| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

【旧】銀英伝 異伝、フロル・リシャール

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

ヴァンフリート4=2の激戦 (前)


ヴァンフリート4=2の激戦 (前)

 宇宙暦794年3月21日、0240時、ヴァンフリート星域会戦が開始された。同盟にはかつてフロルが配属されていた第5艦隊や、ボロディン中将率いる第12艦隊が参加していた。フロル自身もまた、この作戦に後方基地という立場にあって、参加していた。
 この間、フロルはずっと|薔薇の騎士連隊《ローゼンリッター》の訓練に参加していた。彼自身の才覚も多少はあったにせよ、その熱心と努力は|薔薇の騎士連隊《ローゼンリッター》の強者共も、一目をおくものであった。彼は連日死にそうになりながら参加し、その合間で基地副司令の職務を果たしていたのである。

 ヴァンフリートにおける会戦は、両軍が敵に対して繞回進撃を加え、前後からの挟撃を図るという、大規模かつアクロバティックな作戦案を採用していた。だがお互いにその作戦案に固執し、現状の把握と掌握を怠ったため、いつまでも続くだらだらとした迂回行動は終わりを見せようとはしなかった。基地にいるフロル自身、原作と同じ艦隊戦に歯がゆい思いをしていた一人である。無論、敵軍にも金髪の若い准将が同じ歯痒さを共有していただろうが、それを知るのはフロルだけである。
 その結果同盟はロボス司令長官率いる総司令部が実戦部隊から孤立するという、滑稽な事態にまで陥っていた。その中で繞回進撃を加えていた第5艦隊などは、総司令部より反転帰投の命令を受けていたのだが、それを無視して独自の行動を保持した。のちにこれは、大きな役割を持って来るもので、その点ではビュコック提督の判断は英断と言われるべきものであったろう。


 そうした中、敵の一個艦隊が、ヴァンフリート4=2の北半球に現れた、と報告があったのは3月26日のことであった。
「リシャール中佐! これはいったいどういうことかね!」
「セレブレッゼ中将、とりあえずは落ち着いて頂けますか?」
 フロルのこの一言は、彼の中の激情を押さえつけるのに一役買ったと言える。フロルの冷静沈着さはかつての上官であるセレブレッゼ自身も知りうるところであり、その彼がここまで落ち着いていること事態が、彼の不安を大きく削ぐ役割を果たしていたのである。
「中佐、これはいったいどういうことなのだろうか」
 彼は改めて、司令官の椅子に座り直し、出頭させた中佐に問うた。
「敵はこのヴァンフリート4=2に現れましたが、その目的はこの基地の攻略ではない、と言えるでしょう。仮にこの基地の存在を知っていたならば、北半球に基地を設営する前に、上空からその圧倒的火力で我が基地を攻撃していたに違いないからです」
「なるほど、貴官の言うことは道理に叶っている」
 セレブレッゼは努めて、冷静に頷いてみせた。いかに彼が軍事的な能力に乏しいと言っても、位が上の者が慌てふためくのはみっともない、と思い起こしたからである。
「すると、貴官はどうすればいいと思う」
「恐らく敵も、ある程度の探査を行い、我が基地の存在に気付いた頃でしょう。恐らく偵察部隊を派遣して、こちらの情報を探って来ると思われます」
「ではこちらからも、斥候を出すかね」
 フロルは内心で彼の動揺を冷静に見抜いていた。やはりこの男は、こんな前線に出て来るべき人材ではないのだ。もっと後方で、前線のお膳立てのために動く方が似合っている。
「いえ、この場合、いらない偵察を出して、こちらの被害が増えるのは望ましくありません。もしも偵察を出すならば、こちらの全陸上部隊を出して、敵の偵察部隊を殲滅する、くらいやった方がいいでしょう」
「だが、そんなことをすれば、基地防衛に割く戦力が——」
「ですから出すならば、と申し上げています。敵の戦力は軽く見てもこちらの5倍はあるでしょう。あちらは一個艦隊。ならばできるだけ効果的な防衛計画を作り、味方艦隊に救援までの時間を稼ぎ、その増援でもって敵艦隊を上空から殲滅する、それがもっとも優れた策、というより唯一の策だと思います」
「わかった、ではすぐに味方に増援を要請してくれ」
「わかりました」
 フロルはそこでうやうやしく頭を下げていたが、実のところ、彼はこの時点で味方艦隊に独断で増援を要請している。数少ない連絡艇を数回に渡って出撃させていた。通信ではそれが届くまでの時間がかかりすぎる。恐らく原作よりも早い段階で、第5艦隊にフロル・リシャールとシンクレア・セレブレッゼの連名による増援要望書が届いているに違いなかった。


 司令官室を出たフロルはその足で、ここ数ヶ月でかなり慣れ親しんだ|薔薇の騎士連隊《ローゼンリッター》の低層ビルに出向いた。彼らはこの基地を防衛する一戦力に過ぎなかったが、その陸戦における強さは、彼も身に染みて実感するところだったからである。
 彼はまず、ヴァーンシャッフェ大佐のところを訪れた。
「大佐、帝国軍一個艦隊が、この衛星に攻めてきました」
「なるほど、やはり事実だったか」
「はい、敵はどうやら我が基地の存在に気付かないまま、北半球に仮設基地を建造した模様です。そこで大佐にはこの基地の防衛作戦の一翼を担って頂くことになるかと思います」
「だが中佐、この場合偵察による敵の勢力把握が必要ではないのかね」
「その件についてはセレブレッゼ中将も提案なさりましたが——」
 ここまで言って、フロルは自身の失敗に気付いた。ヴァーンシェッフェ大佐は上昇意欲の強い人間である。機あればそれに応え、功を立てようとする人物なのである。フロルはその瞬間、大佐の顔に走った表情を見逃さなかった。果たして大佐は、口を挟んだのである。
「ならば、我が連隊の|装甲地上車《ALC》で偵察任務をさせていただこう」
「ですが、貴重な戦力を——」
「出撃すれば必ずやられると思われるのは侵害ですな、中佐。我々は|薔薇の騎士連隊《ローゼンリッター》、同盟最強の陸戦部隊です。見事、偵察任務を果たしてご覧にいれましょう」
 フロルはこの人物の説得を諦めた。この男は今回の偵察を自分の昇進への好機、と見て何が何でも出撃するだろう。これが自分にとって最後のピクニックとなるとも知らずに。
 
 連隊長室を出たフロルは、逆に連隊長室に入って行くシェーンコップと視線を交わした。彼はフロルの顔になんの感情を読み取ったか、フロルの肩を一つ、叩いてみせたのである。
 フロルはそのまま|士官クラブ《ガン・ルーム》に向かった。そこにはいつも通り、残りの最強カルテットのうち三人がいたのである。
「フロル中佐、どうしたんですか、しけた顔して?」
 ブルームハルトがそう声をかける。階級でも年齢でもフロルは上なのだが、この青年の活発な気性は不思議と人を和ませるところがあって、フロルはそれに文句を言ったことがないのであった。
「悪い知らせと、いい知らせがある」
「なんですか?」
 リンツ中尉が描いていたキャンパスを脇において、身を乗り出す。モデルとなっていたデア・デッケン少尉も、耳を傾けたようだった。
「この衛星北半球に、敵一個艦隊が来襲した」
 ブルームハルトが口笛を吹く。
「それは豪儀なこって」
「敵はどうやらこの基地に気付かないまま、仮設基地を建造していたらしい。で、衛星の探査を行ったら、なんと同じ星の南半球には同盟の基地があった、とまぁ笑い話だな、ここまでは」
「なるほど、すると敵に対して攻撃をしかけるのですか」
「それは無理だろうね」
 フロルは軍帽を脱いで、頭をかきながら答える。
「敵は一個艦隊だ。それにこちらは後方基地なもんだから、戦力比は圧倒的に負けていると言っていいだろう。いいとこ守って、救援を待つしかないだろうね」
「では、救援は」
「俺が独断で、4時間前に高速通信および連絡艇で要請している」
「さすがリシャール中佐、仕事が早い」
「こういうのは決断が早い方がいいと思ってね。それに今回の会戦では私の元いた第5艦隊が参加している。上手い具合にそこにそれが届けば、ビュコック提督が来てくれるだろう。これがいいニュースだ」
「ビュコックというと、一兵卒から中将まで昇進した叩き上げの?」
 デア・デッケンが尋ねる。
「ああ、そうだ。俺が知りうる限り、現同盟艦隊でもっとも頼りになる爺さんだ」
「で、悪いニュースは?」
 ブルームハルトが続けて問う。フロルは口を開いたが、
「我らが連隊長殿が偵察任務を買って出た、ということだろうな」
 その後ろからやってきたシェーンコップによってその答えは示された。
「そういうこと。こっちは兵力を温存して、可能な限り防衛作戦に全力を向けたいんだが、どうしても偵察がしたいらしくてね」
「昇進の機会を逃さず、准将にでもなりたいようで」
「ならば、二階級昇進して少将を狙うんですな」
 リンツが言う。どうやら大佐は、部下に慕われるような人物ではないらしい。
「まったく、これで敵と鉢合わせして、敵の攻撃が早まったらどうするんだ。こっちはこれから基地防衛に関する作戦案を立てなきゃならんのに」
「フロル中佐にはご同情申し上げますな」
 シェーンコップが人の悪い笑みで言う。
「ですが、どうして敵の艦隊はこんな衛星にやってきたんだ?」
 ブルームハルトが首を傾げた。
「さて、雲の上に鎮座まします銀河帝国の貴族のお殿さま方が、何を考えていらっしゃるのやら、俺のような名ばかりの貴族には、到底わからんね」
 シェーンコップはそのチリ紙より薄い尊敬で包んだ毒舌を放つ。
「まぁ敵の主戦力としてやってきた、ということはないだろう。艦隊戦は現在混迷状態だ。それを収集するために、一旦艦隊を引かせた、というとこだろうね」
 フロルはそう自分の意見を表したが、彼は自身の発言が正しいことを知っていた。更にいうと、敵の艦隊は敵の司令官から忌避されている、という本来知り得ないことすら知っていたのである。もっとも、口にはしなかったが。
「貴官たちこそ、気を抜くなよ。今回の敵軍には、どうやら装甲擲弾兵総監、ミンチメーカー・オフレッサーが来ているらしいからな。敵の陸戦部隊は強いかもしれん」
 フロルはそう言って|士官クラブ《ガン・ルーム》から立ち去った。


 その後、フロル・リシャールが行ったのは、各陸戦部隊との指揮権の掌握、連絡網の充実、補給ラインの整備、防衛計画の立案などであった。それらは基地防衛に関するほぼすべて、というべきもので、彼はこの限られた時間の中で、出来る限りの準備を行ったのである。
 この間に、ヴァーンシェッフェ大佐の偵察部隊が行方不明、シェーンコップ中佐らが増援に向かうも、10倍の規模の敵陸戦部隊と交戦。5台の|装甲地上車《ALC》を失い、連隊長も負傷するという大損害を受けたのである。それが3月29日のことであった。
 更には31日に至って、重体であったヴァーンシェッフェ大佐が戦死して少将に昇進するという事態に発展した。フロルはこの予測できた事態にもすぐに対応した。彼はセレブレッゼ中将に掛け合い、|薔薇の騎士連隊《ローゼンリッター》の指揮権を副連隊長であるワルター・フォン・シェーンコップ中佐に移譲させ、連隊長代理に任命させたのである。更に彼と、各防衛部隊を集め、綿密な作戦会議を、31日から連日行い各連隊指揮官たちに作戦の趣旨を徹底させたのだった。

「敵の指揮官は、|薔薇の騎士連隊《ローゼンリッター》の偵察でわかったことだが、前の前の連隊長、ヘルマン・フォン・リューネブルクであるとわかった。彼は経験豊富な陸戦部隊のプロであり、そこにいる|薔薇の騎士連隊《ローゼンリッター》連隊長代理もそれは認めるところだ」
 フロルは作戦会議で発言した。彼の役割は、ここにいる防衛部隊の各指揮官の意見を統一させ、今回の困難な防衛戦を潤滑に行うことであった。言わば彼は軍事に疎い司令官の代わりに、この基地の潤滑油になっているのである。
「皆は最悪でも4月6日までここを守り切ればいい。そうすれば味方の増援がやってくるだろう。地上装甲車はあまり前に出さないように、敵の有線ミサイルの標的になる。彼らの陸戦兵器は豊富だ。甘い陣を引けば、容易くそれを破って来るだろう」
「リシャール中佐殿、発言よろしいかな?」
 シェーンコップが形だけの礼儀で、フロルに尋ねる。
「どうぞ、シェーンコップ中佐」
「この作戦は本来、どだい成功しえないものだ。劣悪な兵器と少数の兵力、不正確な情報と過剰な闘志。これで押し寄せる5倍の兵力に勝てるわけはない。だから最初から勝利を諦めているリシャール中佐の考え方には共感しようと言うものだ。見事な卓見でしょうな」
「それは、ありがとう」
 フロルはほとんど口を斜めにしながらそう言い返した。
「この戦い、つまりこのヴァンフリート4=2での戦いだが、これは同盟軍にとっての戦略的勝利条件は救援まで持ちきるの一点に尽きる」
 フロルは改めて作戦趣旨を繰り返した。
「だが戦術的な面においては、小官よりも|薔薇の騎士連隊《ローゼンリッター》や各防衛部隊の方が多彩な発想が出来るだろう。大枠の流れは小官が作った。あとは貴官らの自由裁量でこの基地を守ってもらいたい。以上だ」
 こうして、4月5日の、つまり帝国軍の攻撃前最後の作戦会議は終了した。
 その作戦を終え、宿舎に戻る道すがら、シェーンコップは考えていた。なかなかどうして、セレブレッゼ中将のような素人の下で戦うハメになるかと思えば、リシャール中佐のような有能な男が現れたものだ。自分の不得手を心得、それを他人に投げつける点においてセレブレッゼもなかなか器量があるものではないか。だが、何よりあのリシャール中佐だ。彼はこの作戦の趣旨と目的と作戦目標を誰よりも早く見定め、その準備をし、俺が望み叶えうる最高の作戦を立案している。士官学校のエリートにしておくには、惜しい人材だ。彼こそ、もしかすると将来自分が下につくに足る人間に成りうるのではないか。
 シェーンコップは自身の向かう先を、自室ではなく女の部屋に変えて、一人思慮にふけっているのであった。

























************************************************
※訂正※
司令官→司令長官
一平卒→一兵卒
擲弾装甲兵長官→装甲擲弾兵総監
一端→一旦
仮説基地→仮設基地
南阪急→南半球
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧