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星河の覇皇

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第一部第七章 壁と鉄槌その二


 山の様な書類の決裁を抱えているのはモンサルヴァートだけではなかった。連合中央政府国防長官である八条もそれは同じであった。
「ではこれを広報部に渡してくれ」
 彼は決裁が終わった宣伝に関する書類を秘書官の一人に手渡した。連合軍は徴兵制ではない。連合を構成する国々はどれも徴兵制は連合設立と共に廃止している。これは二十世紀から軍の立場が相対的に弱まったこともあるが連合においては対外戦争は絶えてなく宇宙海賊に対するものであったから特に多くの兵を必要としなかったのである。そして元々人口が多い為志願制だけでもかなりの兵が期待できたのだ。
 だからといって何もしないのでは兵は集まらない。志願制の軍隊は常に自分達のことを宣伝しなくてはならない。何処が長所かということを。これは一般の企業と同じである。そうでなければ多くの優秀な人材は集まらないのだ。
「日本にいた時もこれは変わらなかったな」
 八条は部屋に残るもう一人の秘書官を前に苦笑した。
「とかく居住設備の充実や食べ物の質の向上にもうるさいしな。地位や待遇のことも考慮しなければならない」
「最早軍が粗末な環境で我慢していいという時代ではないですからね」
 そうした話は一千年程前に終わっていた。アメリカ軍がその先鞭をつけたと言われているがそうしなければ軍全体の士気に関わるのだ。
「だがそれにかかる費用も莫大なものになってしまうな」
「しかし徴兵制にしてもそれは変わりませんよ。しかも士気は期待できませんし」
「そうだな」
 連合では軍人はあまり人気がある仕事とは言えない。軍人や役人になるよりは開拓地に行って大農園を起こすなり鉱山や油田を掘り当てるなり会社を興す方がよっぽど儲かるからだ。文才や芸術の才能があるとそちらに向かうし想像力があれば作家や漫画家になる。こうした風潮が連合独特の大衆文化のもとにもなっている。
「これで人材が集まってくれればいいのだけれどな」
「人は集まりますよ。それも多量に」
「それに元々の数もあるか」
 八条は自軍のことを頭に思い浮かべて言った。
「数が確保できているのは有り難いな。それだけで大きな力だ」
「はい」
 軍はまず数である。それは何時の時代も変わらない。
「だがそれはそれで問題が出てくる」
 彼はそう言うと手元にある書類を手にとった。
「後方支持も大規模なものになる。情報部と補給部、そして経理部のことだが」
「それに技術部もですね」
「そうだ、予想はしていたがここまで規模が大きいとことあるごとに支障をきたす恐れがある」
「そうなった場合我が軍にとっては破滅的な事態になりますね」
「そうだ。システムの整備もさることながら運営する人材も選ばないとな」
「そうですね」
「衛生設備のこともある。課題はまだまだ山のようにあるぞ」
「それからですね、軍を動かせるようになるのは」
「そうだな、今はこれまで通り宇宙海賊の掃討しか出来ない。だが当面はこれでいい」
「はい」
「問題はその後だな」
 彼はそう言うと考える目をした。
「さて、この連合軍がこれからどう動くかだ」
 彼はそこで言葉を止めた。そしてその手にする書類の決裁をはじめた。

 舞台はミドハドに移る。サルチェス星系を手中に収めたアッディーンの艦隊は彼の言葉通りケルマーン星系に向かっていた。
「敵艦隊の情報は?」
 彼は情報主席参謀であるシャルジャー大佐に尋ねた。
「ハッ」
 痩せて学者のような風貌の人物である。三十代半ばであろうか。軍服よりは地味なスーツの方が似合いそうである。彼は司令の問いに敬礼をした後で答えた。
「ケルマーン星系に一個艦隊が確認されております」
「やはりな。そして今どうしている?」
「只今サルチェスより撤退した艦隊と合流し我が軍を待ち受けているようです」
「ふむ。おそらく彼等は予備戦力だったのだろうな。ジャースク辺りで行なわれるであろう戦いの為のな」
「そうであると思われます。そして我々への備えの意味もあったかと」
「そして今その備えになったというわけか」
「計らずもそうなったと言えるでしょう」
 シャルジャーは答えた。
「彼等を破りケルマーンを手に入れたなら友軍の大きな援護になるな」
「そうですね。敵の主力は後方を脅かされるのですから」
「今我が軍の主力は何処に展開している?」
「ジャースクに今入ろうとしていると思われます」
 鋭利な風貌の男が答えた。二十代後半であろうか。シャルジャーよりも長身である。
「ふむ、作戦参謀はそう見るか」
「はい」
 彼はアッディーンに対し答えた。
「ではシンダント大佐、貴官はジャースクでの敵の動きはどう予想するか」
 アッディーンはその作戦参謀の名と階級を呼んで尋ねた。
「おそらくはすぐに攻撃を仕掛けてはこないと思います。我が軍の主力の様子を見るかと」
「そうか。こちらに兵は向けては来ないと見るか」
「はい。ケルマーンにいる戦力だけで太刀打ちできると考えているでしょう」
「だろうな。数のうえから言っても」
 アッディーンは考える目をして言った。
「ケルマーンにいる艦隊もすぐには動かないでしょう。防御を固めているかと思われます」
「そして主力同士の戦いが終わった後に我等を叩く」
「おおよそはそう計画していると思われます」
「だが計画は計画だな」
 アッディーンはここで不敵に笑った。
「ケルマーンの敵艦隊の位置は確認できるか」
「はい」
 シャルジャーは答えた。
「よし、ならば我が軍は今より全ての交信を途絶する。そして識別信号も出すことを禁じる」
「ということはまさか」
「そう、そのまさかだ」
 アッディーンはシンダントの言葉に対して微笑んだ。
 そしてオムダーマン軍はアッディーンの指示通り動いた。そしてミドハド軍へと向かった。

 一方ミドハド軍はケルマーン星系の恒星ケルマーンを背に布陣していた。アッディーンの得意とする後方からの奇襲を避ける為だ。各惑星に索敵を徹底させ自らはそこで迎え撃たんとしていた。
「話は聞いている。見事な戦いだったそうだな」
 ミドハド軍の艦隊司令はアガヌに対し声をかけていた。サルチェスの戦いから逃げ延びた艦隊の司令は中将、彼は大将であるので艦隊の指揮は彼が執ることになっていた。
「いえ、私は何もしておりません」
 アガヌはそれに対して謙遜して言った。
「そんなことはない。貴官のおかげで多くの将兵が戦場から無事離脱することができた。これは貴官の功績だ」
「有り難き御言葉」
「これからの戦いでも期待しているぞ。ここで食い止めなければジャースクにいる我が軍の主力に危機が訪れるからな」
「ハッ」
 今ミドハド軍は恒星を背に防御を固めている。前方及び側方、そして上下の監視は怠っていない。
「相手はアッディーン中将だ、気は抜けないぞ」
「はい」
「おそらく今度も何かしてくるだろう。警戒を怠ってはいけない」
「そうですね」
 アガヌはその言葉に対し同意した。だが心の中で一抹の不安覚えていた。
「司令、御言葉ですが」
「何だ」
 司令は彼の言葉に対し顔を向けた。
「ここで布陣するにしても通信や識別信号は消され、場所を変えられた方がよろしいのでは?」
「オムダーマンに我が軍の存在を知られない為にか」
「はい」
 アガヌは頷いた。
「その必要はあるまい」
 だが彼はそれに対し首を横に振った。
「敵はおそらくここに向かって来るだろう。我々はそれを迎え撃てばいい。それに彼等が幾ら姿を消そうが我々のこの監視網の前には逃れられまい」
「そうでしょうか」
 残念なことにこの司令はオムダーマン軍の艦艇の隠蔽能力を甘く見ているところがあった。そしてアッディーンの能力も少し甘く見ていたかも知れない。
「我々は必ず彼等の存在を掴む。そして臨機応変に対処するだけでよいのだ」
「つまり防御に徹すると」
「そういうことだ」
 司令はそう言うと強く頷いた。
 
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