったのですか?」
「うむ。忙しさにかまけて。一度見てみたいとは思っているが」
「でしたら一度欧州各地を見られてはどうですか?他にも色々とありますし」
「そうだな。暇になった時にでも」
 二人はそんな話をしながら宮殿の中に入った。
 宮殿の中も豪奢な装飾で彩られていた。多くの芸術品がありそれがみらびやかに飾っていた。二人は案内されながらその中を進んでいった。
「こちらです」
 やがて総統の執務室の前に着いた。
「では私はここで」
 ベルガンサは扉の前で立ち止まった。
「あ、大佐はこちらへ」
 彼は案内役に導かれ待合室に向かった。モンサルヴァートの前で別の案内役が扉を開けた。
「モンサルヴァート上級大将が来られました」
 案内役がその部屋の主に言った。
「お通ししてくれ」
 ラフネールの声がした。案内役はそれを聞きモンサルヴァートに言った。
「どうぞ」
 案内役に導かれ彼は部屋の中に入った。中ではラフネールが部屋の中央に立っていた。
「招きに応じよく来られました」
 彼はそう言って自分の方に歩いてきたモンサルヴァートに手を差し出した。
「これはどうも」
 彼も手を出した。そして握り合った。
「ご苦労。席を外してくれ」
 ラフネールは握手を終えると案内役に対して言った。
「わかりました」
 案内役は頷くと礼をして部屋を去った。部屋には二人だけとなった。
「今回卿を呼んだ件ですが」
「本土の防衛計画についてでしょうか?」
 モンサルヴァートは早速問うた。
「はい。卿はどうお考えですか?」
「まずは艦隊を増強したいと考えております。やはり戦いの主力ですから」
「やはりまずは艦隊ですか」
「そうなるかと。それに伴い港や後方基地の整備も行ないます。当然軍事基地も各地に置きたいと考えております」
「つまり本土全土の防衛をさらに強化するのですね」
「はい。やはりニーベルング要塞群だけではいざという時心もとないですから」
「ニーベルング要塞群にはあまり信頼を置いていないように見受けられますが」
 ここでラフネールはあえて尋ねてきた。
「そういうわけではありません」
 モンサルヴァートはそれを否定した。
「ニーベルング要塞群は確かに強力です。エウロパ本土防衛の要であることは言うまでもありません」
 それはモンサルヴァートもよくわかっていた。
「ですがそれに完全に頼りきるのはよくありません。他がおろそかになってはもしもの時に対処できません」
「成程」
 ラフネールはそれを聞き頷いた。
「当然ニーベルング要塞群の増強も考えています。しかしそれだけではならないのです」
 モンサルヴァートは言葉を続けた。
「この首都オリンポスを中心とした防衛システムを完成させたいと考えています。そして有事には何としても敵の侵攻を防ぎます」
「敵とは連合のことですか?」
「はい」
 それは言わずもがな、であった。
「連合とは一千年もの敵対関係にあります。そして彼等と我々の国力差を考えますと最大の脅威です」
「卿は連合がこのエウロパに侵攻して来ると考えているのですか?」
「その可能性はあります。もし中央政府にそうした好戦的な政権がつく可能性が」
「あらゆるケースを考えておく必要があると」
「その通りです、そうでなくては国は守れないかと」
「成程、よくわかりました」
 ラフネールはそこまで言うと大きく頷いた。
「今回の計画は貴方に一任しましょう。予算の件は議会に話しておきます。おそらくかなりの額が必要になるでしょう」
「申し訳ありませんが」
「いえ、いいです。国防の為には止むを得ません」
 軍事関係はかなり金がかかるものである。しかも出費ばかりで収入はない。経営という点から考えるとこれ程不健全なものもないだろう。
 だが金をかけずにはいられない。さもないと国が守れないからだ。それがわかっていない者は政治を語る資格がない。軍事不要の政治、それは最早宗教的な話である。
「それでは期待していますよ」
「有り難うございます」
 モンサルヴァートは礼を述べた。
「あともう一つお話しておきたいことがあるのですが」
「何でしょうか」
「はい」
 ラフネールは机の前に向かった。そしてその上にあるものを手に取った。
「これを卿に」
 そう言うと彼にそれを手渡した。
「これは・・・・・・」
 それは階級章であった。元帥のものである。
 エウロパの軍制度において元帥は第二位の階級である。軍においては数十人、時には百人程存在する。
「卿は統帥本部長なのです。元帥になるのも当然でしょう」
「しかし私は元帥になるにはまだ」
 早いのではないか、と言おうとした。年齢的な問題である。
「いえ」
 ラフネールはそれに対して首を横に振った。
「卿のこれまでの功績を考えても、今の職務を考えても当然です。これは既に私が決めたことなのです」
「総統が・・・・・・」
「はい、これからも期待していますよ」
「わかりました」
 モンサルヴァートは敬礼した。そして彼は元帥の階級を有り難く受け取った。
 彼の防衛計画は的確であった。これによりエウロパの国防は大きく変わることとなった。

 この頃サラーフでは睨み合いが続いていた。ムスタファ星系に足掛かりを置くオムダーマン軍とサラーフ軍が対峙していたのである。
 対峙といってもサラーフはいまだに焦土戦術を行なっていた。だがこれは国内のマスコミには甚だ不評であった。
「何故逃げるのか!」
「今の軍は腰抜けだ!」
 こうした言葉が新聞の一面やテレビに次々と出た。
 そしてそれに便乗するようにナベツーラ派が威勢のいい言葉を言う。マスコミは彼等を英雄視して政権に相応しい、とまで言った。
「マスコミの公共性はどうなったのだ」
 こうしたことを言う人もいた。だがそうした心ある言葉はマスコミの大声と偏向した報道により掻き消された。最早サラーフはマスコミに完全に牛耳られていたのだ。
「馬鹿者共が」
 サラーフの首相であるサレムは自身の執務室で新聞を読みながら忌々しげに呟いた。その一面には政府と軍焦土戦術を激しく非難する言葉が羅列していた。
 それだけではない。そこにははっきりと書かれていた。
『ナベツーラを政権に』
 と。何処までも公共性を無視していた。
「全くです。あの連中に政治や戦略がわかる筈もありませんが」
 サレムの前に立つ男が同意した。軍務大臣のハルージャである。
「それはわかっているつもりだが。しかし連中はナベツーラがサラーフを救うと本気で思っているのか!?」
「どうやらそのようで」
「何もわかっとらん」
 サレムはそう言って首を横に振った。
「あの連中にサラーフを救うつもりなどない。あるのは権力を手にすることだけだ」
 無論彼等も権力への執着はある。だがナベツーラ達程ではなかった。そして責務もあった。
「ですがマスコミの突き上げは日増しに強くなっております。しかもそれに乗じてナベツーラ達が」
「それもわかっている」
 サレムの表情は晴れなかった。
「止むを得ん。兵を動かすとしよう」
「はい」
「確かムスタファに援軍が送られているそうだな」
「そのようですね。ブーシル方面からですが」
「そうか、ブーシルからか」
 サレムはそれを聞くと考え込んだ。
「今どれだけの艦隊が動けるか?」
「二十個艦隊程です」
「まだまだ二十四個艦隊に戻すには時間がかかるな。動くのはそれからにしようと考えていたが」
「残念ですが」
 二人は口惜しげに呟いた。
「だが仕方がない。まずは些細なものでも勝利を得る必要がある。マスコミとナベツーラ達を黙らせる程度のな」
「ですね。では七個艦隊程用いて援軍を叩くとしましょう」
「そうだな。では今すぐに動ける艦隊を選んでムスタファ星系とブーシル星系の間に向かわせよう。すぐにな」
「わかりました」
「おそらく今度の戦いで決まるな」
「我々が勝つか、ナベツーラが勝つか」
「それもあるがな」
「他にもあるのですか?」
「それは・・・・・・」
 サレムは言おうとしたがそれを止めた。
「いや、ない」
 そして顔を下に向けて首を横に振った。
「その話はいい。まずは勝とう。そうすれば焦土戦術を続行出来る。オムダーマン軍を疲弊させる為のな」
「ですね。やはり今回の戦いはあの戦術が最も効果があるかと。我が国の国土を考えましても」
「君の意見だったな。それは感謝している」
 サラーフの領土は広い。そしてカッサラから首都アルフフーフまでかなりの距離があった。その距離を利用してハルージャは焦土戦術を提案したのだ。
 これは確かに効果的であった。だがアッディーンはその意図を見抜きムスタファ星系に足掛かりを築き長期戦に入った。これは彼等の誤算であった。
「あの男が足掛かりを築くとは思わなかったしな」
「ですがそれでもアルフフーフとの距離はかなりのものがあります。それを考えますと」
「わかっている。そうして疲弊を待ち、機を見て攻勢を仕掛けるという君の考えは間違ってはいない」
「有り難うございます」
「ただそれはあの愚か者共にはわからんだけだ」
 これで幾度目だろう。ハサンはまたもや顔を顰めた。
「だからこそ勝たなければならん。サラーフを救う為にもな」
「はい」
 二人は頷き合った。そして数日後七個艦隊が首都アルフフーフから出撃した。オムダーマンの援軍を叩く為に。 
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