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さまよえるオランダ人

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第二幕その二


第二幕その二

「この方のことを」
「ゼンタ、あれはね」
「言っておくけれど」
 ここで娘達がゼンタに対して言う。
「おとぎ話なのよ」
「伝説よ」
「いえ、違うわ」
 だがゼンタは彼女達のその言葉に対して首を横に振るのだった。
「事実よ。この方は今も海を彷徨っておられて」
「何ということなの」
「呆れたわ」
 マリーも娘達の今のゼンタの言葉には声を失った。
「本当にいると思っているのね」
「まさか」
「いえ、いるわ」
 しかしゼンタは言う。
「いるのよ。きっと」
「そんなこと言って大丈夫なの?」
「エリックが」
 娘達はエリックの名前を出してきた。
「結構短気だしね」
「そうよね。この絵だって」
 彼女達は言い合う。怪訝な顔であった。
「どうなるかわからないわよ」
「そうなったらどうするの?」
「ねえマリーさん」
 ゼンタはここでマリーに声をかけてきた。
「あの歌を歌って」
「あの歌!?」
 マリーはゼンタのその言葉を聞いて声をあげた。
「あの歌を!?」
「ええ、御願い」
 まるで夢遊病者の様にせがむのだった。
「是非共」
「もう何度もよ」
 だがマリーはこう言って拒むのだった。
「私はもう」
「歌って」
 しかし彼女は断られても拒む。
「どうかあの歌を」
「そんなに言うのなら自分が歌って」
 いい加減嫌気がさしたのかマリーはゼンタに言った。
「もう覚えてるでしょ?何度も歌ってあげたから」
「私がなのね」
「ええ、私はもう糸を紡ぐわ」
 マリーは半分うんざりした顔になっていた。
「貴女がね」
「わかりました。それじゃあ」
 ゼンタは彼女の言葉を受けて立ち上がった。そして一人歌いはじめた。
「帆が血の様に赤く帆柱の真っ黒な船に会ったことはありますか。高き甲板にこの船の主、青白き男が休みなく見張っている」
 不気味な歌だった。しかし彼女は何かに取り憑かれた様に歌い続ける。
「風の唸ること、綱の鳴ること。風は矢の様に早く吹く」
 歌が続く。
「この青白い男にも何時か救いが来る。死に至るまで貞節を誓う乙女がいるのなら。貴方は何時彼女を見つけるか。早くその乙女に出会えるように」
「オランダ人なのね」
「さまよえるオランダ人」
 彼女達は知っていた。さまよえるオランダ人のその歌を。
「酷い嵐の前に彼は一つの岬を回ろうとした。彼はのろい恐れを知らぬ勇気で言った。『私は永久に止まらないと。悪魔がそれを本気にした」
 不気味な歌だった。それが続く。
「彼は呪われて海の上を休みなく彷徨う。しかし天使が教えた。彼の救いを」
 それが何であるのか。彼女はまた歌う。
 
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