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星河の覇皇

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第二部第四章 二つの戦いその二


 だが外患がまだであった。今国境にはサラーフの三個艦隊が集結していた。
 それに対するはアッディーン率いる艦隊である。兵力にして一七〇万、一万七千隻、敵の約半分であった。
「さて、どう戦うかだな」
 アッディーンは会議室に提督や参謀達を集めていた。
「守りを固めていれば敵の侵攻は抑えられるが」
「ですがそうはなさらないでしょう」
「確かにな」
 彼はガルシャースプの言葉に口元を綻ばせた。
「守りを固めていても敵の増援が来る怖れがある。それにこちらの援軍は期待できないしな」
 今オムダーマン軍はミドハドの治安安定に手が一杯でとてもブーシルまで手が回せなかった。余裕ができるには暫くの時が必要であった。
「今彼等はブーシルに向けて侵攻を開始しています。迎え撃つのなら何処でしますか」
「そうだな」
 彼はラシークの言葉を聞きながら地図を見た。
「今敵は国境を越えたところらしいな」
「はい、今この辺りです」
 ラシークがその場所を指し示した。するとそこに駒が浮かび上がった。
「彼等はここからブーシルに一直線に向かって来ています」
「するとブーシルに入るのはこの辺りだな」
 アッディーンはブーシルの北東部を指で指し示した。
「おそらくそこから来るでしょう。偵察隊はそう読んでおります」
「そうか。ではまずは北東部に向かうぞ」
「はい」
 提督と参謀達は頷いた。
「彼等の前に布陣する。そうすれば彼等は我々と正面から戦おうとするだろう」
「兵力差を考えるとそうなるでしょうな」
「だがかなり前方に布陣することにする」
「何故ですか?」
 この言葉に皆顔を向けた。
「敵の動きを誘い出すつもりなのだ」
 彼はそう言うとニヤリと笑った。
「いつも俺がやっていることを今度は彼等にしてもらう」
「?」
 皆その言葉に首を傾げた。
「何、すぐにわかる。そして簡単なことだ」
「簡単なこと・・・・・・?」
「そうだ、諸君は二倍の兵力があったらどうするか」
「それは昔から決まっておりますが」
 孫子にもある。二倍の兵力の時は挟み撃ちにすべし、と。
「見ていてくれ。彼等はその兵力故に敗れ去るだろう」
 彼はそう言うと地図を叩いた。すると自軍の駒が浮き出た。
「一週間後この地図の上に浮かんでいるのは我が軍だけになるだろう」
 その言葉が一同の心に深く残った。半信半疑な一同であったがここは常に勝利を収めてきたこの若き将の言葉を信じるしかなかった。

 翌日アッディーン率いるオムダーマン軍とサラーフ軍はブーシル北東部で対峙した。世に言うブーシル会戦のはじまりであった。
 オムダーマン軍が地形を無視して四方八方に全く障壁のない場所に布陣しているのを見てサラーフ軍の司令は驚いた。
「どういうことだ、アッディーン提督といえば常に地形を利用して戦うと聞いていたが」
 サラーフ軍の司令はそれを見て不思議に思った。
「あれでは策も何も使えぬぞ。まるで挟み撃ちにしてくれと言わんばかりだ」
 彼はまずアッディーンの奇略を警戒した。だがそうした気配は全く感じない。
「そもそもあの場所では何も出来ませんしね」
 参謀の一人も首を傾げながら言った。
「伏兵の存在もないようです」
 偵察隊からの報告が入った。
「そうか。では何も策がなくてあの場所に布陣しているのだな」
 彼はその報告を聞いて頷いた。
「では兵を動かすとしよう。軍を二つに分けるぞ」
「ハッ」
 兵が二つに分かれた。一個艦隊が分かれオムダーマン軍の後方に向かった。
「よいか、後方にきたところで敵を攻撃せよ。同時に主力も向かう」
「ハッ」
 その一個艦隊はアッディーンに悟られぬよう慎重に迂回してその後方に向かった。
「気をつけろよ」
 だが同時にアッディーンも動いた。サラーフ軍の主力が気付いた時には彼等はそれまでいた場所にはいなかった。
「まさか・・・・・・」
 司令はそれを見て危機を悟った。すぐに後方に向かわせた艦隊の援軍に向かった。
 だが遅かった。後方を狙わせた艦隊はオムダーマン軍の側面からの総攻撃を受けていたのだ。
「撃てっ!」
 まずは一斉射撃が加えられる。無防備な側面にビームの帯が叩きつけられる。
 忽ち数百の艦艇が破壊される。そして再び一斉射撃が加えられる。
 これで敵艦隊の勢いは止まった。それを見過ごすアッディーンではない。すぐに突撃が指示された。
 横からオムダーマン軍の艦艇が一斉に襲い掛かる。既に混乱状態に陥っていたサラーフ軍にそれを押し留めることは出来る筈もなく突入を許してしまった。
 艦載機イエニチェリが襲い掛かる。そして艦と共同して敵艦を沈めていく。
 敵を突っ切った。そして反転して再び襲い掛かる。
 二度の突撃を受けサラーフ軍は壊走した。為す術もなく自軍の主力がいた方に逃げて行く。
「まずはこれでよし」
 アッディーンは逃げて行く敵軍の背を見ながら言った。
「今度は敵の主力の番だ」
 サラーフ軍は壊走してくる自軍を発見すると彼等と合流した。その数は半数にも満たなかった。
「優勢の敵に側面から急襲を受けたのだ、無理はないな」
 司令はその傷付いた艦艇を見ながら悔しげに呟いた。
「どうやら下手な小細工はかえって損害を増やすだけのようだな」
「するとやはり」
 参謀達が顔をこちらに向けてきた。
「うむ、正面から決戦を挑むぞ。兵力ではこちらの方がまだ上なのだしな」
「わかりました」
 彼等はこうしてこちらにやって来たオムダーマン軍の正面に布陣した。アッディーンもそれに対し正面で構えた。
「さて、正面からの戦いとなったわけだが」
 彼は旗艦アリーの艦橋に提督達を集めていた。
「おそらく敵は全戦力を正面にぶつけてくるだろう。かなり苦しい戦いになる」
「ハッ」
「この防衛戦の指揮官だが」
 彼はそこで指を鳴らした。
「入れ」
 そこで砂色の髪と鳶色の瞳を持つ男が入って来た。
「貴官は・・・・・・」
 提督達はその者を見て目を見張った。
「アガヌ提督だ。諸君達も知っていよう」
「はい・・・・・・」
 ミドハド軍においてアッディーンの攻撃に一人果敢に守ったあの人物である。確か捕虜になっていた筈だが。
「オムダーマン軍に入ることとなった。階級は少将だ」
「宜しくお願いします」
 彼はオムダーマン式の敬礼をした。国家の興亡の激しいサハラではよくあることである。滅亡した国の軍人が征服した国に再登用されたり他国に登用されたりすることは。これはサハラの特色でもあった。
 だから提督達もそれについては驚いていなかった。驚いたのはいきなり軍の指揮を任せたことであった。
「アタチュルク提督、ムーア提督、ニアメ提督は彼の指揮下に置く。異存はないな」
「はい・・・・・・」
 やはり新参者の下につくというのは不満があった。だがこれも命令である。
「コリームア提督は俺と共に三千隻を率いる。これは何に使うかはわかるな」
「ハッ」
 コリームアは敬礼でもって答えた。
「時が来れば動くぞ、その時に備えておけ」
「わかりました」
「諸君、勝利は我等が手にある。アッラーは偉大なり!」
 サハラの主な宗教はイスラムであった。他の宗教も存在しているがアラブ系の者が多い為必然的にイスラム教徒が多くなるのである。かって原理主義者等を生み出したが今はかっての寛容さを取り戻している。
 アッディーンのその言葉が合図となった。オムダーマン軍は戦闘態勢に入った。
 まずは数に優るサラーフ軍が動いた。そのまま押し潰さんとする。
「来たか」
 アガヌはその動きを冷静に見ていた。
「まずは動きを止めよう」
 彼はそう言うと敵の最も突出している部分を指し示した。
「あのポイントに火力を集中させよ!」
 すぐに砲撃が行なわれる。そして敵の進撃が阻まれる。
 だがサラーフ軍は再び進撃を開始する。今度は横陣を組んで向かって来た。包囲するつもりである。
「中央に火力を集中させよ!」
 再び指示が下る。敵の中央部が撃たれ陣が崩れる。
「ほう」
 それを見た提督達が思わず声をあげた。
「用兵が巧みだな。守りが上手いわけだ」
 彼等はすぐにアガヌの力量を認めた。
 敵は次第に苛立ってきた。そして今度は次々に波状攻撃を繰り出してきた。
「ならば」
 彼は前線に守りの固い戦艦を置いた。そして方陣を組みそれを防いだ。
 敵が引けば押し、押さば引いた。そしてその攻撃をよく防いでいた。
「ふむ、見事だな」
 アッディーンもそれを見ていた。
「思ったよりも遥かに見事だ。兵力差をものともしていない」
 彼はそれを左翼で見ていたのだ。
「司令、我等はまだ動かなくてよいのですか」
 艦長を務めるムラーフが問うた。
「ああ、まだいい」
 彼は鷹揚に答えた。
「今は動く時ではない。だが時が来れば」
 彼はそこで表情を変えた。
「一気に動くぞ」
 それは獲物を狙う猛禽の眼であった。
 戦局は完全に膠着していた。サラーフ軍は数に優りながらもアガヌの巧みな用兵と防御によりその優位を活かせてはいなかった。
 だがオムダーマンも数に劣り押しきれない。次第に両軍に焦りが生じてきた。
「司令、将兵が苛立ちはじめております」
 それはアッディーンも承知していた。
「まだだ、まだ動いてはならない」
 彼はそう言った。将兵はその言葉に従い落ち着きを取り戻した。
 だがサラーフは違った。数に優っているが故に次第に苛立ちを隠せなくなってきていた。
「おい、このままでいいのか」
 次第に将校達の間でもそう囁かれだした。
「機を逃すとまたアッディーンにやられるぞ」
 彼等はアッディーンの軍略を怖れていた。その為一気を勝負を着けたかったのだ。
 だがそれは出来ていなかった。戦いは膠着状態に陥っていた。
 次第に突出する艦が出て来た。しかしアガヌはそうした艦から沈めていった。
「段々統制がとれなくなってきたな」
 アッディーンはそれを見て言った。
「もうすぐこれが全体にまで及ぶぞ」
 彼の言葉は的中した。やがて敵の両翼が突如として突撃を開始した。
「よし、今だ!」
 彼はそれを見て叫んだ。
「今から敵の右翼を叩く、主力部隊は左翼に備えよ!」
 彼はそう言うと右手を挙げた。
「勝機は来た、この戦い我等がものだ!」
 右手が振り下ろされる。同時に彼が直率左翼部隊が動いた。
「よし、遂にはじまったな」
 その中にはコリームアが率いる艦隊もあった。
「司令に続くぞ、我等の動きを見せてやれ」
 彼は幕僚達に言った。そして疾風の様な動きで敵に向かっていった。
 アッディーンとコリームアが率いる部隊は闇雲の突撃してきた敵右翼の矛先をかわした。そしてその側面に回り込んだ。
「撃て!」
 アッディーンの右腕が振り下ろされる。その攻撃により敵右翼の動きが止まった。
「今だ、突撃せよ!」
 そして突撃を敢行する。彼は自らの旗艦を真っ先に突入させた。
「遅れるな、続け!」
 この行動に皆奮い立った。そして彼に続き敵に向けて雪崩れ込んでいく。
 サラーフの右翼は瞬時にして崩壊した。左翼はアガヌの巧みな防御の前にその動きを完全に止められていた。その動きを見逃すアガヌではなかった。
「敵左翼に火力を集中させよ!」
 アガヌはすぐに攻撃を敵左翼に集中させた。それでサラーフの左翼は崩壊した。
 同時にアッディーン率いるオムダーマン軍左翼が崩壊したサラーフ軍右翼を追いその脇に攻撃を仕掛けてきた。それはサラーフの左翼も同じ状況であった。
 サラーフ軍は両翼から攻撃に曝されていた。統制はさらにとれなくなっていた。
「クッ、兵を少し退かせよ!」
 それを見たサラーフ軍の司令は部隊を少し退かせるよう指示した。だがそれは的確には伝わらなかった。
「撤退か!?」
 このような混乱した状況ではままあることであった。サラーフ軍の中にはそのまま戦場を離脱する艦もあらわれた。
「待て、逃げるな!」
 それを見た司令は慌てて彼等を止めようとする。だがそれは伝わらなかった。
 ようやく退き陣を再構築しようとした時には既にその数は大きく減っていた。最早オムダーマン軍の方が優勢であった。
「形勢逆転だな」
 アッディーンはその敵軍を見ながら言った。そして三日月型の陣を組み攻撃を仕掛けた。
 サラーフ軍も果敢に戦う。だが数を大きく減らしてしまっている為満足に対抗できない。次第に追い詰められていく。
「こうなっては仕方がない、戦いにはならん」
 サラーフ軍司令は忌々しげに呟いた。
「全軍撤退だ!すぐにこの星系から退却せよ!」
 退却の指示が下った。こうしてサラーフ軍は撤退を開始した。
 その退却も困難を伴うものであった。オムダーマン軍の追撃を受けようやくサラーフ領に逃げ込んだ時には半分程にまで減っていた。
「これで外患は始末したな」
 アッディーンはそれを見ながら満足した笑みで言った。それから間も無く彼のもとにハルドゥーンが自害したとの報告が入った。
 こうしてブーシル星系会戦は終わった。結果はサラーフ軍の大敗であり彼等は参加兵力の半数近くを失い自国領に逃げ込んだ。またハルドゥーンも自害したことによりこの星系での工作も水泡に帰してしまうという致命的な痛手も被った。これへの挽回の為北方諸国への侵攻を実行に移すこととなったのである。
「よくやってくれた」
 戦いが終わったあとアッディーンはアガヌに対して言った。
「今回の戦いの勝利は貴官によるところが大きい」
 アッディーンは満面に笑みをたたえていた。
「いえ」
 だが彼は首を横に振った。
「私の功績ではありません。私はただ指示を出していただけです。それよりも」
 彼は言葉を続けた。
「兵士達を称えて下さい、今回の戦いは彼等の奮闘なくしてはありませんでしたから」
 これが彼の性格であった。彼は自らの功を誇ったりはしない人物であった。これにより兵士達の間で彼の人気は不動のものとなった。 
 だがそれを誇るような彼ではない。それが軍内での信望をさらに高めることとなった。
「ふむ」
 アッディーンはそれを黙って見ていた。
「性格もいいようだな」
 彼はそれを素直に受け止めた。
 アッディーンの人となりをあらわすにあたって最も特徴的なのは嫉妬や羨望とは全く縁がないことである。これは彼が自身の能力に対して絶対の自信を持っていることと他人を素直に認めることの出来る資質からきていた。
 彼等は勝利の中帰還した。そして次の戦いに備えるのであった。 
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