星河の覇皇
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第七部第二章 老将その五
「一千隻を瞬時に破ったというのか」
それだけの力は確かにこの艦には備わっているだろう。だが彼にはやはり信じられない話であった。連合の国力、そして技術に感嘆する他なかった。
「俺には夢のような話だ」
「そういうものですか」
水兵はそれを聞き不思議そうに問うた。彼はドミニカ出身でありサハラのことはよく知らない。あくまで連合を基準として考え、話をしているのだ。
「俺にとってはな。この艦の存在自体がまだ信じられない」
「はあ」
彼はそれを少し呆然となって聞いていた。
「だがこの艦があれば出来るな」
グーダルズは満面に笑みをたたえて口調を変えながらそう言った。
「何をでしょうか」
「決まっている」
彼はその水兵に対して答えた。
「あの連中を倒すことをだ。エウロパの奴等を」
「エウロパですか。恐らく敵ではないでしょうね」
水兵はやはり楽観的な言葉を述べた。
「我々にとっては赤子の手をひねるようなものですよ」
「いや、それはどうかな」
だがグーダルズはそれに対してやや慎重であった。
「君はまだエウロパと戦ったことはないだろう」
「はい。実はついこの前教育隊を出たばかりでして」
見れば初等兵の階級である。セーラーにまだ着られているという感じからしてもそれには納得できるものであった。
「航宙も今回がはじめてです。旅行でならありますが」
「そうか」
グーダルズはそれを聞いて頷いた。
「では当然戦争というものは知らないな」
「具体的には。子供の頃の本や教育では聞きましたが」
「現実には知らないか。だが知っていると思う」
「何をでしょうか」
彼は問うた。
「本や話の中の戦争と現実の戦争の違いを。これはわかっているな」
「はい」
「ならいい。それならばな」
彼はここで一瞬遠い目をした。
「現実の戦争は違う。そしてエウロパもだ」
「違うのですか」
「今後エウロパと戦うことになるかも知れない。その時に私の言葉を思い出してくれればいい」
「はい」
「エウロパは強い、ということをな。ただ強いだけではない」
「といいますと」
「本当の意味での戦士達だ。戦いを知っている。そういうことだ」
「はあ」
水兵はそれに対してやはり少し呆然と答えることしかできなかった。
「我々も宇宙海賊やテロリストとの戦いならかなり経験していますが」
「それが違うのだ」
彼はここでこう言葉を返した。
「正規軍と海賊達とはな。私も海賊とは何度も戦ってきた」
「そうだったのですか」
「そうだ。そして正規軍ともな。やはり全く違う。そう」
ここで一旦間を置いた。
「エウロパの軍は騎士の軍だ。海賊は所詮海賊、テロリストは単なる犯罪者共だ。これでわかるだろうか」
「騎士!?」
水兵はその言葉に目をパチクリさせた。
「騎士といいますとあの」
彼は騎士というと小説や漫画、ゲームの世界の中だけの話だと思っている。連合においてはファンタジー小説もそれなりに流行っているが騎士はその中でも重要なキャラクターの一つなのである。それ以上でもなくそれ以外の何者でもない。
「小説やゲームではなく」
「騎士団と言うとわかり易いか」
「はあ、まあ」
彼はそういわれてようやく納得したような気分になった。
「つまり円卓の騎士の様なものではなく中世の騎士団のようなものなのですね」
「そうだ。よく知っているな」
「まあ。これでもそうした小説とかはよく読む方でして」
彼は右手を頭の後ろに置き苦笑しながらそう答えた。
「アーサー王だけでなくローランの詩なんかもよく読みました」
「連合でもエウロパの話が読めるとは思わなかったな」
「エウロパの話といいますか古典ですね」
彼はここでこう答えた。
「少なくとも我々はそう考えています。白人も多いですし。私自身その血が入っています」
見れば彼の顔はやや白い。髪はパーマで黒人のものだが顔立ちはポリネシア系である。
「母方の祖母がエストニア出身でしたので」
「ほお、エストニアか」
「はい。父方の祖父がドミニカ出身でして。それで私の国籍もドミニカなのです」
「ご両親はドミニカの方か」
「そうです。ただ母は先祖にポリネシア系の血が入っておりまして。それが顔に出ました」
彼はそう言いながら笑みを屈託のないものにした。
「ふむ、それは面白いな」
これはグーダルズにとっても興味深い話であった。サハラにいた彼にとってそうした様々な混血というのは非常に関心をそそられるものであったのだ。
「そして君も今後結婚すると他の国の者となる可能性があるな」
「それは否定しません」
「また血が混じるのだな」
「ええ」
「そうして連合は一千年の間交流してきたのか。我々とは違うな」
「違うのですか」
「ああ。我々はムスリムとしか結婚しない。それが戒律だからな」
「そういうものなのですか」
「ああ」
連合にもイスラム教は存在する。だがそれはサハラのそれのように厳格なものではなくあくまで緩やかなものである。そして異なる宗教の者とも結婚が可能である。
「そして元々我々はルーツが同じだ。従ってそうした白人や黒人との混血といったこともない」
「はあ」
水兵はその話を興味深そうに聞いていた。
「そういうものなのですか」
「そうだ。そこが連合と違う。もっとも混血はタブーとはされてはないが」
サハラの世界においては宗教が同じならばよいのである。価値観はあくまでムスリムのものであり、ムスリムであるかどうかが問題なのである。二十世紀までの人種主義は少なくとも存在しない。
「しかしそもそも我々はアラブの民だけであり彼等は少ないがな」
「あ、それは聞いています。サハラの人達はアラビアがルーツだと」
「そうだ」
彼は答えた。実際にサハラの者は中近東の者達が進出したのがそのはじまりである。そして一千年の間彼等は独自の文化や宗教を守って生きてきているのだ。
「私もだ。私の身体にはそうした意味でアラブの血が今も流れている」
「そうなのですか」
「君達連合の者にはわからないだろうがな。これは侮辱ではないが」
「はい」
これは彼にもわかった。
「我々には我々の、君達には君達の世界があるということだ」
「それなら話はわかりますね」
「ほお」
グーダルズはそれを聞いて眉を上げた。
「では連合にもそれぞれの世界があるということだな」
「ええ、その通りです」
水兵はそう答えた。
「ご承知の通り連合は多くの国家がありまして。それだけ独自の世界も存在します」
「そうなのか」
「はい。例えば日本がありますね」
「ああ、何でも天皇という皇帝が存在しその下に昔からの文化と最新の科学技術が存在しているという国だな。確かこの連合においてもかなりの発言力と国力を持っている筈だが」
「はい。しかし日本だけが連合に存在するのではないのです」
「というと」
「アメリカもあれば中国もあります」
「また派手な国を出したな」
グーダルズはその二国の名を聞いて思わず苦笑した。この二国の羽振りは彼もよく知っている。
「そしてロシアも」
「バレエや音楽はあまり詳しくはないがやること為すこと大雑把な印象があるな」
「タイやベトナムのような国もあります」
「バランサーとしてか。彼等の文化もそれぞれ独特だな」
「はい。そしてアフリカにルーツのある国々もありますしその中にはエチオピアもあります」
「エチオピア・・・・・・。ああ、何でも人類の歴史で最古の皇帝家があるのだったな。コーランにも出て来る」
「そうです、そして私の祖国のような中南米諸国も存在します」
「そうなのか。実に多いな」
「おわかりになりましたか。連合はその中に実に多くの世界を内包しているのです」
「しかし連合はそれを全て包み込んでいるのだな」
「そういうことになりますね。連合自体も宇宙ですから」
「そういうことか。サハラとはそこが違うな。サハラは多くの国に分かれていてもサハラだ。これは変わらない」
「連合とはどう違うのですか?」
水兵にはその言葉の意味がよくわからなかった。
「御言葉ですが連合とはあまり変わらないように思えるのですが」
「中にそれぞれ独自の世界を持っていないと言えばわかるかな」
彼はここでこう言った。
「我々はあくまでサハラの中にいるのだ。サハラという巨大な世界に」
「ううむ」
水兵はそれを聞いてさらに考え込んだ。
「私にはまだよくわかりませんが」
「それならそれでいい。考えてみることもな」
「そうでしょうか」
「そうだ。考えればそれを解きたいと思うだろう。そしてそこから何かが生まれる」
「はあ」
「今私が君に言えるのはそれだけだな。人生の先輩としては」
「人生の先輩としてですか」
「祖国を追われたしがない難民でもいいぞ」
グーダルズは自嘲した笑いをここで浮かべた。
「いえ、そのような」
水兵はその言葉を聞いて口ごもった。
「いいさ。事実なのだからな」
だがグーダルズの自嘲は終わらなかった。
「ところで君の名は何というのかな。まだ聞いてはいないが」
「ハッ」
彼はここで姿勢を正し敬礼した。やはち軍人としての身のこなしはつこうとしていた。
「ビバーチェ=オセアノ初等兵であります」
「そうか。オセアノ初等兵」
「はい」
「君はこれから何になりたい」
「はい・・・・・・」
彼はそれを受けて語りはじめた。
「まずは軍でお金を貯めてそれから農場を買おうかと考えております」
「農場をか」
「ええ。家は農家でして。果樹を栽培しています」
「葡萄や林檎をか」
「ちょっと違います。グレープフルーツやパイナップルをです」
「ああ、暑いところのものをか。そういえばドミニカはそういう場所が多いそうだな」
「はい。昔からの家業でして。一家全員でやってきました」
「ならばそれに入ればいいのではないのかな。私はそう思うが」
彼はここで疑念をふと漏らした。
「別のことをやってみたくなりまして」
オセアノはここでにこやかに笑ってこう返した。
「別のこと」
「何しろ子供の頃からパイナップルやグレープフルーツばかり見てきましたので。他の新しいものを栽培しようと思っているのです。それが高くて。その資金を調達する為に軍に入隊したのです」
「そうなのか。そういった理由で入隊することもあるのだな」
「ええ。実入りがいいですからね、軍は」
「確かにな。待遇もいいしあっという間に金は貯まるだろうな」
「はい。それが狙いですから」
「そういうものなのか。ううむ」
グーダルズはそれを聞いて考えずにはいられなかった。こういった話もサハラにおいては考えられぬことであった。
「軍とはあくまで職業の一つでしかないのだな」
「少なくとも私のような者はそうですね。ですから任期制の兵士として入ったのです」
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