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失われし記憶、追憶の日々【ロザリオとバンパイア編】

作者:月下美人
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原作開始前
  第七話「朱染千夜はシスコン」



 お袋の部屋に萌香を除いた全員が集合した。この場にはお袋、俺、亞愛、刈愛、心愛の姿がある。親父は仕事で出張中とのこと。まあ、あの人は色々なところに仕事で飛び回るからな。今に始まった話ではない。


「さて、全員揃ったかな。萌香は起きそうにないから、そのまま寝かしてきたけど」


「ええ。萌香については起きたら改めて話をしましょう。それより、今はあなたのことよ、千夜」


「是是。首を斬られても死なない上に、あのアルカードを仕留めるなんて、兄様は何者なの?」


 亞愛の言葉に血相を掻いた心愛が姉に言い寄る。


「く、首を斬られたってどういうことなの!?」


「アルカードを倒したなんて、一体どうやって? それに崩壊した館もなぜか元通りになってるし……」


 刈愛も困惑した様子だ。要点だけ話すつもりだったが、これは一から説明しないと駄目かもしれないな。


「まあ、待て。今からそれらも含めて説明するから。今回の事件と、俺の正体を」


「お兄さまの正体をって……もしかして、記憶が戻ったの?」


「ああ、亞愛のおかげでね」


 悪戯っ子が浮かべるように亞愛に向かって微笑むと、妹はバツが悪そうに目を逸らした。まあ俺自身は殺されたことに関しては気にしてないんだけど。ああ、そうだ、亞愛の目的や死闘については言わないほうが良いな。心愛たちも混乱するだろうし。


「じゃあ、まず俺について話そうか。――始めに行っておく。俺は人間であり、魔術である」


「人間で、魔術……?」


 心愛の呟きに頷く。


「俺の身体は人間となんら変わらない構造をしている。それこそDNAレベルでな。だが、魂――いや、俺という存在はすでに人間ではなく魔術そのものになっているんだ。遥か昔に魔術を研究していた時、絶大な『力』を手にした俺はその影響により、人とは呼べない存在になっているんだ。魂すら魔術に浸している状態だ。そういった意味で、俺は人間でもあり魔術でもある」


「その絶大な力というのは?」


 お袋の質問。想像を超える話だったためか、今までにない真剣な表情をしている。


「これについては詳しくは説明できない。ただ、やろうと思えば世界そのものを破壊する力を秘めている。アルカードを葬ったアレを見れば分かると思うがな」


「あの凄いのも、その力というやつなの?」


 刈愛の疑問に俺は頷いた。


「ああ。あれは滅系統の魔術で『ディルワンの光』というものだ。その光はありとあらゆるものを消滅させる、滅系統の最上級魔術」


 あの時の光景を思い出しているのか、誰もが神妙な顔で押し黙ってしまう。


 先に沈黙を破ったのは亞愛だった。


「……あの時、兄様は確かに死んだはずなのに、どうやって生き返ったの?」


「そう、それよ! 兄様が死んだってどういうことなの!?」


 心愛が机をバンッと叩く。隣の刈愛に宥められながらも、鋭い視線を俺に向けていた。


「落ち着け。ちゃんと話すから。――俺が殺された、というのは少し前に亞愛と決闘をしてな、その結果だ。そして生き返ったのも俺の『力』によるものだ」


「決闘って、またなんで?」


「ああ、まあ……なんだ。少し喧嘩になってな……。まあ、それはいいんだ。もう過ぎた話だから」


 こんなところか? ――ああ、そうだ。まだ話していないことがあったな。


「最後は三年前の俺が森の中で倒れていたという話だな。これも俺の『力』に関わる話のため詳しいことは言えないが、ちょっとしたアクシデントに遭ってね。その影響で身体損傷と記憶喪失に見舞われた」


「そうなの……。でもよかったわ、記憶が戻って」


 お袋が微笑む。照れ隠しに紅茶でのどを潤す。


「でだ、今回、アルカードが復活してしまった件についてだが」


 ビクッと身体を震わす亞愛。お袋はそんな亞愛を心配そうな目で見つめている。


 俺はそれらを尻目に、言葉を続けた。


「これは偶然の重なった結果だ。萌香はお袋の真祖の血を受け継いでいてな、今回その萌香に流れる血が覚醒してしまったんだ。何故、覚醒したかは俺にもわからない。もしかしたら自然と覚醒するかもしれないし。そうでないかもしれない。ただ、その覚醒によってアルカードもまた目覚めてしまったんだ。なぜアルカードも覚醒したのかは後でお袋に聞くように」


 冗談めかしてそう言うと、知らないうちに俯いていた亞愛が勢いよく顔を上げた。お袋が俺に微笑む。


「まあ、ということで、全ては偶然の産物。誰が原因でもないんだ。強いて言えばすべての元凶であるアルカードが悪い」


「そうだったの……」


「そんなことってあるものなんだねー。っていうか、お姉さまって真祖だったの!?」


 神妙な様子で頷く刈愛の隣で心愛が素っ頓狂な声を上げた。


「ああ、そうだぞ? というよりお袋が真祖だからな。生まれてくるときは難産で赤ん坊の萌香は今にも死にそうだったらしく、蘇生のために血を分けたらしい」


 心愛がそうなの? とお袋に視線で問うと、彼女は頷いた。


「ええ、千夜の言う通りよ。今まで黙っていてごめんなさい。萌香も含めてあなたたちには真祖とか関係なく幸せに過ごして欲しかったの。……今ではちゃんと話すべきだったと反省しているわ」


 覇気のない声でそう呟くお袋は自身を責めているかのようだった。


 ――お袋もお袋で相当堪えているようだな。まあ、確かに仕方がないとはいえ自分も原因の一端を担っていたら自身を責めるよな……。お袋も後でフォローを入れておかないと。


 横目でお袋の様子を確認した俺は頭の片隅に入れておく。


 ――これで俺とアルカードについての話は終わり。さて、ここからが本番だ。


「あー、悪いが刈愛と心愛は席を外してもらえるか? 少し俺とお袋と亞愛で話があるんだ」


「わかったわ」


「えー、あたしも行かないといけないのー?」


「悪いな、今だけは言うことを聞いてくれ」


 愚図る心愛に両手を合わせると、彼女はしぶしぶと頷いてくれた。


「むー……仕方ないわねぇ」


 退室する刈愛たちを目届けた俺は扉が閉まるのを確認すると、部屋に遮音結界を張った。これで会話が外に漏れることも、盗み聞きされる心配もない。


「――? いま何をしたの?」


 結界を張った際の魔力の放出を感じ取ったのか、お袋が怪訝な表情で聞いてくる。


「ちょっと防音対策をね。今からする話は聞かれると色々と不味いからな」


 一旦席を立ち、三人のカップに紅茶を注ぐ。席も整ったことだし、ここからは三人だけでの家族会議だ。


「さて、単刀直入に聞こう。まだ、真祖の血は求めているか?」


 普段より口数の少ない亞愛にズバッと正面から切り出した。亞愛は軽く目を伏せながら己の胸の内を開陳する。


「……諦めきれていない、というのが正直なところ。私は今まで世界を手にして人間たちに復讐することだけを目標に生きてきたから、そう簡単に考えは覆せない」


 ――諦めきれていない、か。よかった、『諦めていない』ではなくて。受け身の考えということは積極的でもないということだ。


 お袋が優しく諭すように言葉を紡ぐ。


「あなたが過去に人間にどんな酷いことをされてきたのかは当事者でない私たちには想像することしかできないわ。でも、全ての人間があなたを辛い目に遭わせてきたような人ではないと思うの」


「……」


「前にも言ったけど、あなたは自分が思っているほど冷徹な娘ではない。たったの二年という月日だけど、それでも私は母としてあなたをずっとこの目で見てきたわ。私には分かる」


 お袋の言葉に苦しそうに顔を歪める亞愛。膝の上に置いた手をキュッと握りしめて何かに耐えている。


「兄として亞愛を見てきた俺からしても、君は優しい女の子だと思うよ。亞愛がどう思っていたかは知らないけれど、君の妹を見つめる目はとても慈愛に満ちた目をしていた」


「また、私たちで暮らしましょう? ね? 復讐なんてしても空しいだけよ。仮に成功しても今度は亞愛が恨まれるわ。それに人間を全員滅ぼせるとは限らないのよ?」


 お袋の言葉にとうとう亞愛が言葉を荒げた。今まで溜めていた感情を爆発させるように矢次に言葉を飛ばす。


「那?、怎?做(じゃあ、どうしろと言うのよ)!? 私から復讐を取ったら何も残らないのよ! それだけを生き甲斐にしてきた私の目標を取らないでよ! それに、あんなことをした私が、今更みんなと過ごせるわけがないじゃない……っ!」


「亞愛……」


 娘の心からの叫びに一瞬押し黙るお袋。俺は静かに語りかけた。


「なあ、亞愛。この二年間、うちで生活してきてどう思った? 萌香たちやお袋と一緒に暮らしてどう思った? もし、少しでもここでの生活を気に入ってくれたのなら、ここにいればいい。萌香たちに罪悪感を覚えているなら、これからの生活でそれとなく償えばいい。本当のことを言ったら混乱するからな。それに、俺たちには罪悪感を感じる必要もない。なにせ、とっくの昔に赦しているからな。難しく考える必要はないさ。それと――」


 一旦、紅茶で喉を潤し、続きを口にする。


「復讐を止める必要はない」


「千夜?」


 訝しげに俺を見つめるお袋を一瞥し、同じく怪訝そうな顔をする亞愛を正面から見据える。

「その復讐したいという気持ちは正当なものだ。八つ当たりでもない限りな。誰でもひどい扱いを受ければ恨みもするもの。その感情は当然のものであり、そこに理屈はない。君の復讐心は君だけのものだ。ただ、目的と手段をよく考えてほしい」


「目的と手段……?」


「そうだ。お袋には悪いが復讐を空しいといえるのは第三者だからこその発言だ。今言ったように復讐をしたいという気持ちは理屈ではない。これを理解できる――いや、共感できるのは同じ復讐心に駆られた経験のある者だけだ。しかし、復讐というのは連鎖するものでもある。お袋の言うとおり、復讐することで再び負の連鎖が生まれ、今度は亞愛が対象となる可能性がある。ここまではいいな?」


「ええ……」


「よし。では続けるが、復讐は当事者同士で決着をつけるべきだと俺は考えている。そこに本来無関係であるはずの者を巻き込んでしまっては、それは復讐ではなくただの害悪となる。そこには正当性もなにもない。なにより筋が通らない。そうは思わないか?」


 コクリと頷く亞愛。そんな彼女に優しく語りかける。


「なら、関係のない他の人間、そして真祖の血を――という理由で殺されるお袋はどうなる?」


「……っ!」


 なにが言いたいのか理解したのか、目を見開いた亞愛が勢いよく頭を上げ、俺とお袋の顔を交互に見つめた。そんな娘をお袋は優しく見守る。


「理解したか? 君がやろうとしていたことは、まさにそういうことなんだ。復讐をするなとは言わない。寧ろ俺の可愛い妹を酷い目に遭わせた人間というのを俺が殺したいくらいだ。だが、俺はそれだけは実行しない。なぜだかは、言わなくてもわかるよな?」


「ええ」


 しっかりと頷く亞愛に微笑み、その頭をくしゃっと撫でる。


「分かっているなら良い。復讐? 大いに結構。むしろやれ。だけど――」


「――無関係な人を巻き込まない」


「是那?的事(そういうこと)」


 席を立ちあがった亞愛はお袋に向き直ると大きく頭を下げた。


「お母様……その、ごめんなさい! 私が間違っていました……」


 お袋も立ち上がり亞愛の顔を上げさせると抱き寄せた。


「いいのよ、もういいの……。私の方こそごめんなさい……あなたのことを解ってあげられなくて」


「お母様……」


 お袋の胸の中で涙を流す亞愛。お袋も静かに涙を零した。その涙は歓喜故か、それとも――。


「あの、兄様……」


「ん?」


 しばらくして抱擁から解放された亞愛は気が付けば俺の目の前に立っていた。顔を若干赤く染めて世話しなく視線を彷徨わせている。


「その、お兄様にも迷惑をかけて、ごめんなさい。私のせいで一度死んでしまったし……お兄様が諭してくれなかったら、どうなっていたか……」


 しおらしく俯く亞愛の姿に苦笑した俺は立ち上がり彼女の頭をポンポンと叩く。


「まあ、なんだ。気にするな。俺は亞愛の兄だからな」


「千夜兄様……!」


「おっと!」


 抱きついてくる亞愛。今までこんな反応を見せてくれたことが無かったため、俺はいま猛烈に感動していた。この世界に来てから、どうやらシスコンになったようだ。


 ――ところで、なんで俺の身体は縮んでいるんだろうか? 前の世界では外観年齢は二十歳の身長一八〇センチだったのに、今は十五歳の一六五センチだし……。

 
 

 
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