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SAO--鼠と鴉と撫子と

作者:紅茶派
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24,開演のベルはなる

「……重量センサー系統ならこれで何処かが発動してもおかしくなわ。場所を変えてもう一度やってみましょう」
「エギルたちも前衛しながらの点検で相当疲れてるはずだ。今日は無理だよ」
「いやよ、これ以上の攻略の遅れは許されないわ。それはあなたも分かっているんでしょう。キリト君」

アスナの上ずった声が店の中を響き渡った。それを咎めるものはこの中に誰もいない。皆が苛々を解消できないからだ。
既に、一度目の集まりから3日が経過していた。それなのに、事態は解決の糸口すら見えず、寧ろ悪化の一途をたどっている。

今回の事件で今までのくすぶっていた問題が全て浮き上がってきていた。
ビーターの迷宮区のアイテムの総取り、ギルドによるファーミングスポットの封鎖、その他様々なソロと解放隊の問題がお互いから噴出している。

解放隊とビーター比率の高いソロの間にはこの25層という長い時間の中で数えきれないほどの禍根を生み出してきた。
発端となった罠が心のなかから離れない。せめて、これさえ説明出来ればまたお互いに連携をとるくらいにはできるのに。

話題も面子も前回と全く変化なし。一同は頭を抱え込んだ。

「ぁぁもう。もう一度、考えましょう。視点が変われば見えるものもまた違う、らしいわ」
「ん?アスナそれどういうことだ」

アスナの口調に違和感をを感じて俺が聞くと、アスナは肩をすくめて答えた。

「こないだ追いかけた人、ヒースクリフさんっていうんだけど、散々聞いたらそう言ってたのよ。『真実は見方によって変わる。視点が変われば見えるものもまた違う』だって」
なんかギルドを作るメンバーを探しているらしいわ、と続けて語るアスナの話を適当に流した。

頭のなかで、言葉がゆっくりと溶けていく。
視点が変われば真実は、変わる。

解放隊が見たのは、突然出現したトラップ。
俺が見ているのは、完璧なまでの安全。
視点ははたしてそれだけか。

まだ知らない視点があるとすれば、それは……

「そういえば、解放隊を助けたのは誰なんだ?」

口から出た言葉が、耳から脳へと戻ってくる。
そう、言葉では聞いていた当事者はまだいるではないか。解放隊を、その罠を客観的に見ていたであろう第三者が。

それは、オイラに聞いてくるのカ?という顔を浮かべている相棒に向かって、500コルを弾く。
コインはクルクルと回転し、ちょうど裏の面が見えたところでアルゴの手の中に吸い込まれていった。

「どうやら、ソロプレイヤーが二人、その場に居合わせたそーだゾ。二人とも、名前を明かすことなく消えたらしいけどサ」
「そいつらの背格好は分かるんだろ?」
「ああ、一人目は銀白色の全身鎧に盾持ちの片手剣士で、背格好は・・・・・・」

そこで、二人して「あ」と声を上げた。
アルゴは、読み上げようとしたことがまさに俺の頼んでいた命の恩人のものだったから。
俺はといえば、まさにそのプレイヤーがチリンチリン、とレストランの中に入ってきたからだった。





「おまえに『聞きたいことがある』」

俺の発言するのと、短いインスタンスメッセージが飛んできたのはほぼ同時だ。
まるで、ピアニストがメロディーを奏でるような優雅で洗礼されたキータイプ。そこから神速の速度で視覚化された言葉が次々と俺のメッセージ欄に飛び込んでくる。

『わけあって、私は人前では喋ることが出来ない。そちらは口頭で答えてくれて構わない』
『なにか聞きたいことがあるなら、そちらが先で構わない』

喋っているのと全く同じテンポでメッセージが雪崩れ込んできた。
「ぇぇっと、とりあえず、名前教えてもらっていいか?」

『フィデリオだ』

これまた恐ろしく速く、答えが帰ってきた。会話になっているかはさておき、何ともまあ不思議な感じだ。
どうしてか居心地が悪くなって回りを見回すと、アルゴもこの情報を手に入れられていなかったようで困惑しているようだ。
可視メッセージの見えない位置から眺めていたら、俺は一人で喋ってばかりの危ないやつに見えているだろう。

「フィデリオ、解放隊に助太刀したのはお前だな?」
『ああ、間違いない』
「その時の事を覚えている限りで教えてくれ。ちょっとした違和感・疑問・なんでもいい」

ふむ、っと考えるように手が口許を覆い、思い付いたように指が空中を踊っていく。

『話していないことはない。場所は位置のログを確認しているから間違いない。悲鳴を聞いて駆けつけた時にはプレイヤーが殺されるのが見えた時だから、それより前のこともわからない』

言葉を目で追って、やはりアスナから聴いた話と同じだった。こりゃ、もう一人の方に期待するかと思ったところで、アルゴが横合いから呟いた。

「殺される、ってどーいうことダ?落とし穴で死んだんじゃないのカ?」
フルフェイスで顔こそ見えないが、今度はフィデリオの方がキョトンとする番だった。
『落とし穴ではない。あれは、Mob召喚系の罠に間違いない』

一瞬聞き間違いではないかと錯覚し、そしてその事実に愕然とした。
「嘘だヨ。この層にはMob召喚型の罠だけは存在しないって情報がNPCからゲット済なんダ」
『そんなはずはない。あったのは、確かにMob召喚型の罠に間違いない』

噛み合うことはない言葉と言葉の応酬は、昨日ものと酷似していた。
あるはずの無い場所に、あるはずの無い種類の罠があった。
それじゃあ、まるで、、、

「どこかから、持ってきたみたいじゃないか」

自分で呟いた言葉で、あたりが波を打ったように静まり返った。
電流の様な衝撃が俺を突き抜け、荒唐無稽な推理が形をもって浮かび上がってくる。

キリトが、ガタンと立ち上がった……顔面が見る見ると青ざめていくのがわかる

「どうしたの?二人とも。持ってくるなんて出来るわけが……ぇ、できるの?」
アスナの問いに男二人は答えられない。代わりに、アルゴが震える声で、答えを出した。

「「罠解除」スキルの追加Mobには《罠回収》があったはずだヨ。回収さえ出来れば……使えるかもしれないナ」
アルゴにしては珍しく声が震えていた。だけど、とアスナがそこでもう一度、声を挟む。

「追加Modを取れる機会はそうはないわ。《罠解除》スキルの追加Modをいくつも持つなんて、不可能よ」
いや、そう思った瞬間、キリトが顔を上げる。口がパクパクと動き、語るべき言葉を探していた。

「例えば、《罠回収》をもつプレイヤーとは別に、《罠看破》をもつプレイヤーがいたとすれば、どうだ?」
あ、とアスナが声を上げた。

そう、一人でなくて二人なら……発見と回収を別々の人の役回りとすれば可能だ。

「っというと筋書きはこーカ?下層でモンスター召喚型の罠を発見・回収したプレイヤーが罠を設置。それに運悪く解放隊があたったってことカ?」
『いや、運悪くではない。明らかにそのプレイヤーはPKを狙っているに違いない』

PKという言葉が活字となって目の前に出た時、いつの間にか声が漏れ出ていた。

ついに最悪の事態が起きたのだ。地獄の釜が蓋を開いていくのを感じた。これでこの仮想世界は真の意味で現実世界とかした。
最後の不文律は、何者かによって明確に壊されたのだ。

「とにかく、キバオウさんとリンドさんにすぐに連絡するわ。みんなに危険を知らせないと……」
「ああ、それこそ攻略どころじゃない」
キリトとアスナが次々とメッセージを作成して飛ばしていく中で、俺はまだ心に刺が突き刺さっているのを感じていた。
もしも、これが正解だったとして、犯人の動機はなんなんだろう。

あの罠は間違いなく、無差別のものだ。特定の誰かを狙うことは出来ない。ならば、個人的な復讐ではないだろう。
ならば、攻略組全体への攻撃ということになるが、それをして誰の得となるのだ。この世界からの解放は既にすべての人の共通意識ではないのか?

いや、今考えるのはそこじゃない。

この犯人は、強い。
俺やアルゴ並みの罠解除スキルを少なくとも二人で持っているということは、どう考えても組織的な犯行だ。
それならば、これくらいの――言ってしまえば二人のプレイヤー位ならこんなまどろっこしい真似をしなくても殺せるはずなのだ。

なぜ、罠に拘る必要があった。
最後のピースの一つを探し求めて、俺は頭をフル回転させる。

「だけど、これでアルゴさんたちの誤解が解けるかもしれないわ――あれ、キバオウさんにメールが届かない」
アスナの一言が、俺の耳に届いた時、最後のピースがハマった気がした。

この事件のひとつの罠のせいで、攻略組は二分割された。
なら、犯人の真の目的は攻略組の仲違いでキバオウを孤立させること。

いや、それだけじゃない?

「もしかしたら、もしかしたら、」
どん底だったと思っていた気分がまだまだ高い位置だった事に気づいた。
口を開こうとした瞬間、目の前にウィンドウが現れた。
一斉送信型のメッセージで日時指定がある。

差出人は………キバオウ!!
右手で何度も閲覧のボタンを叩く。焦りと震えでうまく押せなかったボタンは三度目でようやく反応し、目の前に短いメッセージが広がった。

『ワイらはもうお前らを信用せん。ワイらはワイらで攻略を進める。手始めの成果を晒すのはこれが届いてすぐになるハズや。
26層で待っとるで   キバオウ 』


「あのバカ、単独でボス攻略する気かよ!!」
椅子を蹴りあげて立ち上がる。
同じく、立ち上がったアスナに「他の連中にも連絡しろ!!」と言い残して、外へと飛び出した。
風となって表通りを駆け抜けていく俺の真横にアルゴがぴったりと寄り添う。

もしも、あのメッセージが迷宮区の前で設定されたものなら、ボス戦まではまだ時間があるはずだ。

俺は一直線に迷宮区に向かって走りだした。
 
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