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愛の妙薬

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第一幕その一


第一幕その一

                    愛の妙薬
                  第一幕 山師来たる
 かなり昔の話である。スペインのとある片田舎での話だ。
 素朴な時代であった。人々は少ししたことで笑い、泣き、楽しみ、そして悲しんだ。そうした古い時代の純朴な人々の話である。
 小さな村である。これといって変わったところのないごくありふれた村であった。見れば何やら騒ぎ声が聞こえてくる。
「洗濯物はここでいい?」
 小川のほとりで女達が山の様な洗濯物を籠に入れて話をしている。女達の他にも男達もいる。どうやら畑仕事も一段落して休んでいるようだ。
「酒は何処だ」
「チーズは?」
 彼等は休息を楽しんでいた。そして乾いた喉を酒で潤そうとしていた。
「こっちよ」
「どうぞ召し上がれ」
 女達が彼等に杯を差し出す。男達はそれを受け取るとすぐに飲み干した。
「美味い」
 彼等はにんまりと笑ってそう言った。
「やっぱり一仕事終えた後の一杯は最高だな」
「そうだな。この為に生きているようなものだからな」
 彼等は口々にそう言う。そして小川のせせらぎや優しい風に身体を委ね心地良く酒とチーズを楽しむのであった。
 そんな中一人の若者が出て来た。見れば顔中髭だらけで血色のよい顔をしている。髭だらけだが決して悪い顔ではない。愛敬のある顔立ちであった。
 太った身体を青いシャツと茶色のチョッキ、そしてチョッキと同じ色のズボンで包んでいる。靴は長靴でありそれが如何にも農業に携わっている者であるという感じを醸し出していた。見れば所々土で汚れている。靴には泥がついている。
「アディーナは何処かな」
 彼は何かを探していた。そして辺りをキョロキョロと見回っていた。
「ネモリーノ、どうしたの?」
 ここで一人の小柄な少女が話し掛けてきた。青い服に身体を包んでいる。金髪でおさげにした青い目の少女だ。顔にソバカスのある可愛らしい少女だ。
「ジャンネッタ」
 ネモリーノと呼ばれたその青年は少女に顔を向けた。
「またアディーナを探してるの?貴方も懲りないわね」
 悪戯っぽく笑いながらそう言う。
「いいじゃないか、君には関係ないだろう」
 ネモリーノはその言葉にムッとして言った。如何にも癪に触ったようである。
「いい加減諦めなさいよ、あの人は貴方には合わないわ」
「そうしてわかるんだよ」
 ネモリーノは彼女の言葉にさらに不機嫌になった。声にそれを露骨に表している。
「だってあの人は何かと目立つじゃない。それにひきかえ貴方は」
「野暮ったいって言うんだよ」
「ええ」
「いいじゃないか、僕が別に野暮ったくて」
「まあ外見はいいわ。それは服ですぐに変わるし。けどね」
「けど・・・・・・何だい!?」
「やっぱり貴方とアディーナは合わないと思うわ。あの人気が強いし」
「だから好きなんだよ」
 ネモリーノはそれに対して言った。
「僕は彼女のそういうしっかりしたところが好きなんだ。そして可愛いし頭もいいし本も読むことができる。本当に素晴らしいと思わないかい?」
「まあね」
 ジャンネッタもそれには同意した。
「彼女と一緒になれたらなあ。他には何も要らないよ」
 ネモリーノはうっとりとした顔で言った。目元は緩み口には笑みが零れている。
「本当に好きなのね」
「だから前からそう言ってるじゃないか」
 ネモリーノは口を尖らせた。
「僕は彼女しか目に入らない。他には何も要らないんだよ」
「お金も?」
「それが何になるというんだ」
 彼はあまり裕福ではない。隣の村に金持ちの叔父がいる。だが彼はそれをあまり意識してはいなかった。
「お金は必要なだけあればいいんだ。僕はそんなものはどうだっていいんだ」
「そうなの」
「お金があってもアディーナがいなければ何にもならないから」
 そしてまた言った。
「そんなもの欲しくとも何ともないんだ、僕にとっては」
「あら、無欲なのね」
 ジャンネッタはまたからかうようにして言った。
「けれどそれじゃあ駄目よ」
「何故だい?」
「女っていうのはね、お金も見るのよ。、ましてや貴方ときたら」
「僕ときたら!?」
 ネモリーノは彼女の言葉に怪訝そうな顔をした。
「文字は読めないのはいいけれど外見も野暮ったいし頼りないし。お金がなかったらとても女の子にはもてないわよ」
「だから他の子にもてても嬉しくないんだ。アディーナにもてないと」
「あらあら、本当に重症ね」
 彼女はそれを聞いてもうお手上げという仕草をしてみせた。
「けれど諦めた方がいいと思うのは本当よ。貴方ではとても彼女の心を射止めることはできないわ」
「そんなことわかるわけがないじゃないか」
「あらあら」
 そう処置なしと言いたげであった。
「けれどそのうちわかるわ。まあその時になって落ち込まないようにね」
 そう言うと彼女は皆のいるところへ軽い足取りで向かった。あとにはネモリーノだけが残った。
「何だい、いつも僕をからかって」
 彼は渋い顔をしてそう言った。
「僕の気持ちを知っているのなら黙っていてくれよ。もしこれがアディーナの耳にでも入ったら」
 そこでそのアディーナの顔を思い出した。
「彼女が僕の恋人だったらなあ。本当にどれだけいいか」
 彼は溜息をつきながらそう呟いた。
「恋人だったらなあ。彼女が僕を愛してくれさえいてくれたら」
 半ば恍惚とした顔になった。
「他には何もいらないのに」
 そして皆のいるところに向かった。見れば皆輪になって誰かの話を聞いている。
「彼女だ」
 ネモリーノはその輪の中心にいる小柄で赤い服の女を見て言った。 
 黒いおさげの髪に瞳をした女であった。小柄だが胸も大きく容姿はいい。白い顔に紅い唇が映えその黒い瞳は大きく丸い。美人というよりは可愛らしい外見である。大柄で太めのネモリーノとは正反対の姿であった。
「アディーナ、今日は何の話をしてくれるんだい?」
 皆は彼女に尋ねていた。ネモリーノはこっそりとその輪の中に入った。
 
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