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星河の覇皇

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第二部第三章 魔王その二


「敵将自ら来ているからでしょうか」
 その中の一人が問うた。
「それは本質であるが正解ではないな」
 彼は不敵な笑みを浮かべて答えた。
「モンサルヴァート提督により諸君等は今までどれだけ苦しめられてきた?」
「それは・・・・・・」
 エウロパのサハラ侵攻はモンサルヴァートがやって来てから余計に激しくなった。アガデスだけでなく彼に敗れ滅びた国は多い。
「その彼がいなくなることがどういう意味かはわかるな」
「はい」
 彼等を脅かす最大の脅威がなくなるだけではなかった。彼等もエウロパに勝てるということが心の中に植えつけられるのだ。シャイターンは後者は言わなかったが。
「今こそモンサルヴァート提督を討つ、そして我等の地を取り戻すぞ!」
「ハッ!」
 皆シャイターンの言葉に奮い立った。そして陣を整えはじめた。
「これでよし」
 シャイターンはその様子を見て笑った。
「彼等は皆私の下に戦う。私の思うがままだ」
 何処か悪魔的な笑みであった。

 彼は部屋に戻った。扉は例の六人の鉄仮面の将校達が守っている。
「護衛も完璧だな」
 それを他国の兵士が見て呟いた。
 それを聞いた仮面の男の一人が顔を向けた。兵士はそれに驚いて慌てて逃げ出した。
「閣下」
 ハルシークは部屋の中でシャイターンの前に立っていた。
「どうした、何か言いたいことがあるようだが」
 彼は私服に着替えくつろいでいた。保護種に指定されている貴重な鳥の羽毛で作られた白い服である。
「先程の発言ですが」
 それに対してハルシークの表情は真摯であった。くつろぎとは全くの無縁である。
「モンサルヴァート司令を倒すというあれか」
 彼は椅子に座り酒を口にしながら問うた。
「はい。実際に戦闘で彼を倒すのは困難であると考えますが」
 ハルシークは両軍の戦力を頭に入れながら言った。
「数は彼等の方が上です。そこで無理をして彼を討とうとすれば」
「かえって無理な突撃になりそこを付け込まれる恐れがある、と言いたいのだな」
「お言葉ですが」
 彼は謹んで言った。
「それよりもじっくりと防御に徹するべきであると存じます。我々には無駄な兵力がありません故」
「それは私も同じ考えだ」
 シャイターンは落ち着いた声で言った。
「やはり。では何故あのようなことを仰ったのですか?」
「わかっていると思うが。彼等の心を掴む為だ」
 彼はうそぶくようにして言った。
「雑多な軍を一度で纏め上げるには時として共通の強大な敵を指し示すことが必要だ」
「左様ですか。そして私はもう一つお聞きしたいことがあるのですが」
「何だ」
 彼は察してはいたがあえて問うた。
「サハラ北方のことです。本当に手中に収めようとお考えなのですか」
「当然だ」
 彼は笑って答えた。
「北方だけではない。いずれサハラの全てが私のものとなる。それはいつも言っていることだろう」
「はい」
「だが北方を手中に収めるのはまだまだ先のことだ」
 彼の言葉は果たして何処までが真で何処までが嘘なのか、凡人には理解し難かった。だがハルシークにはよくわかっていた。
「まずは土地の基盤を持たなくてはな。父上のバックだけでは心もとない」
「はい」
「私自身がここに根付く必要がある」
「それにはどうお考えですか?」
「ハルーク家との縁組を考えているのだが」
「ハルーク家とですか」
「そうだ」
 ハルーク家はこのサハラ北方一の富豪である。鉱山を数多く保有しておりサハラ全土でもその富は屈指のものである。今は当主が世を去り彼の年老いた未亡人が当主代行を勤めている。
「あの家と結び付くことができればその基盤は確固たるものになる。そしてそれからの動きが楽になる」
「ですがその為にはまずは」
「この戦いに勝たなくてはならない、と言いたいのだろう。それは既に決まっている」
 彼はまたもやその悪魔的な笑みを浮かべた。
「私が勝つということがな」
「左様でしたな」
 ハルシークもそれに頷いた。
「今度の戦いは楽ではないか。引き分ければそれでよいのだからな。このエマムルドを守ればいいだけなのだからな」
「そういうお考えでしたか」
「私は常に最短で最良の計画を立案し実行する。その為の手段は選ばないだけでな」
 やはりその笑みは何処か悪魔めいている。これは彼のそうした性格によるものなのだろうか。
「だがハルシークよ」
 彼は表情を真摯なものとした。
「問題はそれからだ。どうやって私がここで権力を握るか」
「婚姻の後ですか」
「そうだ、まずは邪魔になる人間をリストアップしておけ」
「わかりました」
「その連中を全て消すのだ。私の邪魔をする者には死を以って消えてもらう」
 冷徹な声であった。そこには感情はなかった。
「言っておくがハルーク家の人間であってもだ。いや、ハルーク家の人間は他にも増して厳重に調べろ」
「はい」
「それから次の計画に移る。邪魔者を全て消した後で」
「それからサハラ北ですか」
「それはわからないな」
 シャイターンの口の端が歪んだ。
「モンサルヴァート提督の下にも刺客を送っておきたいがな。だが彼は切れる男だ」
「あまり期待はできませんか」
「そういうことだ。もし成功してもエウロパには切れ者が多いしな。そうそう容易には攻められまい」
「ではまずは彼等を凌駕する勢力を築かれると」
「それが先決だな」
 そう言うと酒を再び口に含んだ。
「狙い目は何処になるかな」
「そうですな・・・・・・」
 ハルシークは問われて考え込んだ。
「サラーフなど如何でしょうか」
「サラーフか」
 それを聞いたシャイターンの眉がピクリ、と動いた。サラーフと北方諸国の一部は国境を接しているのだ。
「あの国は西方で第一の勢力だが」
「今はそれも脅かされておりますな」
 ハルシークは言った。
「確かにな。今はオムダーマンの勢力が日増しに大きくなっている。今ブーシルで手こずっているようだが」
「ブーシルですか」
 ハルシークはそれを聞いて口の両端だけで笑った。
「閣下はブーシルについてどうお考えですか」
「あの星系でのレジスタンスとやらについて尋ねているのか」
「はい」
 彼は答えた。
「あのようなものすぐに鎮圧される。そしてサラーフの侵略も失敗に終わる」
「やはりそう見ておられますか」
「当然だ。最早ミドハドの命運は尽きている。今何をしようがそれは覆らない」
 彼はテーブルの上にグラスを置いた。そこに侍女が酒を注ぎ込む。
「ご苦労」
 彼はそれを見て侍女に言葉をかけた。
「そして近いうちにサラーフとオムダーマンの全面的な対決があるだろう。双方の戦力が均衡しているがな」
「どちらが勝つと思われますか」
「わからないな」
 シャイターンはその整った眉をピクリ、と歪めた。
「どちらが攻め込むかで事情が異なってくる。今までの経緯から察して先に兵を動かすのはサラーフだと思うが」
「でしょうな。カッサラのこともありますし今も現に兵を動かしています」
「それは撃退されるだろう。オムダーマンはそれから反撃に移る筈だ」
 彼はそう読んでいた。
「ですが地の利はサラーフにありますな」
「うむ、兵力がほぼ互角の場合これはかなり大きいな」
「長期戦になるかも知れませんぞ」
「それは双方にとっても避けたい事態だろうな」
 シャイターンは言った。
「国力を疲弊させてしまっては元も子もない。我々が付け入る隙は出来るだろうが」
「閣下は両国の戦闘が長期化するのをお望みですか?」
「まさか」
 それは否定した。
「いずれ私の領土となる地だ。疲弊させてしまっては意味がないではないな」
「そう言われると思っていました」
「相変わらず意地が悪いな」
「ふふふ」
 ハルシークは含み笑いを漏らした。
「短期決戦になってもらわなくてはな。そしてどちらか、恩をより多くくれる方につきたい」
「それでしたらオムダーマンでしょう」
「やはりそちらか」
 シャイターンはその言葉を予測していた。
「サラーフは守り抜けばいいのですがオムダーマンは完全に攻め落とさなければなりません。これは大きいです」
「我々がサラーフの後方から攻め込めばそれだけオムダーマンは楽になるな。向こうに割り当てられる兵力も減るし」
「はい、彼等にとっては一石二鳥の参戦になります」
 彼等は既にこの北方諸国は自らのものにあると考えていた。
「それでは今後の方針も決まったな。だがオムダーマンにも今後順調に勢力を拡大してもらっては困るな」
「ではその為に手を打っておきますか」
「時が来ればな」
 彼は意味ありげに笑った。
「いずれ彼等にも消えてももらわなければいけないのは事実なのだしな」
「はい、ではそれはサラーフとの戦いの後で」
「うむ、準備はしておこうか。頼むぞ」
「そちらはお任せ下さい」
「よし。では話をこちらに戻すとしよう」
 彼は酒で喉を潤して言った。
「エウロパの軍勢は持久戦に持ち込もう。そしてその間に色々と手を打つか」
「戦いは何も正面から剣で斬り合うばかりではありませんからな」
「そうだ。それでは私の戦い方を彼等に見せてやろう」
 ハルシークは席を立った。そしてシャイターンはそのまま休息をとった。

 数日後エウロパ軍がエマムルド星系に到着した。それに対しシャイターン率いる北方諸国連合軍は正対して布陣していた。
「攻撃に移りますか」
 旗艦リェンツィの艦橋でプロコフィエフがモンサルヴァートに対して尋ねた。
「うむ」
 彼は頷いた。まずは一斉射撃を加えた。
 だがそれは殆ど効果がなかった。北方諸国軍は前面に特殊合金による防壁を置いていたのだ。
「楯にするつもりか」
 そしてその間から攻撃を仕掛けて来る。モンサルヴァートはそれを見て顎に手を当てた。
「敵の将はシャイターン隊長だったな」
「はい、今は彼等の全ての軍の全権を委任されています」
 プロコフィエフが答えた。
「そうか。噂通りだな。中々考えている」
 モンサルヴァートはモニターに映し出されている敵の陣を見ながら言った。
「右に磁気嵐、左にはアステロイド帯。そして上下には機雷を撒いている」
「我々の動きを制限する為でもありますね」
「そうだ。我々は彼等を正面から打ち破らない限りこの星系を手に入れることはできないな」
「では一気に打ち破りますか」
「それも愚だ。わかるだろう」
「はい」
 彼女はそれを知りながらモンサルヴァートの考えを知る為にあえて問うたのだ。
「ここで彼等を打ち破ってもこうした防衛線を二重三重に置いている筈だ。下手に攻撃を仕掛けて戦力を消耗すべきではない」
「それでは予備戦力をこちらに呼びますか」
「そうだな。攻撃を仕掛けるのはそれからだ」
 彼は決断した。そして補給線を確保したうえで敵軍と向かい合って布陣した。
「さて、エウロパ軍は動きを止めたわけだが」
 シャイターンは会議室で諸国の提督や参謀長達を集めて軍議を開いていた。
「彼等は侵攻を諦めたわけではない。これはわかっていると思う」
「はい」
 ここにいる殆どの者はシャイターンより遥かに年長である。しかし彼はそれに対し全く臆することなく話をしている。
「今後方から予備戦力を呼んでいる。それが到着し次第すぐに攻撃を仕掛けて来るだろう」
 それを聞いた彼等の顔が暗くなった。
「だが心配する必要はない」
 シャイターンはそんな彼等を宥めるように言った。
「私がいる限り彼等はこのエマムルドを手に入れることは出来ない」
 かれはの声は自信に満ちていた。
「まずは彼等の後方を脅かす」
 彼はそう言うと指揮棒でモニターに映し出されている両軍の陣を指し示した。
「我が軍の中から少数を選び出し彼等に敵の後方を襲撃させる。これでまずは補給線を脅かす」
 それはオーソドックスな戦法といえた。
「そしてそれで彼等が疲弊したところで次の手を打つ」
 彼は地図を再び指し示した。
「この陣地を棄てる」
「えっ!?」
 これには皆驚いた。シャイターン直属の者達を除いて。
「話は最後まで聞くように」
 彼は学校の教師のような言葉を出した。
「既に次の陣地は決定している。そこに撤退してさらに敵を誘い込むのだ」
「成程」
 彼等はそれを聞いて一先納得したようである。
「だがそれだけではない」
 シャイターンは言葉を続けた。
「この陣地にはトラップを多数置いておく。機雷や無人攻撃砲座をな」
「そして彼等に少しずつ損害を与えていくと」
「そういうことだ」
 彼は言った。
「それを繰り返す。そして彼等の戦力が消耗しきったところで叩く。そうすれば如何に彼等の兵が多くとも怖れることはない」
「一気に戦いを決めるのではなく持久戦に持ち込むのですか」
「うむ。今まではエウロパに皆正面から挑んでいた。こうして正面からの戦いを避ける戦い方もあるだろう」
「はい」
 まるで目から鱗が取れたかのようであった。彼等は今までエウロパとの戦いは正規戦が多かったのだ。これは彼等の巧みな戦略に誘い込まれそう仕向けられた向きもあるが。
「よいな、まずは正面からの衝突は絶対に避ける。襲撃を仕掛ける部隊も敵が来たならばすみやかに撤退せよ」
「ハッ!」
 こうして北方諸国の作戦は決定した。そして彼等は守りを固め小部隊でエウロパ軍の補給線を襲撃していった。
「こうした戦い方をしてくるとは思わなかったな」
 モンサルヴァートは補給線が脅かされていることを見て言った。
「すぐにパトロール及び護衛の数を増やしましょう」
 プロコフィエフが進言した。
「そうだな。このままでは将兵の士気だけでなく物資の欠乏が起きてしまう」
 彼とて補給の重要性はよく認識している。そしてプロコフィエフの提案をすぐに採用した。
 これにより補給線への襲撃はかなり避けられるようになった。だが兵をそこに割いた為そこを北方諸国に衝かれる。今度は彼等は本陣に奇襲を仕掛けて来たのだ。
 奇襲といっても全軍を以って来るわけではない。不意を衝き攻撃を仕掛け去って行くのだ。被害は微々たるものだ。しかし何時攻撃を仕掛けられるかわからないので皆神経を尖らせていた。
「本陣の警戒態勢を強化しよう、そして陣を組み直すぞ」
 彼は攻撃用の突撃を意図した左右に拡がった陣を解体し方陣に組み直した。そしてそれで援軍を待った。
 援軍が来た。彼はそれを得てようやく前に進もうと考えた。
「お待ち下さい」
 プロコフィエフがそれを制止した。
 
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