星河の覇皇
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第三部第一章 侵攻作戦その三
「この艦艇を使いすぐに基地を修復する。そして素早く基地としての機能を回復させる」
それには皆頷いた。
「そしてそこを侵攻拠点に作り変えると」
「そうだ、敵の裏をかく」
アッディーンは不敵な笑みを浮かべた。
「作戦の第一段階はそこまでだ。それから第二段階に入る」
「第二段階?」
提督達が尋ねた。
「そうだ。それは後々話そう」
彼はそう言うと指揮棒を収めた。
「何か異論はあるか?」
「いえ」
皆異存はなかった。アッディーンはそれを見て会心の笑みを浮かべた。
「ならば行くぞ、まずはムスタファ攻略だ」
「ハッ!」
皆席を立ち敬礼した。こうしてサラーフ侵攻作戦が開始された。
オムダーマン軍がサラーフに雪崩の如き侵攻を開始したとの情報はすぐにサハラ全土、いや人類全体にまで伝わった。
『どちらが勝つか』
連合においてもネットやテレビにおいてそのテーマで話が行なわれた。多くはオムダーマンの今回の侵攻は失敗に終わると見ていた。
『補給はどうするのか』
『戦力が足りないのではないか』
失敗を主張をる人々はその根拠としてそういった点を指摘した。
逆に成功すると主張する人々はその根拠を人に求めた。
『アッディーン提督ならやる』
彼等はアッディーンの卓越した能力に期待していた。
「最近サハラの動きが活発になってきているな」
八条は朝に届けられた新聞を見ながら呟いた。テーブルの上には朝食は置かれている。
彼の朝の食事は昔ながらの和食である。豆腐と若布の味噌汁にメザシ、少量の漬物に白米、そして茶である。他には納豆までついている、
「西方と北方がですね。特に西方は急激に動いております」
食事を共にする秘書官が言った。
「そうだな。では食事にしよう」
「はい」
「いただきます」
「いただきます」
二人は手を合わせると箸をとった。そして食事に入った。
「やはり朝は味噌汁がいいな」
「ですね。私はコーヒーよりこちらの方が好きです」
秘書官は味噌汁の中の豆腐を口の中に入れ飲んだあとで言った。
「我々は何かと料理の種類も多いけれどね。それでも日本人は朝は味噌汁といきたいね」
「同感です。しかし長官、そうした考えは若い女の子には好かれませんよ」
秘書官は彼に対して笑って言った。
「女の子の好みはあまり気にはしないが」
大体風の中の羽根の様に移ろい易く変わり易いものである。それに彼は元々その容姿と落ち着いた人柄により若い女の子からは人気が高かったので特にそれを気にすることもなかったのである。
「それよりも気にしなくてはいけないのは君の方だろう」
八条は笑って秘書官に対して言った。
「な、何がですか!?」
秘書官はそれを聞いて急に慌てだした。
「聞いているよ、最近妹さん達と上手くいっていないそうだね」
「ど、どうしてそれを!?」
実は彼には妹が五人もいる。美少女揃いという評判だ。
「い、いえ」
彼は急に畏まった。
「そのようなことは一切ありません」
「ではさっきの言葉は何だい?」
八条は彼をからかうように笑った。
「こ、言葉のあやです」
彼は顔を赤らめながらも謹厳な態度を必死に作った。
「たまには妹さん達にプレゼントでも買ってあげなさい。それに今日から休暇なのだろう」
「はい」
「ゆっくり休めばいい。骨休みも必要だ」
彼だけでなく秘書官も最近不眠不休で働き詰めだった。こうした休暇も必要なのだ。
「申し訳ありません。仕事に穴を空けてしまいますが」
「それは気にしなくていいよ」
八条は言った。あえて優しい口調で言った。
「これは私からのプレゼントだ」
彼はそう言うと側にあった可愛く包装された箱を取り出した。
「妹さん達にね。君からのプレゼントだと言って渡したらいい」
そこにはレターが挟んであった。『妹達へ』と書かれている。
「・・・・・・すいません、これ程までに」
「礼はいいよ。さあ、朝食が終わったらすぐに行った方がいい」
「わかりました」
こうして彼は休暇に入った。八条はそれを笑顔で見送った。
「さて、と」
彼は秘書官の姿が見えなくなると再び机に戻った。
「とりあえず私は仕事だな。休暇まで頑張るとするか」
机には山の様な書類があった。増えることはあっても減ることはない。
彼はその書類にサインを続けた。そして仕事を一つ一つ片付けていった。
連合においてはこの戦いは遠い場所のことであり特に気にかけるものではなかった。交易のあるサハラの国といえばハサン位でありそれも左程大きな交易ではなかった。今後のサハラ情勢を考えるにあたってどうか、という意見もあったがやはり戦いのシュミレーションを楽しんでいる者達の方が多かった。
だがエウロパでは事情が違った。彼等にとってはごく身近で起こる戦いでありそれによる影響を深く考察する必要があったのだ。
「どちらが勝っても国境を接することはないが」
モンサルヴァートは自身の司令室で地図を見ながら呟いた。
「この戦いにオムダーマンが勝った場合はサハラの勢力図が大きく変わることになる」
彼の前にはプロコフィエフが立っていた。
「はい、そして彼等の勢力はサハラにおける我々のそれを凌駕することになります」
彼女はいささか鋭い声で言った。
「そうだな。ただでさえハサンという大国もあるというのに。二つもそうした国が誕生すると厄介なことになる」
「既に北方においても我等の侵攻は停滞しておりますし」
「シャイターン司令か。あの男が来てからだ」
彼は顔を顰めさせた。
「サラーフの艦隊も殲滅したそうだな」
「はい、それによりオムダーマンが動いたのです」
「サラーフにとっては痛い敗北だったな。まあ自業自得だが」
彼はサラーフのホノグラフィの地図を拡げた。
「この戦い卿はどう見ている?」
彼はプロコフィエフに意見を求めた。
「そうですね」
彼女は地図を見ながら口を開いた。
「兵力はサラーフの方がまだ有利にはあります。ですがそれはあまり問題ではありません」
「では何が問題となる?」
「距離です。まずオムダーマンはサラーフの首都を陥落させなければなりません」
「アルフフーフをか」
「はい。ですがカッサラからアルフフーフの距離を考えますと一直線に向かうのは不可能です」
「そうだな。すると何処かに足掛かりを築かなければならない」
それはモンサルヴァートもわかっていた。
「問題は基地を置く場所です」
「何処がいいと思う?」
「ムスタファ星系です。カッサラにも近くまた交通の要地でもあります。ここを押さえるとオムダーマンはかなり優位に立つことができます。しかし」
「しかし?」
「サラーフも愚かではありません。何らかの手を打っているでしょう」
「そうだな。卿は彼等はどうした作戦を立てると思う?」
「そうですね」
プロコフィエフは問われ暫し考えた。
「焦土戦術ではないでしょうか」
そして表情を元に戻し答えた。
「焦土戦術か」
「はい、オムダーマンの矛先をかわし戦力を消耗させるにはそれが最も有効かと思います」
「アッディーン提督と正面から戦うのは危険だからか」
「それもあります」
アッディーンの名はエウロパにおいても広く知られるようになっていたのだ。
「ですが焦土戦術を執る理由はそれだけではないと思います」
「ほう、では何だ?」
「戦力の回復を待っているのではないかと思われます」
本来サラーフは二十四個艦隊を擁している。西方においては他を圧倒する戦力であった。だがオムダーマンがその勢力を急激に拡大させ敗戦によりその勢力は翳りを見せている。
「まずはオムダーマンの侵攻から消耗を避け彼等を兵糧攻めにしている間に兵を集めます。そしてオムダーマン軍が疲弊しきったところでその整え終えた戦力で攻撃を仕掛けるのではないかと」
「ふむ。まるでかつてのロシアの様な戦い方だな」
モンサルヴァートはそこまで聞いて口に手を当てて言った。ロシアは地球にあった頃敵が侵攻して来ると焦土戦術をとりその矛先をかわし敵の疲弊を待つのを常套手段としてきたのである。これによりナポレオンもヒトラーも敗れたのである。
「はい、雪こそありませんが戦い方はほぼ同じです」
「そうか。それではオムダーマン軍の苦戦は免れないな」
「おそらく」
「アッディーン提督は常に敵を即座に叩くのをよしとしている。おそらくそうした戦法には弱いだろうな」
「サハラの者には多いですね。かなり早急な人物かと存じます」
二人はアッディーンの今までの戦歴も考慮に入れていたのだ。そのうえで話している。
「オムダーマンにとってはかなり不利な戦いだな」
「はい、敗北した場合彼等は今度は自らが侵攻を受けることになるでしょう」
彼女の指摘は当たっていた。オムダーマン側もそれを最も怖れているのだ。
「どちらにしろこれだけは言えるな」
モンサルヴァートはここで言葉を一旦とぎらせた。
「この戦いに勝った方がサハラ西方を完全に手に入れる」
「はい、それは間違いありません」
プロコフィエフはその言葉に頷いた。
彼等の指摘は当たっていた。だが一つのことを読み違え一つのことを忘れていた。
読み違えはアッディーンであった。確かに彼は早急な性格で戦いを一気に決めることを好む。だが彼は常にそれを追い求めるような頭の固い人物ではなかった。
真の名将とは臨機応変にことに応じるものである。必要とあればどのような戦い方も出来る。そうでなくては戦いに勝てはしない。アッディーンは真の名将であった。
そして忘れていたことはシャイターンの存在である。
この人物のことはまだ誰もが戦上手の傭兵隊長位にしか思っていなかった。だが彼は一介の傭兵隊長に収まるような人物ではなかったし彼自身もそのようなことは全く望んでいなかった。
「サラーフは魔王の夕食となった」
後にある劇作家が自分の作品の中で登場人物にこう言わせた。この戦いにおいてシャイターンの存在はそれ程までに重要であったのだ。
だがそれをまだ誰も知らない。シャイターンのみが無気味な笑みをたたえていた。
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