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星河の覇皇

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第七部第一章 流浪の民その一


                  流浪の民
 エウロパのサハラ侵攻は多くの影響を各勢力に与えていた。まずエウロパ自身にとっては植民活動を起こしていた。住むべき場所がなくなりつつあった彼等はこのサハラ北方に積極的に移住し、そこに生活圏を築いていた。今サハラ北方に住むエウロパの者は二百億人近くにまでなっていた。エウロパの人口は一千億程でありその約五分の一が移住していたのである。彼等にとってはこのサハラへの進出は最早死活問題であったのだ。これにより彼等は救われたと言っても過言ではない。彼等にとっては生きる為にはこうするしかなかった。
 だがこれはサハラの者にとっては憎むべき侵略であった。これによりその地に住んでいた者達は追い出され難民となったからだ。その数はかなりの数に達していた。
 彼等の多くはサハラ各地に散った。難民としてである。彼等はそこで難民として自分達が生まれ育った地に帰ることを訴える者もいる。中にはその為に傭兵になった者もいる。そしてその国に入りそこで生きる者もいる。それはそれぞれであった。そして連合に流れていった者達もいた。
 連合中央政府及び各国の政府は彼等を受け入れた。そして辺境の惑星に移住させ、そこで各国の国民、連合市民としての地位を保証した。彼等は法律上では連合市民であった。だがその心は違っていた。
 彼等はあくまでサハラの民であった。無論中には連合に入る者もいた。だがその多くは何時の日かサハラの入る日を夢見ていた。そしてその運動も行っていた。
 これは連合政府の支援もあった。エウロパとは長きに渡って対立関係にある。そのエウロパにより祖国を失い、追われた者達を助けるということは彼等にとって格好の政治的な宣伝であるからだ。
 だが実際にどうにかできるわけではなかった。まず彼等はエウロパに攻め込むつもりはない。そしてサハラに干渉する気もなかった。だからその援助もあくまで表面的なものだけに過ぎなかったのだ。
 それを批判する者もいた。難民達の急進派と彼等を支援する者達だ。だがどうにもならないのは彼等にもわかっていた。従って彼等は日々を悶々として過ごすだけであった。この世に万能の者なぞいはしない。三兆の人口を擁し圧倒的な力を誇る連合もどうにもならない問題があるのだ。
 そうした日々を何とかしたい者達の中に彼はいた。彼はその時は多くの難民の中の一人に過ぎなかった。
 彼の名はロスタム=グーダルズという。かってはアガデス軍に所属する軍人であった。士官学校を卒業してすぐにエウロパとの戦いに参加した。そしてそこでモンサルヴァート率いるエウロパ軍により敗北する自軍と滅亡する祖国、そして故国を追われる自分達を見せられた。それは今もはっきり覚えている。
 彼は家族と共に難民となった。そして連合に流れ着き辺境の惑星に移り住んだ。そしてそこ連合の市民として生活していた。今は農場で雇われて働いている。
「御苦労さん」
 働いているとたまたまそこを通り掛かったオーナーに声をかけられる。
「どうも」
 彼は顔を上げて挨拶を返した。黒い髪に瞳を持つ精悍な顔立ちをしている。痩せていてかつ筋肉が発達している。そしてその黒い髪は直毛であり太い。その浅黒い肌と合わせて何処か黒獅子を思わせる外見をしている。
「今日も頑張っているね」
 オーナーは笑いながら彼に声をかける。このオーナーの名はナルサス=ハルドゥーンという。彼もまたかっては難民であった。だが今は完全に連合の市民となっている。二ジェール籍である。これはグーダルズも同じである。よく太った気さくな人物として知られている。
「有り難うございます」
 グーダルズはそれに対して挨拶を返した。表情はあまり変わらない。
「うん、君がいるおかげでうちの農場は大助かりだよ」
「いえ、私だけではありません。他の皆があってこそです」
「それはそうだね」
 ハルドゥーンはそれを受けて頷いた。にこやかな顔であった。
「ではその謝礼をしたいのだが」
「それは」
「いや何、大したことじゃないけれどね。もうすぐお昼だし今日は私が皆のお昼をご馳走させてもらうよ。大したものは出せないけれどね」
「いえ、そんなことはないです」
 彼はそう言って謙遜した。ハルドゥーンは気前のいいオーナーであった。よくこうして従業員達にご馳走したりするのだ。
「オーナーにはいつもお世話になっていますから」
「ははは、褒めたって何も出ないよ」
 彼はそう言って笑った。
「この腹からはね」
 そして腹をさすりながらそう言った。
「まあお昼は任せてくれ。今うちの奴に作らせているから」
「はい」
「ではお昼にまた合おう。皆にもそう伝えておいてくれ」
「わかりました」
 ハルドゥーンは車に乗るとその場を後にした。そしてグーダルズがそこに残った。
「もうそんな時間か」
 彼は上を見上げてそう呟いた。見れば日はかなり高くなっていた。
 それから辺りを見回す。周りには人参や大根の畑が広がっている。そこに彼の他に多くの者が働いていた。彼等もまた難民達である。
「難民といっても職もあるし食べ物もある。そして市民権もある」
 彼は自分と同じ境遇の者達を見てそう呟いた。
「それを考えると我々は恵まれているか。少なくとものたれ死ぬ心配はない」
 サハラ各地に散った者達は彼等のように恵まれているとは限らない。中にはその地の戦乱に巻き込まれる場合もある。日々の生きることすらままならぬ者達もいるのだ。それを考えると彼等は天国にいるようである。こうして職も食べ物も家もある。当然グーダルズも家はある。彼は両親や兄弟達と共に一軒家に住んでいる。質素だが困ってはいない。
 そして連合市民として完全に生きる道もあった。彼等は実際に法律上では連合の者である。だから溶け込もうとすれば何時でもできるおだ。そうして連合に根付こうという者もいる。
「だがそれでもサハラに戻りたい」 
 彼はそう考えていた。この地はあくまで彼にとっては故郷ではない。彼等が住むべき場所は故郷であるアガデスなのだ。それ以外の何処なのであろうか。
 
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