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愛の妙薬

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第二幕その十


第二幕その十

「恋も富も皆適えることができますぞ」
「富も」
「うむ。お若いの、あんたは今では村で一番の長者じゃ」
「僕がですか!?」
 彼はその言葉に面食らった。
「まさか、そんなことが」
「いやいや、本当に」
 ドゥルカマーラは戸惑う彼に対して言った。
「これは悲しいことでもありますが」
「悲しいこと」
「そう。聞きたいですかな」
「ええ。何かあったのですか」
「貴方の叔父さんですが」
「あの叔父さんが」
「亡くなられたのです。そしてその遺産が全て貴方のものとなったのですじゃ」
「叔父さんが・・・・・・」
 ネモリーノはそれを聞いて呆然となった。
「あの優しい叔父さんが死んだなんて」
 彼は急に悲しい顔になった。今までの幸福は遙か彼方に消え去ってしまったかのようであった。
「その心ですな」
 ドゥルカマーラはネモリーノのその表情を見て言った。
「その優しい御心が貴方に幸福をもたらしたのですじゃ」
「というと」
「神様がわしを貴方のところへつかわしたのですじゃ。これも日頃の行いの賜物ですかな」
「神様が僕に」
「まあわしの薬が全てを適えたのですが。それでもわしは神様の御導きがなければここには来ませんでしたな」
「そうね」
 アディーナもそれを聞いて言った。
「ネモリーノと私が一緒になることができたのは先生のおかげ。けれど」
「それをもたらしたのは僕の心だったと」
「そういうことですじゃ」
 ドゥルカマーラはそれに答えた。
「そしてその願いを適えたものこそこの薬」
「俺にとってはちょっと忌々しい薬だがな」
 ベルコーレが苦笑しながら言った。
「だが効果はてきめんだな」
「本当に。先生、有り難うございます」
「いやいや」
 アディーナの感謝の言葉に対して鷹揚に答えた。そこへジャンネッタや娘達、そして村人達がやって来た。
「あ、いたいた」
「ここにおられたのか」
 どうやら彼等はドゥルカマーラを探していたらしい。ネモリーノの話がすぐに広まったようだ。
「先生、薬はまだありますか?」
「勿論」
 彼は答えた。
「幾らでもありますぞ、ほら、こちらに」
 笛を吹く。すると彼の馬車がやって来た。
「この中に幾らでもあります。さあ順番に並んで下され」
「はい!」
 村人達はそれに従った。
「これは綺麗になる薬、これは脹れものに効く薬、頑固な者にはこのパイを、眠り薬はこれ」
 彼は馬車の中のものを次々に取り出して説明する。
「コーヒーなぞ比べ物にならない目覚めの薬、勇気を与える薬」
「本当に何でもあるんですね」
「当然ですじゃ、わしに作れないものはありませぬ。そしてこの薬を皆様に差し上げることこそわしの使命」
(ふむ、こうしたことも悪くはないな)
 彼は内心そう思っていた。
「お若いのはもういりませんかな?」
 そしてここでネモリーノに問うた。
「いえ、僕は」
 彼はそれに対して笑顔で手を横に振った。
「もう何もいりません。だって僕は欲しかったものが今この手にあるんですから」
 そして手の中にいるアディーナを見た。
「そうね、私も」
 アディーナも彼を見た。
「他には何もいらないわ。願いはこのまま永遠に二人でいること」
「左様ですか、それではいらぬお節介でしたな」
「けれどわし等にはお節介はまだ足りませんよ」
「そうですよ、早く薬を下さい」
 彼等も何時の間にかドゥルカマーラの薬を信じるようになっていた。我先に金を差し出す。
「並んで並んで」
 ドゥルカマーラはそんな彼等を宥めた。そしてまた並ばせる。
「さあさあそちらにはこれ、それであちらには・・・・・・」
 金を受け取り薬を手渡す。薬は忽ちのうちになくなった。
「後はお楽しみですじゃ。皆様に幸福が訪れますぞ」
「すぐにですか!?」
「勿論」
 彼は胸を張って答えた。
「このドゥルカマーラは嘘を申しません」
(まあこれ自体が嘘じゃが)
 やはり本音は隠している。
「皆さんが望まれることが適います、そしてこの村は幸せに包まれます」
「それはいい!」
「それも先生の御力ですね!」
「左様、その証拠が」
「僕達ですね」
「はい」
 彼はネモリーノ達に答えた。
「僕達は薬のことは決して忘れません、これは本当です」
「私もです。それでこうやって一緒になれたのですから」
「まあ俺にとってはちょっと妬ける話だが」 
 ベルコーレはまだ苦笑していた。
「これも新しい恋をしろってことだろうな。どうだい、娘さん」
 そこでジャンネッタに声をかけた。
「今度この村に来ることがあったら付き合わないかい?」
「今度って何時?」
「まあ駐屯地がこの地域だからまたすぐに」
「だったらいいわ。今度ここに来たらね」
「よし」
 彼は彼で新しい恋を見つけていた。
「さて、薬も見事全部売れてしまいました」
 見れば馬車の中は空になっていた。
「残念なことにこれで皆さんとお別れしなくてはならなくなりました。しかし御安心下さい」
 彼は大きな身振りをしながら話を続ける。
「私はまたこの村にやって来ます。そしてまた薬を皆さんにお届けします」
「是非お願いします!」
 村人達は皆彼に対してそう声をかけた。兵士達もそれに加わっている。
「すぐに来て下さいよ!」
「待ってますから!」
「はい」
 ドゥルカマーラはそれに恭しく答えた。
「必ず来ます。それもすぐに」
「おおっ!」
 彼等はそれを聞いて喜びの声をあげた。
「されど今はさようなら。次にお会いする時まで暫しのお別れを」
「約束ですよ」
「はい。何度も申し上げているようにこのドゥルカマーラ、嘘は申しません」
 にこりと笑ってそう言った。
「それではその日までさようなら」
「さようなら!」
 村人達も兵士達も別れの言葉を贈った。
「先生有り難う!」
「御恩は一生忘れません!」
 ネモリーノとアディーナもいた。ベルコーレも苦笑しながら手を振っている。その横にはちゃっかりとジャンネッタを置いている。
 ドゥルカマーラは後ろに向かって手を振りながらその場を去っていく。馬車は次第に遠のいていく。
 村人達は彼の姿が完全に見えなくなるまで手を振り別れの言葉をかけていた。そして二人の幸せを適えたこの愛すべき山師のことを何時までも忘れなかった。


愛の妙薬   完


                  2004・11・6
 
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